中尾ミエさん「76歳、でも空中でアクロバットで歌う」
歌手・女優
――ミュージカル「ピピン」が開演しましたね(8月30日〜)。どんな内容なのでしょうか。

3年前が初演で今回は再演です。もともとはブロードウェーの古いミュージカルで、日本版も昔は歌って踊ってお芝居してっていう普通のスタイルだったんです。私はその時から出ているので引き受けたら、今のは全然違うスタイルになっていて。サーカス一座がやる公演という設定で、登場する全員がアクロバティックなことをやるんですよ。私は空中ブランコにぶら下がって、真っ逆さまになって何とその状態で歌うんです。
――ええっ、それはすごい!
「ブロードウェーではやってたけど、日本では違うんでしょ。まさか私これ、やらないよね?」と聞いたら「いや、このままやります」(笑)。さすがに、ダブルキャストということでお引き受けしました(編注・前田美波里さんとのダブルキャスト)。だって70歳を過ぎてアクロバットで歌うなんて、歌手人生の中で思ってもいないじゃないですか。若い時ならともかく、1カ月くらいの公演の間、体力がもつかどうかも分からない。皆も一歩間違えたらケガをするから、本当に死に物狂いで真剣な舞台なんですよ。

――以前からタップダンス、水泳など様々なトレーニングをされてきた中尾さんでも大変なんですね。
日頃のトレーニングは「ドレスが合う体形を維持したい」という程度ですが、これに関してはアクロバットを毎日やらないといけないから、半端なことじゃもたないんですよ。3年前の初演が終わった時、既に再演の話は聞いていましたが、この年齢の3年って結構変化が大きくてね。だから体を維持するだけでも大変です。毎日やってないと筋力落ちちゃうから。
――人生で一番大変なくらい?
そうね、これが終わったらしばらく鉄棒にはぶら下がりたくない(笑)。でもおかげさまで見た人は皆感動してくれて、一度見た人が「ぜひもう一度見たい!」と言ってくれる舞台になっています。

世界中でこの公演をやっていますが、バーサの役では多分私が最高齢でしょう。元の歌詞に「六十何年」っていう部分があるんですが、そこに特に意味はないそうなので「じゃ私の年に変えていいかしら」と聞いて。初演の時は73年で今回は76年と歌いますけど、まあ何とか今回もできそうです。
――ミュージカルといえば介護をテーマにした「ヘルパーズ」や「ザ・デイサービス・ショウ」も企画・プロデュースされてましたね。
うちのバンドマスターが介護の資格を持っているので、その経験で台本を書いてくれて。綺麗事では済まない介護側の大変さや矛盾を全部織り込んだので、介護する人たちが「よくここまで書いてくれた」と喜んでくれました。どちらも数年再演しました。
「楽しい人生」は自分で作る。他人は与えてくれない
――16歳で「可愛いベイビー」でデビューされ、その後「3人娘」で活躍した頃は超多忙だったとか。
その頃は新幹線もなく、地方に行くのも1日がかりだったこともあって忙しかったですね。スケジュールの中に寝る時間はなくて、寝台車での移動中が寝る時間。昔は組合とかもないから、24時間働いてました。でも辞めたいと思ったことは一度もなくて、ともかく生きるために働いていました。
デビューして10年くらいたった頃に「私、この仕事でやっていけるかな」という自信がついて、その後は借金したりもしながら、自分のやりたいことを実現してきました。そもそも私はいろんな人と会うのが好きなんです。芸能界を特別なところだとは思ってないんですが、この世界っていろんな人に会えるじゃないですか。だから人生楽しいなと思っているうちに今に至ったという感じです。
この年になって感じるのは、取りあえず生まれたからには、最後に「ああ、楽しい人生だった」と思えないともったいないということ。でもそのためには自分でそういう人生を作らないと。他人は与えてくれませんからね。
時間ができてから趣味を始めるのでは遅い
――家とアパートの話もありました。実は大家さんなんですよね。
私はあんまり物欲ないんですが、不動産だけ、それも家を建てるのだけ妙に興味があるんです。昔は6畳と4畳半に家族8人で住んでいて、あまりにも狭いので20歳の時に家を建てました。

そもそも家を建てるために働き始めたんですが、家族が多いから家ができても私の部屋がなかったんですよ。女きょうだいが4人いるので1つのベッドに2人寝ないと収まらない。ああ、自分の部屋が欲しいと思ってトイレに入ると、窓の向こうに空き地が見えるんです。あそこの土地が欲しいなと毎日念じるように見てたら後日手に入ったので、やっと自分専用の家をもう1軒建てて。
その後きょうだいも結婚したりして、最初に建てた家から皆いなくなったので、自分が住んでいた家をアパートに変えたんです。若い子が住めるように家賃は安くして、敷金も礼金も更新もナシでね。
――テレビ番組で拝見した時は「その代わり、私になんかあったらちゃんと面倒見るのよ」と。
そうそう(笑)。4部屋しかないから知り合いしか入れないんですが、アパート中が仲良しで、家族のように助け合って暮らしてます。
――ご近所には通称「ミエ道場」というのもあるとか。
公園にラジオ体操に来ていた近所の高齢者の人たちが、私がミュージカルのために懸垂で鍛えたりしているのを見て「一緒に運動したい」と自発的に集まってきたんです。皆楽しんで運動していて、80代の人も3、4人います。それでも毎日続けていると体も変わるんですよ。鉄棒にもぶら下がれるようになったし、84歳の人も力こぶができちゃって(笑)。
そこでの挨拶は屈伸で足を伸ばして、手を床まで付けて深々と「おはようございます」って言うのが決まりなの。最初は手が付かなくても、毎日やっていると付くようになるんですよ。何事も一人ではなかなかできないから、そういう仲間を作るのも必要じゃないかな。
――60歳から水彩画、書道、俳句などにチャレンジされてきたのは。
これが楽しみって自分で思える趣味を持っておかないと、仕事を辞めた後つまんないですよ。それと、時間ができたその時始めても遅いのよ。5年後とかちょっと先を見た上で、意欲があって体が動く内に始めておくことです。
――7月に出された中尾さんのムックにも「俺たちに明日はない」ではなく「高齢者に明日はない!」と書かれてました(笑)。
そうです。だから、高齢者は何か始めるなら早い方がいいわね。
それと趣味というのは自分に自信を付ける手段だと思うんです。仕事の能力は皆そんなに変わらないとすると、自分はこれなら自慢できる、という他の何かを持っていればブレない生き方ができると思います。それに新しいことを何か一つ始めれば、そこから芋づる式に経験や人脈もどんどん広がっていくから。でも私もそう思えるようになったのはある程度年取ってからですね。人間って何もない時は気が付かず、何かつまずいた時に考えるのよね。
谷に降りるのは負けではない。心配している間に動け
――人生、上り坂だけではなくて必ず下り坂や谷がありますからね。

芸能人に限らず人間皆そうですよ。そして谷に降りた時どう過ごすかが大事。もっと高い山に登りたい、だったらもうちょっと力を付けよう、と。だから谷に降りることは負けとみられがちですが、そうじゃなくて、降りてこないことには次の山に登れないんだから。
今の人って考える時間がないんですよ。自分はどうなりたいのか、何が足りないのか、悩む時間を持たない。でも悩むことはすごく大事で、悩まないと新しいアイデアは出て来ないでしょう。
それと人間、日の目を見る時は人それぞれ違います。若い時に脚光を浴びる人、年を取ってから浴びる人がいるし、若い内に花開かなきゃということもないから。
――会社員なら退職後にでも。
チャンスはあります。ただ、単に年取るだけじゃ駄目よ。何かを身に付けておかないとね。
――最近は景気低迷など日本の未来を心配する人も多いですが。
私たちが1人の力で国や政治を変えることはできません。でも日本に生まれて生きていかなきゃいけないんだから、自分にできること、自分が幸せを感じる生き方をするしかない。そのために人の役に立てることがあるならやればいい。つまり、日本の未来なんて心配している間に動け!ということです(笑)。誰か一人助けてあげるだけでもいいのよ。自分が一人で自立して、人に迷惑掛けずに生きるだけだって立派じゃない。
私は「溺れている人は、泳げる人が助ける」のが大事だとよく言っています。気持ちだけで飛び込んでも2次災害になって余計周りに迷惑掛けるから。助けたいんなら自分が泳げる力を付けないとね。
(撮影/大沼正彦 取材・文/大口克人)
[日経マネー2022年10月号の記事を再構成]
1946年生まれ。62年、「可愛いベイビー」でデビュー。大ヒットで一躍スターとなり、伊東ゆかり、園まりと共に「スパーク3人娘」として一時代を築く。「人生、いろどり」などの映画や「必殺シリーズ」などテレビドラマでも活躍。しゃれたおしゃべりにも定評があり、森山良子とのトーク番組「ミエと良子のおしゃべり泥棒」は長寿番組に。舞台、ミュージカルでの活躍も多く「ヘルパーズ」ではプロデューサーも務めた。
●8月30日(火)~9月19日(月・祝) 東京・東急シアターオーブ(TEL キョードー東京 0570-550-799)
●9月23日(金・祝)〜9月27日(火) 大阪・オリックス劇場(TEL キョードーインフォメーション 0570-200-888)
●出演 森崎ウィン、Crystal Kay、今井清隆、霧矢大夢、愛加あゆ、岡田亮輔、中尾ミエ/前田美波里(ダブルキャスト)ほか
若き王子ピピンが人生の真の目的を探し求める物語だが、劇団の一座がこの「ピピン」の物語を演じているという劇中劇の構成を取っている。1972年のブロードウェー初演作が原点で、2013年にも現地で再演された。日本では19年の初演に続く再演となる。歌、ダンスに加えシルク・ドゥ・ソレイユ出身のアーティストが手掛けるサーカス・アクロバットを大胆に取り入れた。舞台セットもブロードウェーやナショナル・ツアーで使用されたものと同じデザイン。

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