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20~30代で顕著 若者のスポーツ離れ、なぜ進む?

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 「若者がスポーツをしなくなったそうだ」。近所のご隠居の話に、探偵、松田章司が関心を示した。「確かに自分も最近、あまりスポーツをしてないな。調べてみよう」。事務所から勢いよく飛び出した。

手軽な場所、仲間足りず

総務省を訪ねると「特に20~30歳代でスポーツ離れが進んでいます」と、三神均さん(51)が説明してくれた。同省は昨年10月、過去1年間にスポーツをしたかどうかを約20万人を対象に調べた。15歳以上でスポーツをした人の割合は61.6%で1986年の調査に比べ14.7ポイントも下がった。年齢別では20~30代の落ち込みが目立ち、60歳以上の割合は逆に高まっていた。「ゲーム機器が普及するなど娯楽が多様化し、若者はスポーツに関心が向かなくなっているようです」

納得できない様子の章司に、元実業団サッカー選手で、地域スポーツの振興を目指す特定非営利活動法人(NPO法人)「横浜スポーツ&カルチャークラブ」理事長の吉野次郎さん(47)が、小学校の体育の授業を受け持った体験を語ってくれた。「汗をかくのを嫌がる子どもが多くて驚きました。スポーツにはチーム内での協調や、競争社会の厳しさなどを学べる良さがあります。競争をさせたがらない学校教育にも問題があります」と心配する。

「スポーツ嫌いの子どもたちは、きっと大人になってもやらないだろうな」と表情を曇らせた章司。友人の紹介で「スポーツ好き」の若者たちに話を聞いた。住友生命保険の斎藤宏則さん(28)が所属する会社のテニス部は30人弱のうち20代が約8割を占め、東京都の実業団リーグの大会にも出場。「一緒に楽しめる仲間の存在が大きいです」

大山愛友さん(32)が熱中しているのはアルティメット。フライングディスク(通称フリスビー)を使う競技だ。社会人のクラブチームに所属し、休日の土日は早朝から日暮れまで練習する。7月の世界選手権の日本代表にも選ばれ、金メダルを獲得した。

スポーツ好きの若者からよく出てくる言葉は「仲間」。陸上ホッケーの社会人チームに属する野村征司さん(28)も仲間とのつながりを大切にする。しかし、スポーツをする若者は全体では減っているようだ。

「スポーツをしない人に無理に声をかけても強制ととられてしまい、腰が引けてしまうようです」と野村さん。大山さんも「緩やかな人間関係を望む若者が多く、人のつながりが強いチームになかなか人が集まらないのでは」とみる。

「スポーツをする場所の確保も悩みの種です」とデサントでサッカーウエア「アンブロ」の企画を担当する古賀雅範さん(30)が声をかけてきた。古賀さんは小学5年生からサッカーに親しみ、現在は東京でフットサルのチームに参加している。公営の体育館は予約がいっぱいという。

減る企業支援、個人の負担に

章司は「場所が足りない」という若者たちの悩みを聞いてもらおうと、小石川運動場などを管理する東京都文京区役所に向かった。同区スポーツ振興課長の古矢昭夫さん(54)は「都市部にはもともと運動施設に適した場所が少ない上、自治体は財政難で施設の新設は無理なのです」と苦しい台所事情を打ち明けた。

ただ、文京区では体育館などのほか、小・中学校の施設を住民に定期開放しており「場所不足より大きな問題があると思います」と古矢さん。スポーツイベントを企画すると中高年は集まるが、20~30代では「仕事や家事・育児で忙しい」と断る人が多いという。

次にボウリング場などを運営するラウンドワンを訪れた。同社はフットサル、テニス、卓球などを気軽に体験できる多目的施設を運営し、スポーツの楽しさに触れる機会を提供している。ターゲットは10~30代。運営部の村岡大祐さん(37)は「空き地や公園など若者が気軽にスポーツを楽しめた場所が減った分を民間施設が補っている面があるのです」と指摘する。

一緒にスポーツをする「仲間」の存在。もっと場所があれば……。報告書をまとめようと、うなっている章司に「おカネの問題も大きいんじゃないか」と所長がヒントを与えた。

子供の頃からアイスホッケーに親しんできた西武ホールディングスの戸塚理奈さん(36)に聴いてみた。小学2年生でジュニアチームに加わり、旧コクドの女子チームで9年間、選手生活を続けた。「家族や会社などの支援のおかげです」と振り返る。現在はフットサルのチームで汗を流す戸塚さんは「スポーツを続けられる環境に恵まれている人が減っているのは残念。もっと多くの人に楽しんでほしい」と熱く語った。

大学で「スポーツ経済」の講座を持つ大阪学院大学教授の国定浩一さん(72)にスポーツと経済の関係について質問した。「かつては多くの企業がプロや実業団を支援するだけでなく、福利厚生の一環で社内運動会を開いたり、一般社員のクラブ活動にも資金を出したりしていました。今は余裕がなくなっています。所得が減った個人も費用がかかるスキーなどを敬遠しています」と解説した。

経済学では、誰もが利用できる公的な財・サービスは「公共財」と呼ばれる。公共性が高いスポーツは公共財の一種と位置付けられ、行政や企業などは一般の人がスポーツを楽しめるように資金面などで支援してきたが、最近は個人がおカネをかけて得る「私的財」の側面が強まっている。「公共財として支える力が国全体で弱まり、若者のスポーツ離れを加速しているのです」。章司は納得した。

「中高年でも所長のようにスポーツをほとんどしない人もいますね」と冷やかす章司に、「君たちの調査の裏を取るために陰で走り回っているのを知らないな」と所長がチクリ。

<種目も大きく変化 水泳・野球人気は急降下>

男性が自分で競技するスポーツで最も人気があるのは「ウオーキング・軽い体操」。総務省が2011年に15歳以上の男性を対象に実施した調査では、こんな結果も明らかになった。1986年の調査では、水泳がトップ。男性にとって身近なスポーツは大きく変化している。

過去1年間で実際に競技したスポーツを尋ねたところ(複数回答%)、11年調査ではウオーキング・軽い体操(31.5)、ボウリング(14.3)、ゴルフ(14.2)、つり(12.6)、ジョギング・マラソン(11.6)が上位を占めた。一方、86年調査では水泳(31.5)、野球(31.1)、軽い体操(30.4)、ボウリング(29.6)、ソフトボール(27.3)の順だった。スポーツの主役だった水泳や野球の人気が急降下したことがわかる。

ワールドカップ日本代表の活躍などで人気が高まるサッカーはどうか。実際に競技した男性は11年が7.9%と86年の6.8%に比べて上昇したものの、かつての野球のような水準には遠い。「観戦するスポーツ」としての色彩がなお濃いが、人気がしぼむ競技が目立つ中では、期待の成長株といえる。

(編集委員 前田裕之)

[日経プラスワン2012年12月1日付]

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