ゲームショウの伏兵、エンタメの未来映すソニーの実験
「現実と録画を混同させる」、HMD試作機で実現
ソーシャル、スマホが「主役」に――。今年のTGSでは昨年に引き続きソーシャルゲーム陣営がスマホ向けタイトルの展示ブースを拡大。多くのメディアがその躍進ぶりを伝えている。
目立つ「ソーシャル」「スマホ」の躍進
確かに、ゲーム専用機(コンソール機)陣営はハードが現世代の普及期にあり、「PS Vita」や「3DS」の発売を控えていた昨年開催と比べると話題性に欠ける。今年12月には任天堂から据え置き型の「Wii U」が発売されるが、同社は例年通りTGSには不参加。ゲームソフト会社からのWii U向け新タイトルの発表や展示も少なかった。
一方、グリーは昨年同様、最大規模のブースを構えた。ディー・エヌ・エー(DeNA)は今年も大規模な展示を見送ったが、代わりに国内外で深い協業関係にあるゲーム開発会社のグループス(東京・港)がグリーの斜め横に最大規模のブースを出展した。双方ともにスマートフォン(高機能携帯電話=スマホ)向け最新タイトルのオンパレードだ。
グリーの隣はブシロード(東京・中野)の大規模ブースが占める。リアルのカードゲームやトレーディングカードを手掛ける同社は、バーチャルのカードゲームで飛躍したグリーなどに対抗すべく、今冬から独自のスマホ向けゲームプラットフォームを開始する予定だ。ブースには特設リングが設置され、ブシロードの親会社が今年1月に買収した新日本プロレスの人気選手による試合を披露するなど、派手な演出で注目を集めていた。
カプコンが過去最大規模のブースで老舗の意地
折しもTGS開催初日の21日は、従来機種比で2倍以上の性能と言われるiPhone5の発売日。スマホの劇的な進化と普及は、ソーシャル勢のスマホ対応強化と合わさり、「コンソール劣勢」の印象をさらに強めている。しかしである。
TGSに訪れる多くのゲームファンにとっての「主役」は依然としてゲーム専用機であることに変わりはない。会社を通じてチケットを入手し、有給休暇をとって訪れたという男性(36)はこう話す。
「昨年、『モンスターハンター(モンハン)』の試遊ができず悔しい思いをしたので、今年は真っ先に整理券を取りにいった。あとは『ドラゴンクエスト(ドラクエ)』最新作の情報が気になる。ソーシャルゲームは僕ら古いゲームファンにとっては"異世界"の話ですね」
モンハンを提供するカプコンのブースは今年も活況を呈していた。
カプコンは今回、老舗の面目躍如と言わんばかりに過去最大規模のブースを出展した。3DS向けのモンハン最新作(13年3月発売予定)の試遊には早くも長蛇の列ができており、一般公開では昨年のように相当数が殺到するのは必至だ。ほかにも「バイオハザード」最新作(10月発売)や「逆転裁判」の最新作も人気で、ゲーム専用機の意地を見せつけているようだった。
次世代機不在のハード面でも話題はある。ゲーム専用機の未来を占うような「伏兵」がいたことは、あまり報じられていない。
SCEブースでは「HMD」に人気集中
小型・軽量化した「プレイステーション3(PS3)」の新モデルや、昨年末に発売したPS Vitaが並ぶソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)のブース。そこでひときわ人気を博していたのは、頭部に装着する液晶ディスプレー「ヘッドマウントディスプレー(HMD)」で試遊ができるコーナーだった。
使用するHMDはソニーが今年10月に発売予定の新商品「HMZ-T2」。昨年11月に発売され、入手困難のまま生産中止となったHMDの新型で、より軽量化され、装着感や音響も強化された。装着すると視界が完全に遮られ、「20メートル先に750インチの大画面」を見ているような世界が広がる。
SCEブースでは、「龍が如く5」や「みんなのゴルフ6」など、HMDで試遊できる8つのPS3向けタイトルを用意。発売前で、今回も入手困難が予想される最新HMDによるゲームの「没入感」を楽しもうと、TGS初日は開場直後に行列ができた。
このHMZ-T2を改造し、さらに先進的かつ画期的な取り組みを披露するブースもある。ソニーがSCEとは別に出展した「没入快感研究所」である。
「どっちが現実なのか分からない」状況を実現
巨大な幕張メッセの一角に仕切られた、小さな白い壁の部屋。この中で、人間の脳に現実世界の映像と録画映像を勘違いさせることは可能なのか、というユニークな実験が行われていた。
没入快感研究所とは、ソニーがHMZ-T2の発売を前にプロモーション目的で作ったバーチャル研究所。9月11日、フェイスブックページとして立ち上がり、TGSにおける実験の体験者募集をかけた。1日わずか22人という体験者の枠はすぐに埋まったという。この企画を担当するソニーマーケティングコミュニケーション戦略課の中村芳彦マネジャーは、今回の狙いをこう説明する。
「新商品の発売前に改造してしまうというけっこう大胆な試み。まずは、ちょっと拡張することで、もうこんなエンターテインメントが実現できるんだよ、ということを世の中の皆さんに知っていただくことが狙い。一人称カメラを通して見るリアルのライブ映像と、あらかじめ同じ空間で撮影しておいた全方位の映像を、うまいタイミングですり替えることによって、どっちが現実なのか分からないという状況を実現しています」
分かるようで分からない。体験者でなくとも実験の様子を部屋の外に設置されたモニターで確認することができるが、感覚として伝わってこない。「こればっかりは、実際に体験していただかないと……」と中村マネジャー。説明もそこそこに、体験してみた。
ちなみに、以下の体験談は「ネタばれ」になるため、事前募集で一般公開日の体験者に選ばれている方はご了承いただきたい。
恐怖のゾンビ、だまされた録画映像
「実験室にようこそ。まずはゲームショウ特別仕様の『プロトタイプ-SR』を装着します」。白い壁一面で囲われた部屋に入ると、白衣を着た研究員と思しき女性に出迎えられ、HMZ-T2を改造したプロトタイプ-SRとヘッドフォンを装着した。プロトタイプ-SRには新製品にはないカメラが付いており、自分が向いた方向の「今」のライブ映像が眼前のディスプレーに映る仕組み。今の音声もマイクを通じて、ヘッドフォンから入ってくる。
「目の前に私、映っていますか? では右に移動しますので、椅子を回転させてこちらをご覧ください。今度はこちらを見てください」
左右、上下といろいろな方向を向くと、ディスプレーを見ているというよりは、何かのフィルターを通して自分の目で見ているような感覚になる。その後、ディスプレーは現実世界の映像から、ソニー・ピクチャーズが配給する人気映画シリーズ「バイオハザード」の映像に切り替わり、映画館を独り占めしている感覚を楽しむことができた。
そして画面は、さっきの現実世界の部屋に戻り、さっきの女性が説明を始める。どこを向いても、さっきの部屋だ。すると突然、照明が点滅し、女性が苦しげにうずくまるや否や「ゾンビ」に変身、こちらに襲いかかってきた。その時点で「これは現実ではない」と気づくが、それでも思わずのけぞってしまうほど焦ってしまった。
一瞬、画面が暗くなり、再びさっきの現実世界の部屋と女性が見える。女性が自分の左右に移動し、それを追うことで、これこそ現実世界のライブ映像なんだと思う。すると、同じ女性がもう1人、画面に現れた。じつは後者こそがライブ映像で、ゾンビも、その後の女性も録画映像であったことが明かされる。ゾンビはともかく、その後のシーンはすっかりだまされてしまった……。
理化学研究所の協力で実現
ゾンビシーンの後、白衣の女性は「今、目の前にいる私は本物の私ですよ。右手を前に差し出してください」と言って、手を触れることで証明する。「続いては宮本笑里さんの映像をお楽しみください」と部屋の奥へ退出すると、同じ部屋へ入れ替わりにバイオリニストの宮本さんが録画映像で登場。自分の右へ左へ動きながら演奏する様子を見ていると、あたかも目の前に本人がいるような錯覚に陥った。通してわずか8分ほどの体験の感想は、とにかく「面白い」の一言に尽きる。
なぜこんな体験が可能なのか。現実世界のライブ映像は、カメラ映像をHMDに映すだけでよい。ライブ映像かのように映し出された録画映像部分の処理は多少、複雑だ。
録画映像は、360度撮影可能なパノラマカメラで体験者が座る位置から事前に撮影されたもの。改造したHMZ-T2に仕込まれたジャイロセンサーが、カメラの方向、つまり視点を把握し、その視点からの映像をディスプレーに送る。ヘッドホンから流れる録画映像の中の女性の声も、女性の位置によって音像がちゃんと変化するため、よりライブ映像だと錯覚しやすい。
基本的なシステムは、独立行政法人の理化学研究所が開発し、今年6月に発表した「代替現実(SR)システム」がベースとなっている。今回はソニーが理化学研究所の協力を得て独自にコンテンツを作成、エンターテインメント分野への応用を模索した。すでに手応えを感じている。
「一緒にHMDの未来を作っていけたら」
「正直、不安だったんですけど、皆さん、ちゃんと驚いていただけています。前情報を仕入れずに来ていただいた方も、仕組みを理解している方も、皆さんだまされてしまう。その結果に、我々もちょっと驚いています。手応えはかなりありますね」
「デバイスとしてのビジネス、そして、ソニーが抱えるコンテンツ資産の活用、両面で大きな可能性を感じている。いろいろな可能性がある中で、今回は現実と録画を勘違いするSRをテーマにしましたが、同じような仕組みで、ゲームのような仮想世界を現実のように感じるVR(仮想現実)や、現実世界の映像に仮想のものを溶け込ませるAR(拡張現実)も実現できる」
TGS初日を経た中村マネジャーはこう話した。まだ、改造したプロトタイプ-SRの市販化や、具体的なシステムの商用化が決まっているわけではない。だが、中村マネジャーは「いろんな業界の方に実験の様子や結果を見ていただくことで、一緒にHMDの未来を作っていけたらと思っている。逆にいろんなアイデアをいただきたい」と前向きだ。
中でも、最も応用の可能性があると考えているのが、ゲーム分野。だからこそ、ゲーム業界関係者が集まるTGSという場を選んだ。
実験が示唆するゲーム専用機の未来
例えば、一人称視点でゲーム中の世界を移動したり、敵と戦ったりするゲーム専用機の人気分野「FPS(ファーストパーソン・シューティングゲーム)」は、シナジー効果が高い。現状はコントローラーのスティックで視点を操作するゲームが多いが、今回のシステムを応用すれば、首の向きを変えるだけで視点操作が可能になり、没入感は格段に高まる。
HMDを応用した没入体験。これこそが、ゲーム専用機の未来なのではないだろうか。
ここから先は臆測になるが、ゲーム専用機とHMDを組み合わせた、より没入感がある「VRゲーム」が、近い将来、登場する可能性は高い。実際に、ジャイロセンサーとゲーム映像によるVRについて、中村マネジャーは「ハードメーカーとソフトメーカーとが一緒にやれば、そんなにハードルは高くない」と言う。ソニー子会社のSCEは、ゲーム専用機のハードメーカーでもあり、ソフトメーカー。やろうと思えば実現できる環境は、すでにそろっている。
SCEのプレイステーションはこれまで、DVDやブルーレイを備えた家庭用のエンターテインメント機器として進化してきた。今後、VRゲームだけではなく、例えばアイドルたちが自分を囲み、目の前で歌ったり、踊ったりしてくれるといったコンテンツも楽しめる新手のエンターテインメント機器として進化していく可能性も、十分にあると言える。映画配給会社やレコード会社を傘下に抱えるソニーの強みも生かせる。
テーマパークやアミューズメント施設への展開も考えられる。現実世界か映像なのか分からない環境で次々とゾンビが襲ってくるお化け屋敷や、人間相手に仮想のレーザー光線で戦うサバイバルゲーム。そんな施設が登場したら、人気を博しそうだ。もちろん、こうしたことは当面、スマホでは実現できそうにもない。
汎用機では実現できない付加価値とは
スマホはタッチセンサーやジャイロセンサーを当たり前のように備え、映像の処理速度もパソコン並みに高まっている。今年のTGSでは、出展されたゲーム作品のうち、ソーシャルゲームが約7割も占めるという。そのほとんどがスマホ向け。中には、携帯型ゲーム専用機のタイトルと見まがうゲームらしいゲームも参考出展され、ソーシャル、スマホが主役扱いをうけた。
だが、スマホ向けゲームの開発期間やコストは、ゲーム専用機に比べ格段に少ない。矢継ぎ早に新タイトルを投入できるため、タイトル数での比較はあまり意味がない。今年はゲーム専用機に近い、リッチなグラフィックスを売りとした新作の展示も多かったが、見方を変えれば、過去のゲーム専用機に追いついただけだ。
TGSは元来、「ゲームの未来」を占う展示会。そこでの存在感は、規模や派手さだけが示すとは限らない。
ゲーム専用機はパソコンや携帯電話といった汎用機では実現できない新たな付加価値を備えるで、生き残りを図ってきた。プレイステーションはユーザーを魅了する高精細なグラフィックでシェアを高めた。スマホ以前に直感的な「タッチ操作」のゲームで大ヒットしたのは「ニンテンドーDS」。「Wii」はジャイロセンサーを組み込んだ新手のコントローラーを導入し、「体感ゲーム」ブームを作った。付加価値に人々は驚き、飛びついた。
こうした進化の先には何があるのだろうか。TGS会場の片隅にある小さなブースが、そのヒントを示すように存在感を放っている。
(電子報道部 井上理)