ウィルコムは「安い買い物」か、ソフトバンク PHSをフル活用
ジャーナリスト 石川 温
ソフトバンクモバイルが29日、同社傘下のPHS会社ウィルコムと共同で夏商戦向け新製品を発表した。スマートフォン(高機能携帯電話=スマホ)が4機種、フィーチャーフォン(従来型携帯電話)3機種というやや寂しいラインアップだ。発表会は新製品よりもCMタレントと孫正義社長とのトークセッションのほうが印象に残ったほどだ。
プラチナバンドで「同じ競争条件」に
そんななか、孫社長が熱心にプレゼンしたのが7月25日から始まる900メガヘルツ帯の周波数への対応だ。ソフトバンクでは「プラチナバンド」としてブランド化し、積極的にユーザーに訴求していく。他社と比べ「(従来は)プラチナバンドを持っていないことがハンディキャップになっていたが、(900メガヘルツ帯を獲得したことで)完全にイコールフッティング(同じ競争条件)にたち、どこでもつながるようになる」とアピール。下りの通信速度が毎秒110メガ(メガは100万)ビットを超える「ソフトバンク4G」とあわせ「ソフトバンクはネットワークナンバーワンである」(孫社長)と息巻いた。
ソフトバンクでは、900メガヘルツ帯の割り当てが正式決定する前から、基地局や端末を発注してきた。あるメーカー関係者は「この夏商戦モデルは、900メガヘルツに対応しないと買い上げないといわれてきた」と内情を語る。すでに1年以上前から、ソフトバンクモバイルでは900メガヘルツ帯の獲得を確信し、準備を進めてきたのだ。
もちろん、7月25日から一気にネットワーク品質が改善するわけではない。「垂直立ち上げ」ですぐに良くなるような印象があるが、孫社長は「一気に立ち上げると、他のネットワークとの整合性に問題が出てくる。最初は数百の基地局からスタートし、毎週増えていく。12月までには数千のかなり上のほうになる。年度末には万単位のオーダーになる」という。既存のネットワークとの干渉の問題もあるようで、検証を進めながらプラチナバンド対応基地局を増やしていくようだ。
ソフトバンクでは、900メガヘルツ帯の整備を進めながら、秋にはFDD-LTEもスタートさせる。iPhoneの次期モデルはLTEに対応する予定のため、同機種を導入するキャリアはLTE網を整備しなくてはならないからだ。アップルからは2.1ギガ(ギガは10億)ヘルツ帯でのLTE網整備が必須とされている。KDDIもLTE導入を前倒しする予定で、ソフトバンクモバイルはKDDIを横目で睨みながらの整備となる。
今回の発表会では、放射線測定センサー内蔵スマホが注目を集めた一方で、興味深かったのはウィルコムとのコラボレーションだった。
ウィルコムとのコラボが進化
スマホとしては、ウィルコムとソフトバンクの両方の回線が使える「DIGNO DUAL」(京セラ)が目玉として取り上げられた。ウィルコムの「だれとでも定額」に加え、ソフトバンクの音声回線と3G通信回線の両方が使えるという「スマートフォン版ドッチーモ」と言える存在だ。
ウィルコムでは、基本料金980円、3Gパケット定額5460円、ウェブ接続料315円という料金プランを設定してきた。他社のAndroidスマホと同等の価格設定でありながら、だれとでも定額が使えるという点が特長だ。
3Gの音声通話に関しては、新規契約だけでなく、NTTドコモやKDDI、ソフトバンクモバイルから番号持ち運び制度(ナンバーポータビリティー、MNP)が使える。
「音声通話料金を安くおさえたい」という人は、ウィルコムに090/080番号を移して、DIGNO DUALを所有すればよい。いままでの電話番号で着信でき、音声の発信をする際には070のウィルコム電話番号を使うことで、大幅に音声通話料金を節約できる。もちろん、従来通り090の電話番号でも発信できる(この場合は、ソフトバンクモバイルからのMVNO回線で発信することになるが、全日30秒21円となる)。
シャープがPHSに再参入
もうひとつ、ウィルコムとソフトバンクの取り組みで面白いのが、PHS版「PANTONE WX01SH」の投入だ。PANTONEケータイはソフトバンクを代表する人気シリーズ。今回は、ソフトバンク向け端末の金型をそっくりそのまま流用し、シャープがPHSに仕上げた。金型の流用であるため、充電コネクタ部分は、ソフトバンクやNTTドコモのW-CDMA端末で採用されているのと同じ形状のコネクタとなっている(現行のPHS端末であればmicroUSBが一般的)。
過去には、ウィルコムで人気ブランドとなっていた「HONEY BEE」を、ソフトバンク向けのスマホとして投入したことがあったが、今回はまさにその逆。ソフトバンクでの人気モデルをウィルコムで発売することになった。
この背景には、ウィルコムの社長で事業家管財人でもある宮内謙氏の強い意向が働いたようで、ウィルコムを盛り上げるためには「シャープが不可欠」という判断があったようだ。さらに単にシャープにPHSを作ってもらうだけでなく、PANTONEブランドを使わせようという判断は孫社長が行ったのだという。
ウィルコムは2010年2月に会社更生法を申請、同年末にソフトバンクの完全子会社となった。ソフトバンクは16年度までに金融機関やリース会社に対する約410億円の債務を弁済する計画だ。
ウィルコムからの熱烈なオファーに対し、困惑したのがシャープだ。同社では過去にPHS端末を作っていたことはあったが、すでに部署としてPHS開発部隊は解散していた。数年前にPHSに再参入する可能性を幹部に尋ねたことがあったが「考えられない」と一蹴していたほどで、シャープとしてはPHSはすでに過去のものとして位置づけていた。
しかし、ソフトバンクとウィルコムからの要望を受け、シャープは一肌脱ぐことにした。
コストを抑えるため、外部の会社に開発を委託することも検討したが、一定の品質を保つために断念し、自社での開発を決断。過去にPHS開発に携わったことのあるメンバーを招集したのだった。
3G携帯の金型を流用し、ハード面のコストはできるだけかけないようにしたが、PHSのプラットフォームを開発するとなると、相当なコストがかかる。過去に開発の経験があったとしても、PHSも地味ながら進化しているだけに、キャッチアップには相当な苦労が伴う。
シャープとしては、このモデルだけで投資コストを回収できるわけもなく、今後も継続的にPHS端末を投入していくことで、利益を出したいと考えているようだ。「PHSに再参入するからには、ウィルコム端末で圧倒的なシェアを持つ京セラのポジションを奪う覚悟で臨んでいく」(シャープ関係者)というほどだ。
MNPが実現すれば「大化け」も
ソフトバンク傘下となり、復活基調にあるウィルコムだが、ひょっとすると今後、さらに「大化け」するかもしれない。
PHSの番号である070と090/080でのMNPが実現し、090/080番号でウィルコムの「だれとでも定額」を使えるようになると、一気にユーザーが流れ込んでくる可能性があるからだ。
もし、MNPがスタートした際、シャープの「PANTONE」があると、これまで主に音声通話用途で携帯を使っていたユーザーを取り込みやすい。シャープブランドの安心感も手伝い、PHS版PANTONEは手に取りやすい存在になることだろう。
すでにスマホを使用しているユーザーも「DIGNO DUAL」があれば、PHS部分にこれまで使っている電話番号を書き込み、だれとでも定額を利用しながらも、通信速度も満足できるスピードで使える。これまでのパケット定額料金と変わらず、しかも音声通話料金を節約できる。DIGNO DUALの3G通信部分は海外ローミングなどにも対応している。使い勝手は、他のスマホと遜色のないレベルに達している。
孫社長もPHSのMNPに関して「そうあるべきだ」と期待を込める。将来は、現在ソフトバンクで「ホワイトプラン」目当てで契約している音声通話メーンのユーザーをウィルコムに流し、ソフトバンクではスマホをさらに強化させるという戦略もあり得る。もちろん、ウィルコムをソフトバンクブランドに吸収させる可能性もゼロではないだろう。
PHS版のスマホ開発の行方は
やはり、「24時間どのキャリアにかけても10分以内なら定額の範囲内」という料金プランのインパクトは大きい。これがいままでの090/080番号で使えるなら、なおのことだ。
一方で気になるのが端末の投入ペースだ。Androidスマホは進化が速く、いまのところは商戦期ごとにスペックが向上している。グーグルもAndroidプラットフォームの開発にまい進している状態にある。
だが、ウィルコムがPHSでスマホを開発するとなると、当然のことながら、メーカーから見れば世界向けへの流用ができず、日本国内に特化した製品となる。他社向けのような大規模な台数は見込めず、販売期間を長くすることでコストを回収しなくてはならない。現在、ウィルコムで売られている音声端末は、そのほとんどが販売期間を長めにすることで、なんとかコストを回収している。
仮に1年に1回のペースでスマホの新製品を投入していては、消費者からはかなり見劣りがしてしまう。ウィルコムの開発担当者も「スマホの進化スピードに足を突っ込んでしまっていいものか、悩ましいところだ」と本音を漏らす。
ウィルコムとしては、いかにスマホを他社に遅れることなく、継続的に新製品を出し続けられるかが課題となりそうだ。
とはいえ、ソフトバンクとしては、Androidスマホでなかなか他社と差異化ができないなか、傘下のウィルコムを活用して端末や料金面でアグレッシブに攻めることができるのは間違いない。ソフトバンクとしてウィルコムの支援は本当に安い買い物だったかもしれない。
月刊誌「日経TRENDY」編集記者を経て、2003年にジャーナリストとして独立。携帯電話を中心に国内外のモバイル業界を取材し、一般誌や専門誌、女性誌などで幅広く執筆。近著に「スティーブ・ジョブズ 奇跡のスマホ戦略」(エンターブレイン)など。ツイッターアカウントはhttp://twitter.com/iskw226
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