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なぜ今、カジノ? プラス面とマイナス面を検証

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 「最近、国内でカジノを誘致しようという記事を見かけるがどうしてじゃ」。探偵事務所で茶をすすっていた神田のご隠居、古石鉄之介が疑問を投げかけた。「気になりますね。狙いはなんでしょう」と、探偵、松田章司が調査に出た。

訪日客上積みを期待

章司は調べ始めると、自民党など超党派の国会議員らが、カジノを条件付きで解禁する法律の実現を目指していることがわかった。

これまでも有力政治家らの提案でたびたびカジノ構想は話題になったが、法整備までは進まなかった。今回は2020年に開かれる東京五輪に向けて、改めて構想が盛り上がっているという。そもそも日本では競馬、競輪など公営ギャンブルはあるが、刑法で賭博は禁じられてきた。

「カジノをつくるメリットは何かな」。章司の疑問にゴールドマン・サックス証券の杉山賢さん(25)が答えた。「日本を訪れる海外客を増やすためですよ。単純なギャンブル振興策ではありません」

政府は日本を訪れる海外客を20年までに2千万人に増やす目標を掲げる。集客の目玉としてカジノを併設した「統合型リゾート(IR)」計画も浮上。この施設には「MICE(マイス)」と呼ばれる国際会議や学会、展示会などを開ける大型施設、ホテルや劇場、ショッピングモールを集める計画なのだそうだ。

施設を新設すれば建設投資が促されるほか、観光消費が活発になり、雇用や税収も生まれる。国内各地で新たな地域振興策としてカジノ誘致への期待が高まっている。

章司が有力候補地の一つとされる東京都に問い合わせると、「10年以上前から構想があり、今回は五輪開催が決まり実現の機運が高まっています」(知事本局)との反応が返ってきた。複数の民間企業が夜間の娯楽を充実させるため計画を練っているようだ。

地方でも、たとえば北海道では釧路、小樽、苫小牧といった道内3市が誘致に名乗りを上げており、「道内にふさわしいカジノのあり方を検討しています」(道観光局)。沖縄県でもカジノを含む「沖縄統合リゾートモデル」の研究を続けているという。

章司は事務所に戻り「観光客や雇用など地域の期待も大きいです」と報告した。「それなら経済効果や海外の事例をもっと調べてみたらどうだ」と所長が宿題を出した。

現代版の殖産興業政策

そこで章司は、カジノの経済効果を分析している大阪商業大学教授の佐和良作さん(67)に尋ねた。試算では米国と同程度にカジノ施設が普及した場合、施設の建設・更新やカジノ収入などの市場規模は年間2兆2千億~3兆4千億円程度が見込めるという。このほかに証券会社による試算でも年間1兆~2兆円程度とするものが多かった。

さらに佐和さんは「米国では経済効果を高めるため、認定の条件を細かく設けている州が多いですね」と説明した。たとえばコロラド州では「第1次世界大戦以前の古きよき時代の米国を連想させる施設を建て、カジノを建物全体の35%以内、1フロアの面積の50%に限る」といった規定があるという。新たな建物の建設やカジノ以外の消費を促進するためだ。

続いて章司はカジノを併設した大型施設の効果を調べようと、MICEの運営に詳しい野村総合研究所の主任コンサルタントの岡村篤さん(33)を訪ねた。「休日中心の集客が見込めるカジノと平日中心のMICEを組み合わせると、ホテルなどの繁閑が平準化され、稼働率が高くなる利点があるんですよ」

実際、急成長するシンガポールでは、カジノに併設した大型施設へ国際会議などを呼び込む動きも活発だという。カジノに外国人や富裕層を呼び込むため、外国人は入場料を免除したり、富裕層からの売り上げにかかるカジノ事業者への税率を低めに設定したりしている。

「カジノにはデメリットはないのかな」。章司は、行動経済学が専門の京都大学教授の依田高典さん(48)に聞いてみた。すると「賭け事は、リスクを取ることを好む人ほどアディクション(中毒)になりやすいという研究結果が出ていますよ」と指摘した。

依田さんは成人の日本人をサンプル対象に、喫煙行動などのライフスタイルと、危険を回避しようとせずリスクを取ることを好むかといった個人の選好について経済学の見地から関連を調査している。「クロスアディクションといって、喫煙、飲酒、賭け事などの中毒は連動していて、複数の依存症を抱えやすいということも分かってきました」

「賭け事は誰でも少しくらいと思って始めるのですが、なかなか程よいところで切り上げるのは難しいものです。深みにはまらない工夫をする必要がありますね」と依田さん。実際、カジノを認めている国の中には収益の数%を依存症対策に充てている取り組みがある。カジノがもたらす治安の悪化や青少年への悪影響などにも対策を考えていく必要がありそうだ。

章司は事務所に戻りカジノ誘致に伴うプラス面とマイナス面を整理していると、久しぶりに訪れた何でもコンサルタントの垣根払太が「政府が特定の民間業者に特権を与え、地域開発や産業振興を促す手法は、日本の歴史でも繰り返し登場するから、どんな効果があるのか参考になるはずだよ」とヒントを出した。

章司は近所の図書館を訪れて歴史の本を手に取ると「これだな」とひらめいた。目に留まったのは、明治政府による殖産興業政策。欧米先進国へのキャッチアップを目指す明治政府は、官営工場・鉱山の民間への払い下げや、官金の出納業務の委託などを通じて特定の民間業者を優遇。官民一体となって産業を育成した。優遇された業者たちは「政商」と呼ばれる存在となり、財閥へと発展していく。ただ、政府との癒着は経営の自主性を妨げる面も強く、多くの政商にとって政府からの自立が課題となった。

「カジノ構想は現代版の殖産興業政策と言えるかもしれないな」と章司。経済の地盤沈下に直面し、打開策が見当たらない地方は、カジノ誘致を起爆剤に活力を取り戻したいと考えているようだ。

「明治時代の手法が今も通用するのか疑問ですね」と静かに声をかけてきたのは、国際基督教大学客員教授の八代尚宏さん(67)。「東京五輪に合わせて東京など一部地域にカジノを設けるだけなら経済効果は限られるし、運営を任される業者は既得権益を守るために他の業者を排除する恐れもあります。カジノ構想に過大な期待は禁物です」

章司が事務所で報告して「日本にカジノができて大もうけしたら、世界一周旅行でもしてみたいな」とニヤニヤしていると、「賭け事よりも、調査の手掛かりをつかむ勘を磨く方が先決じゃないのかな」と所長が厳しい一言。

(編集委員 前田裕之、山川公生、井上円佳)

[日経プラスワン2013年12月7日付]

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