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「W杯開幕戦のPKは…」 西村主審が明かした理由

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ドイツが優勝し、ブラジルが衝撃的な敗戦を喫したサッカーのワールドカップ(W杯)ブラジル大会を終えて、早くも1カ月が過ぎようとしている。そのW杯で、日本人として初めて開幕戦の笛を吹いたのが西村雄一主審だった。同氏をメーンゲストに日本経済新聞運動部編集委員の武智幸徳と司会のフリーアナウンサー、中村義昭氏のトークショーが1日、東京・六本木で開かれた。議論を呼んだ開幕戦でブラジルに与えたPKの判定について、西村氏が明かしたジャッジの理由とは……。

街中を歩くと「あっ、ニシムラだ」

司会 ブラジル大会はいかがでしたか。

西村 開幕戦のインパクトがあったのかもしれませんが、街中のどこかを歩くと「あっ、ニシムラだ」っていう感じになりました。本当にブラジルではサッカーが人生の一部というか、日常生活の中に入っているんだなというのが体感できました。

司会 ブラジルではどういう生活を送っていらしたのですか。

西村 僕らレフェリーも(テレビなどを通して)全部の試合を見ているんです。我々の本部はリオデジャネイロにありましたから、マラカナンの試合は実際に現地に行って、雰囲気とかいろいろなものを総合的に感じとって、自分が担当する次の試合に向けて準備をしていました。

司会 武智さんはどれくらいの試合を生観戦したのですか。

武智 今回は少なかったです。1次リーグはずっと日本代表についていたものですから。日本代表はイトゥでベースキャンプをしていましたから、我々もそこにいって練習取材をしていました。

司会 日本でもマスコミでいろいろ紹介されていたキャンプ地のイトゥ。湿気はそんなになかったですか。

武智 快適で、日本の軽井沢のような感じでした。すごくいいところです。

司会 イトゥはかなり涼しくて、実際の試合会場に行くと蒸し暑くて。日本の報道では、それが一因になってコンディションが整わなかったんじゃないかといわれていますが、実際にはどうだったですか。

武智 私はやっぱりそれもあるのかなと思いました。そして、意外に時間がかかりましたね。移動の。

西村 (ブラジルの)国内移動で(飛行機で)3時間とか4時間ですから、我々の感覚からすると海外旅行。それを国内便の扱いで移動するので、やっぱり厳しいですね。

司会 武智さんが一番印象に残っているのはどの試合ですか。

武智 生観戦したわけではありませんが、モニターで見ていた試合でいうと、ブラジル―チリ戦は泣きそうになりましたね。お互いの素晴らしいファイティングスピリッツというか、極限状態というか、そうしたものを見た気がしました。

実際に見た試合では、逆にがっかりしたのが準決勝のブラジル―ドイツ。逆の意味で泣きそうになりましたね。僕らの中ではやはりブラジルといえばサッカーのブランド、最高のものだというのがすり込まれていますから。そうした人間にとって、ブラジルがこんなみじめな負け方をするのかというショックは大きかったですね。

我々はニュートラルな立場だった

司会 西村さんが一番印象に残っている試合は?

西村 やっぱり開幕戦ですね。自分が大会で最初に主審をやった試合が、一番記憶に残っています。(なぜ任されたかというと)巡り合わせがいろいろあって、開幕戦はブラジル対クロアチア、つまり南米対欧州の対戦だったということで、我々はニュートラルな立場だったということですね。それがないと可能性としては非常に低かったと思います。アジアの中で何人かのレフェリーがいましたが、これは当たりそうだな、危ないぞという予感はありました(笑)。

司会 光栄じゃないですか。

西村 もちろん光栄ですけれども。W杯でやる審判のリストを見たときに、2010年大会から継続できている審判は5人しかいなかったので。その5人に期待されていることは誰がやっても難しいゲームを裁いてくれということだと思っていました。その難しいゲームである開幕戦、南米のホスト国と欧州の対戦だから危ないぞと思っていました。

1986、90年の高田静夫さん、98年の岡田正義さん、02、06年の上川徹さんとか、日本人の審判は継続してW杯とはいい形でやってきているんです。そういった前任者の方々が築き上げてきたものが、日本人のクオリティーになっていて、日本人に任せておけば大丈夫だ、信頼が置けるということになってきたのだと思います。その結果、たまたま僕にこういった役が回ってきたということでしょう。

司会 年齢制限があるそうですね。W杯で笛を吹ける。

西村 国際大会で笛を吹ける定年は45歳です。私は42歳なので、次の18年ロシア大会でジャッジすることはありません。

司会 残念ですね。ルールが変わったりしませんか。

見えたものに対して正直に対応

西村 変えたいという意見もありましたが、今のサッカーはスピードがあってボールを奪った瞬間が、次のゴールのチャンスになっています。それについていくには、やっぱりきついですよね。年齢を重ねると、どうしても視力や体力が衰えてくるので。僕らは選手のためにやっているので、彼らの頑張りに応えられないのであれば、やはり受けるべきではないと思います。

(視力の話をしましたが)、見えたものを見なかったことにするというのは僕に一番できないことでした。見えたものに対して、ルールに照らし合わせて正直に対応するということを、両チームの選手から委ねられているのがレフェリーなんです。場所が悪くて見えなかったものを、見たつもりでやるというのも禁じ手です。

でも、見えてしまったものに対して正直に対応しないと、選手のためにならない。(今回の開幕戦のPKの判定は)世の中に受け入れられない結果になってしまいましたけれど。でも、そうしたことも含めてサッカーなので。

司会 あの場面についていろいろな角度から見たリプレーが出ていまして、西村さんの位置からだったらこう見えるっていうのもありました。そうしたら、クロアチアの選手が肩に手をやって、ブラジルのフレジ選手が倒れているんです。西村さんがこれまで培ってきたレフェリーの経験からすると、こうした行為は笛なんですよね。

西村 キッキングとか、押すという行為は程度を判断しないといけないんです。押していても、どれだけ押しているかとか。でも、押さえる、つまりホールディングは、その行為自体を反則にするということです。

なぜかというと、押すというのは偶然やってしまうことがありますが、つかみにいくというのは行為自体に意図があるので。レフェリーサイドからすると、こうしたことはすごく理解されていますが、みなさんにはそこがなかなか届いていなかった。

フレジ選手のシミュレーションではないかという意見もありました。確かに大げさに倒れましたから。その意見は尊重しますが、サッカーでいうシミュレーションは、なんらかの接触があって倒れた場合はシミュレーションとはいえません。レフェリーを欺いてフリーキックを得ようとする行為にはならないですから。大げさに倒れたことがフォーカスされてしまいましたが、本当にフォーカスされなければいけないのは、分かっていて手をかけた最初の選手のアクションだと思います。

これもみなさんにあまり伝わらなかったのですが、チームや選手に大会前にこうしたことをしたら反則になるというのは伝えてあるんです。それを理解した上で選択したプレー。多分、あのときクロアチアのDFはブラジルのFWの選手がシュート体勢に入るのではなく、キープすると思っていたんです。キープだったら倒れないだろうと思ってちょっと手をかけた。でも、FWの選手の選択肢は体を後ろの方に倒しながら、後ろの方に向かってワンステップでそのままシュートを打ちたかった。だから結果として倒れてしまった。

プレーを読み違ったのではないか

普通、シュート体勢に入っている選手に手をかけにいくわけにはいかないので。片足で立っている人に手をかければ倒れるのは当たり前ですから。そこまでのリスクは冒さない。でも、なぜそこで手をかけにいったかというと、原因は多分プレーの読みが違ったんじゃないかなというのが私の考えです。

武智 けっこう誤解が多いということを、今しみじみ思いました。私が思っていたのは、反則したときに審判の中に、柔道でいえばこれ効果だろう、有効だろうみたいなレベルがあって、有効だと笛を鳴らさないとか、これは技ありだから笛を鳴らしていいだろうみたいなメモリがあるのではないかと思っていました。それで今回の場合は、今までなら有効とか効果で見逃していたものを、この大会は技ありとして反則を取ることになっていたんだと思っていましたが、そうじゃないということですね。あれは意図して手をかけた行為自体が反則ということなんですね。

西村 程度を判断するのではなく、(反則として)その行為自体で取らないといけないのはハンドリング、相手につばをはきかける、ホールディングです。偶然、相手につばをはきかけるというのはないですよね。意図を持ってはきかけるわけで。

ホールディングですが、それを甘くするとサッカーはどうなるかというと、相手のチャンスになればつかみにいけばいいじゃないか、みたいなことになります。チャンスを抑えるということは、ウォーって(ファンの)みなさんが感動したいところを反則でもって抑えることになるので。だからホールディングは選手のみなさん我慢してください、ということなんですね。確かに私の判定はインパクトがあったかもしれませんが、今大会はコーナーキックなどで柔道みたいになっているシーンが少なかったと思います。

武智 今大会の1試合あたりの平均得点(2.67点)は前大会より約0.4点増えましたよね。あれ、多分、何か関係あるんじゃないかなと思います。

西村 DFの選手は相手をつかまないでちゃんと止めるために頑張ったし、逆にFWはつかまれなければあれぐらい攻撃がスピーディーになり、ボールキープができ、そしてシュートにつなげられるという実力を持っているということなのだと思います。

審判が裁いた、という表現のされ方をよくしますが、僕たちは裁いているわけではなくて、こういう事象が起きたときに、それをどう見ますかという判断を委ねられているだけなんです。事象とルールの「つなぎ役」でしかないので。選手が「僕、つかみました」といってくれれば、私たちの存在がなくても大丈夫なんでしょうが、誰もそんな選手はいませんから。

レフェリーは33番目のチーム

サッカーを通じて、みなさんに感動していただきたいというのがレフェリーの一番の目的です。それプラス勝負事ですから、勝ちによる感動もあれば、負けによる感動もあります。その感動を生むためには選手同士がフェアである、そのためにはルールはこういった方向でいきたい、ということです。国際サッカー連盟(FIFA)としては感動を全世界に配信したいという思いでやっています。選手側32チームと我々レフェリーが、いうならばFIFAという国から来た33番目のチームとして、W杯を成功させるためにやってきたということでしょう。

司会 武智さん、W杯取材を通して毎回毎回いろんな思いを持って帰っていると思いますが、今回のブラジル大会を一言で表すとどうですか。

武智 一言でいうのは難しいんですが、素晴らしい大会だったなと思います。試合は面白かったし、日本以外は本当に最高でした。

司会 でも、そういう悔しい思いがこの国のサッカー文化になっていくんです。

武智 ブラジルもああいう負け方をした。泣いている子どもたちの中から、仇(あだ)を討ってやろうという子どもたちがきっと出てくると思います。それと同じように日本も、オレがやってやるよ、というたくましい子が出てきてくれるんじゃないかなと期待します。

司会 西村さんはいかがですか。

西村 日本人審判の成長過程の一部を担当させてもらって感じたことは、日本人の文化は審判とすごくリンクしているものがあるなと思います。日本人の正直さ、思いやり、真心とか、誠実さとか。その日本人魂みたいなものを、サッカー界の中で審判として生かしていければと思います。もちろん、選手としても、こうしたことが日本の戦い方のベースになるのではないかと考えています。

 1日に行われたトークショー「国際主審の目線で語るFIFAワールドカップ」を再構成したものです。

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