「株の売り」で失敗する理由 行動ファイナンスで学ぶ
株の「売り方」研究(1)

保有株の「売却」に悩む個人投資家は多い。なぜだろうか。経済学と心理学が融合した行動ファイナンスの研究者である野村証券金融工学研究センターの大庭昭彦さんによれば、「売り下手」の背景には心理バイアスの存在があると話す。
心理バイアスとは、人の判断や行動に作用する先入観や思い込みのこと。このバイアスが働くと、人は合理的とは思えない行動をとってしまう。心理学には数多くのバイアスがあるといわれるが、大庭さんは投資に関係するバイアスを12個挙げる(下表)。

そもそも暴騰や暴落は、皆が周囲につられて売りたくなったり、買いたくなったりすることで起こるものだ。自分1人ではやらないことでも、周りがやっているとつい自分もやってしまう。心理バイアスではこれを「群集効果(同調効果)」と説明する。
同様に、株を売る局面ではさまざまなバイアスによって、本来の判断が下しにくくしなってしまうという。
対策の話は心に残りにくい
原因が分かるのなら、対策を立てて克服すればいいはず。だが大庭さんは、「失敗などの話は記憶に残りやすいが、対策の解説は記憶に残りにくい」と話す。飛行機事故に例えると分かりやすい。事故は人々の印象に強く残る。しかし安全に航行しているほかの多くの飛行機が注目を集めることはほとんどない。これと同じだという。
それを踏まえた上で、「売り」を難しいと思う理由を探ってみよう。4つのケースを想定して、大庭さんに質問。Q&A形式で答えをまとめてみた。

保有株が値上がりしたので売却したいが、なかなか売る決断ができないと思う背景には、上で紹介した12の心理バイアスのうち、「後悔回避」と「現状維持」が働いていると考えられます。
後悔回避とは、「今行うことを後々思い返すと後悔しそうだ」と思うような行動を、人は避けたがるというものです。この場合で言えば、株を売った後に売値よりも株価が上昇するなどして「やっぱり売らなければよかった」と後悔する可能性がある行動を人はとりたがらない、というものです。
一方の現状維持とは、合理的に考えれば変えた方がいいのに、現状維持を選んでしまうというバイアスです。つまり、株を売らずに持ち続けることを選びたがる、ということです。
この2つのバイアスによる影響で、売却して「あの時、株を売って失敗した」と後悔するより、株を持ち続けて「やっぱり売っておけばよかった」と思う痛みの方が軽く感じるようになります。そのため、株を売却するよりも、株を持ち続ける行動をとりがちになるのです。

質問にも「また株価が戻るかも」とありますが、節目となっている数字にとらわれてしまう「アンカリング」というバイアスがあります。過去の高値など覚えやすい数字があると、合理的な理由がなくてもその株価まで戻るはずだと思う、もしくは戻ると思いたい気持ちが勝ってしまうのです。
これに加え、「認知的不協和」を避けるバイアスも働きます。思っていること(=認知)と、やっていること(=行動)が違う場合、通常ならば不協和を避けるべく、行動を変えるはずです。しかし、なぜか思っていることの方を変えてしまう。「この行動が正しいはずだから、本当の情報は違うはずだ」と思い、自分の行動にとって都合のいい情報を集めるようになる。つまり、「株価は戻らない」という情報を、耳に入れなくなってしまうのです。
さらにQ1で解説した「後悔回避」も働きます。含み損のある株を売却すれば、損失が発生します。後悔する気持ちを避けるべく、含み損があることに蓋をする気持ちが加わり、損切りをますます難しくします。

8月に起きた暴落時に、慌てて保有株を売却してしまった人も一部いらっしゃるのではないでしょうか。暴落の中で「皆が売っている」と思い込み、狼狽(ろうばい)売りをしてしまった――これには「主観確率」というバイアスが影響したと考えられます。
主観確率とは、「ある事象が起きる確率を人は何%と思っているか」を表すものです。例えば、サイコロを振って「1」が出る確率は客観的には6分の1と決まっています。しかし、「もっと高い」と思っている人もいるかもしれない。このように「予想する確率」は、人によって異なります。
暴落が現実に起きた時、人は「めったに起こらないことが起きた」と感じ、主観確率で「さらなる暴落が起きるかもしれない」と思い、慌てて売ってしまうのです。
そして、ここでも「認知的不協和」を避けるバイアスが働きます。「暴落する」と思って狼狽売りをすると、自分と異なる見方を排除し、同じ意見ばかりを取り入れるようになります。そして株価はもっと下がるだろう、自分がとった行動は正しかった、と考えるのです。
注:野村証券「NOMURA ウェルスタイル 株価が急落しても『狼狽売り』をしない人の特徴 行動ファイナンスの観点から解説」を参照

対策としては、自分の行動を統制する「行動コントロール」が求められます。
まず挙げたいのが「投資方針書」の作成です。「こうなったら売る」と方針を決めておき、できれば第三者(配偶者でも、投資仲間でも)と共有しましょう。方針書では「売却する」と書いてある場面で保有したままだったら、第三者に「方針と違う」と指摘してもらうように依頼しておきます。方針に反した行動をとった場合に、第三者にプレゼントを渡すなど、自分にペナルティーを科すのも有効です。
見方を変える方法もあります。例えば市場の暴落時に売りたくなった場合、「投資の目的は何なのか」と長期的な視点で考え直す習慣を心がける、といったことです。
そして認知的不協和のバイアスを意識して、SNSで流れてくるような、自分に都合がいい投資情報に踊らされないことも必要でしょう。そうした情報を一度、遮断してみることもお勧めです。
もっとも、こうした対処法を自分から進んで実践するのは難しいものです。その点は理解して取り組んでください。
[日経マネー2024年12月号の記事を再構成]
(佐藤由紀子)
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