はてなキーワード: 西日暮里とは
東京においては「多少遠くてもいいから家賃安めのところ」は基本的につまらん住宅街しかない。
いくつかの例外的な地域はあるが、豊洲からは遠い上に人気があるため家賃も大して安くない(中野〜吉祥寺の中央線沿線、三軒茶屋〜自由が丘の東急線沿線など)。
増田の場合、「粋な街」を基準にするなら「地歴が悪いため安い地域」を選ぶしかないだろう。
この辺は元々ドヤ街だったりハザードマップが真っ赤だったりする関係で都心または西側に比べて安い傾向がある。豊洲にもアクセスしやすい。
御徒町〜三ノ輪あたりまでの日比谷線沿い、湯島〜西日暮里あたりまでの千代田線沿い、浅草橋〜押上あたりまでの浅草線沿い、あるいは水天宮前〜錦糸町あたりまでの半蔵門線沿いなんかが良いんじゃないかと思う。
ホームレスやアル中のオッサンや精神を病んで奇声をあげてる人なんかもポツポツいる地域ではあるが、そこは諦めよう。実害は(そんなに)ない。
帰ってくるときだって西日暮里か北千住どっちかに着けばいいだけだし
百歩譲って自分で考えてルート構築するのが難しかったとして、今は乗り換えアプリでどう乗れば良いか出るからそれに従うだけじゃん
①230円
②356円
③402円
なんだよね、全部同じ駅から乗って同じ駅に降りるルートなのに!
鉄道会社跨いでるからそれで料金が変わるのはわかるけど滅茶苦茶気持ち悪い料金形態だと思う
しかも訳がわからないのは、例えば亀有・金町〜大手町間の定期券を持っていた場合、一番安くなるルートが変わること
前の通りでいくと
①定期+178円
②定期+178円
③定期+146円
定期なしだと一番高かった西日暮里乗り換えが定期ありだと一番安くなる謎、まあ誤差みたいな額ではあるけど…
別に上野だけじゃなくて御徒町、秋葉原で降車する場合も似たようなことになる
この辺のカオスは前から問題を指摘する人もいたんだけどずっと放置(なんなら馬鹿にすら)されてんだよな、新金線の旅客化と同じぐらいに
城東地域の縦方向の移動が壊滅的なのも含めて、23区西部に比べると江東5区の都市計画みたいな部分ってかなり割り食ってるよな〜という印象がある
確か2020年くらいのとき、1人で新宿ぶらぶらしてた時に手相見せてくれませんか?と呼び止められて手相見せたら、その後に詳しい人を紹介したいと言われどこかに連れて行かれた。
そこで特に感激した訳ではないけど、ちょっとメンヘラ入ってた部分もあり、カウンセリングみたいな感じでしばらく通うようになった。
そこでは、最初にビデオ(よくわからん講義だったり映画だったり)を見てその後スタッフの方とお話するだけだった。
しばらく通った後、ツーデイ?にも行った。
サタンが〜とかメシアが〜とか聞いてたけど、バカだからあまり理解が出来なくてへーと言う感じ聞いてた。
その後は忙しくなって通うことはしなくなり、自然と団体から離れていった。貧乏だから献金もなかった。
タイトル通り。別に連絡取り合う友達もいないし、しがらみもないので特定覚悟で語る。もし同級生がこれ見て「あいつか」ってなったら笑ってくれ。
まあ親ガチャは良かった。祖父は東大卒の医学者で都内や千葉の独法系病院で勤務していた。父は東大経済卒で日銀の職員。母は西宮の女子大を出てお見合いで父と結婚した薬剤師。ただ学歴とかそれ以上に家族はみんな優しかった。てか今も優しい。きっと父が普通のサラリーマンでも幸せだったと思う。あと妹が一人いる。
目白台にある女子大附属の幼稚園、川崎にある私立小学校、西日暮里の男子中高一貫校を経て東大に入った。ここまで苦労はない。勉強は塾や親の言うことを程々に聞いておけば間に合った。部活も楽しかったし友達もたくさんいた。男子校出身だったが、中3から幼稚園のときの幼馴染と付き合い始めていた。
ただ高校から予兆はあった。高入生で学年人数が増えたあたりから人前でスピーチをしたり移動教室の時、動悸がやばかった。緊張とかあがり症のレベルではなかったと思う。友達から顔青いけど大丈夫か、とか言われてたし。それでも中高は乗り切り、大学に行った頃からおかしくなった。まず階段教室の授業が怖い。うちの高校からは大量に東大に進んだため友人はたくさんいたが、毎回常に友人とかたまって授業に行くわけじゃない。授業が始まれば怖くなくなるんだけど、授業前や授業後のザワザワとした空間が怖くて、そこに一人でいることがパニックになる。だんだんひどくなり、ついに門をくぐるどころか電車も無理になった。それで大学2年にして子ども部屋で引きこもりスタート。単位など取れるはずなく進振りの希望すら出してなかった。両親や妹はガミガミと怒るでもなく、極度に不安視するわけでもなくそっとしておいてくれていたしそれがありがたかった。同級生は心配して連絡をくれたが、無視するうちに来なくなった。彼女にはスマホで一方的に別れたいと言った。親同士も知り合いなので、幼馴染とそのお母さんがとても心配してくれたが顔を合わせたくなかった。
それから一年間引きこもって、コンビニとかは行けるようになった。大学に連絡を取り事務所で今後のことを話し合った。話し合ったというか、ほとんど大学に出てなかった俺がこれから授業や単位をどのように取得していくかというシステムの淡々とした説明。恥ずかしながらこの頃はまだ一人では行けず母に着いてきてもらった。そこからゆっくりではあるが、ようやく大学に復帰し単位をスローペースで取った。一人で電車通学も可能になった。倍率が低く小人数の駒場の学科に進んだため本郷に行くことはなかった。てか行けなかっただろうし。研究室の教授や年下の同期は本当にいい人たちだった。そのおかげで同級生より3年遅れで卒業することができた。
大学を卒業するのが精一杯で働ける気もしなかったため就活はしなかった。大学を卒業後は小さな頃から顔見知りの近所のおばさんが自宅でやってる公文教室で採点、小学生高学年や中学生に英語や算数を教えたりというバイトしている。おばさんの人柄のおかげで居心地が良い。給料は月4万円。半分は親に渡し、もう半分は使うわけでもないため通帳に入れている。
20代の期間も残す所わずかだが、この生活が変わる様子はないし、正直変える気もない。世間一般から見たら失敗人生だろう。最近親ガチャだの反出生だのとよく聞くので、親ガチャで当たりを引いた人間でもこうなるという例を紹介しようと思い自分語りをさせてもらった。
https://anond.hatelabo.jp/20200502162137
https://anond.hatelabo.jp/20200504221805
https://anond.hatelabo.jp/20200510103842
https://anond.hatelabo.jp/20200510184249
https://anond.hatelabo.jp/20200513075855
(田端)
https://anond.hatelabo.jp/20200513214310
https://anond.hatelabo.jp/20200517000406
(日暮里)
https://anond.hatelabo.jp/20200521162616
東京の中でもなぜ北側はコロナウイルスの感染者が少ないのか話題になってたが、行ってみたらそれはあたりまえのことだとわかる。わりと店が多い田端新町の大通りを夜に歩くと、週末でも人がほとんどいない。隅田川を挟んで足立区との境にある尾久(おく)まで行くと、さらに静かで薄気味が悪いくらいだ。
西尾久にいる女の所へ通っていた頃、なんでわざわざここに住んでるんだと聞いたことがある。
突き放したようなものの言い方をする女だった。こちらから迫っていくと拒むことはなかったが、いつもどこか醒めている感じがした。身体を繋いだ後にも余韻というものがなくて、すぐにテレビをつけたり、ベッドを降りて煙草を吸ったりした。そのわりには定期的に連絡をしてきてこちらの予定を尋ねるのは向こうの方からだった。
そういうこともあるんだろう、と思って漫然と関係を続けるくらいには自分は打算的だったし、未熟でもあったわけだ。
私たちはよく歩いた。夜、西日暮里で降りて東北本線沿いに尾久まで歩くこともあった。石垣のような高架沿いにぽつぽつと話をしながら進むと、幾重にも重なった線路と電車しか見えない、ひらけた場所に出る。
歩き続けて、身体がランナーズハイみたいな軽さを感じはじめた頃に彼女の部屋に着く。部屋に入ると電気をつけ、テレビをつけ、どちらからともなく先にシャワーを浴びてから寝た。
ずっとこういう生活をルーチンワークのように繰り返していて飽きないのかと思って、もう少しデートらしい外出を持ちかけてみたこともある。浅草の三社祭を見たことがないというから、今度行ってみようかときいてみた。
「そういうのはいいよ」
「どうして」
何がいけないのか。こうやって、部屋でビールを飲んでることだって、あとで思い出したらそれは思い出じゃないのか、と私は詰めてしまった。自分は一緒に思い出を作るに値しない人間だと暗に言われているような気もして、少しカチンときたからだ。
彼女は黙ってから、「思い出なんて、贅沢だよ」と小声でいった。
「ごめん、今日は帰ってくれる」
部屋を追い出されて尾久の駅まで歩く間、通り過ぎる店はことごとくシャッターを下ろしていた。酒屋の前には白い猫が座っていて、すれ違いざまに首をかく音が聞こえた。
それから間もなく、柏のデイケアセンターに介護の仕事を見つけたとかで、女は千葉に引越していった。互いの近況を知らせる連絡も、どちらからともなく途絶えた。尾久に行くこともなくなってしまったけど、夜の静けさと暗さ、しらじらと蛍光灯が灯っていた彼女の部屋をいまだに思い出すことがある。