レッドソックス・吉田正尚、劇的弾で始まる逆襲の季節
スポーツライター 杉浦大介
4万7158人の大観衆を飲み込んだヤンキースタジアムをきれいに静まり返らせる一打は7月5日、ヤンキース対レッドソックスの"伝統のライバル対決"で飛び出した。8回を終えて3-1とヤンキースがリードし、9回表二死二塁。あと1人、2ストライクを取られてあと1球まで追い込まれながら、レッドソックスの吉田正尚が放った弾丸ライナーは右翼席に吸い込まれていった。
その同点弾が飛び出した瞬間、ヤンキースの守護神クレイ・ホームズはマウンド上でうな垂れ、敗北寸前に追い込まれていたレッドソックスのダッグアウトは歓喜の笑顔であふれかえった。まるでドラマのように劇的な一打だった。
「いい場面で打てた。最後勝ってみんなと喜べたのは良かったなと思います」
土壇場で同点弾を放った時点ではストイックな表情を崩さなかったのは、勝利にこだわる吉田らしい。延長10回、セダン・ラファエラの2ランで勝ち越したレッドソックスが5-3で宿敵ヤンキースに逆転勝ちを収めると、殊勲の吉田はナインから次々と祝福を受けた。
絶体絶命の場面で同点弾を放ち、劇的な勝利のお膳立て――。吉田自身は「（投手の）右左もまた違いますし、そこは頭をよぎらなかったですけど」とやんわりと否定したが、その値千金の活躍は2023年春、侍ジャパンの一員として臨んだワールド・ベースボール・クラシック準決勝メキシコ戦の7回に放った、あの伝説的な同点3ランをほうふつとさせた。
それほどドラマチックだった吉田の一打は今季のターニングポイントになるのだろうか。メジャーで2年目の今季前半戦は、苦しい道のりを歩んできた印象がある。序盤戦は打率.275とまずまずだったが、左手親指の付け根を痛めて5月1日にメジャー2年目で初めて負傷者リスト（IL）入り。6月11日にようやく復帰を果たすも、直後の34打数でわずか4安打（打率1割1分1厘）となかなか調子は上がってこなかった。
「手の故障で長い時間、戦列を離れた。マイナーリーグでのリハビリは2戦、8打席しか立たなかったのだから、このレベルで生産的になるのは難しかった」
アレックス・コーラ監督がそう説明する通り、故障後に復帰を急がされたのが低迷の原因だったのだろう。それでも総じてせっかちな東海岸のファン、メディアは待ってはくれず、立場が厳しくなりかけたのは事実だった。オフから春先にかけて、常にトレードの噂に取り巻かれることにもなっている。
ただ、そんな中でもコーラ監督が「（吉田は）チームの人気者の1人」と話す通り、チーム内での期待感は変わらない。同時に5日のヤンキース戦を含め、6月24日以降の14試合では打率3割4分6厘（52打数18安打、現地12日まで）、出塁率と長打率を足したOPS.923とついに上昇の気配が見え始めた。特に今季は得点圏打率3割5分7厘（42打数15安打）と勝負強さが目を引き、13日のゲームでは3番打者に起用されるなど、少しずつ存在感を取り戻しつつある。
楽しみなのは、吉田の復調と時を同じくしてチームも好調の波に乗っていることだ。開幕前の前評判は高くなかったレッドソックスだが、6月12日以降の27戦で19勝。すでにワイルドカード圏内にも入っており、オールスター以降の戦いでは4年ぶりのプレーオフ進出に向けた期待感も膨らみそうだ。
前述通り、今季はやや出遅れた吉田だが、今後、注目度の高まる重要な時期にいい仕事ができれば……。
「日々苦しみというか、いろんなことがある。それはみんな一緒でしょう。その中でもしっかり気持ち的に前を向きながら、何とか自分のやれることをやって、後悔しない日々を過ごしたいという気持ちでやっています」
起死回生の一発でヤンキースとのライバル対決にその名を刻み、以降も力を発揮している吉田。まだオールスター前の前半戦を終えたところで、評価回復の時間は十分に残っている。耐え抜いた時間の後で、レッドソックスの背番号7にとっての逆襲の季節が始まろうとしている。
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