ジョブズ氏亡き後のアップル、製品開発責任者が語る矜持と未来
ジャーナリスト 石川 温
新型スマートフォン「iPhone 4S」の発売、KDDIのiPhone参入、韓国サムスン電子との訴訟合戦など話題に事欠かないのが米アップルだ。彼らの一挙手一投足は、噂レベルであっても大きなニュースとなる。
ヒット商品を連発し躍進を遂げているものの、創業者のスティーブ・ジョブズ元CEO(最高経営責任者)が死去したことで、先行きを不安視する声もある。果たしてアップルは羽ばたき続けることができるのか。ジョブズ氏亡き後、製品開発の全責任を担うフィル・シラー上級副社長に話を聞いた。
「アップルの製品はほかの会社にまねできない」

iPhone 4S、さらにはタブレットの「iPad2」など革新的な製品を投入し、ファンを増やし続けているアップル。だがジョブズ氏がいなくなった今後も、魅力的な製品を作り続けられるのかは気になるところだ。これまでジョブズ氏とともに様々な製品を開発してきたシラー氏は、そうした懸念を一蹴する。
「アップルには世界で一番いい製品を作りたいと考えているデザイナーやエンジニアがいる。ほかの会社ではまねができない新しい商品を作り続けられるし、将来においてもそれは変わらない」
シラー氏が、「ほかの会社では作れない例」としてあげたのが、新型OS(基本ソフト)の「iOS5」から導入されたクラウドサービス「iCloud」だ。
「まだ始まったばかりだが、様々な端末がシームレスに融合するとても使いやすいサービスになった。ユーザーが何も考えなくても、カレンダーや写真、書類がiPhoneやiPad、Macで同期され、データがバックアップされていく。今後もできることを増やしていきたいし、進化させていくつもりだ」
10年前の2001年、ジョブズ氏は「デジタルハブ構想」として、音楽プレーヤーやビデオカメラ、デジタルカメラなどのあらゆるデジタル機器がパソコン(Mac)とつながる世界を描き、その一つひとつを実現していった。
そして11年に登場したiCloudによって、iPadやiPhoneなどの端末はクラウドを中心につながるようになった。ジョブズ氏が生前に思い描いていた「iCloud構想」はシラー氏によって、さらに具現化されていくのだ。
「シェア1位ではなく、最も優れた製品を作りたい」
スマートフォン市場で、iPhone 4Sは根強い人気を誇っている。一方で米グーグルのOS「Android(アンドロイド)」を採用したメーカーは、日本ではおサイフケータイやワンセグ、赤外線通信といった日本特有機能を端末に搭載。ローカライズを徹底することで、ユーザーのニーズを満たそうとしている。中国などでは100ドル程度のアンドロイド搭載スマートフォンが登場。安価で手軽に入手できるようになっている。
これに対しアップルはiPhoneに日本特有機能を載せないし、旧モデルが安価で売られていることはあっても低価格版モデルはない。採用メーカーが多く、これからシェアを伸ばしていくアンドロイド陣営に対し、アップルはどう戦っていくつもりなのだろうか。
「我々は最終的にはシェアで1位になることが目標ではない。シェアで1位になる製品ではなく、最も優れた製品を作っていきたいと思っている」
「垂直統合のアップルは他社とは違う」

日本でも世界でもスマートフォンブームは始まったばかり。これからユーザーがフィーチャーフォン(従来型携帯電話)からスマートフォンへの移行を本格化させるなかで、アップルはさらなる販売台数の拡大を狙う。アンドロイドを採用するメーカーが多く集まることで、OS別シェアでは負けてしまうかもしれない。それよりも製品の質を保ち、1つのモデルを世界規模で流通できるようにして、価格を維持することを優先するようだ。
続々とスマートフォンでライバルが登場してくるなか、iPhoneはアンドロイド搭載スマートフォンに比べて「初心者でも使いやすい操作性」という優位点を持つ。アンドロイドも進化しているが、iPhoneには追いつけていない印象がある。この操作性の強みはどこにあるのか。
「ハード、ソフト、サービスをすべて垂直統合で見ているアップルは、他社とは違う立ち位置にいる。全体の責任を持って開発するからこそ、品質の高いものをつくれる。他社のように水平分離でハード、ソフト、サービスがすべて分断されているようでは素晴らしい製品を提供できない」
ここ最近のアップル関連ニュースのなかで話題となっているのが、サムスンとの訴訟合戦だ。「デザインが酷似している」あるいは「特許を侵害している」として世界各地で争いを繰り広げ、販売差し止めに発展した地域もある。シラー氏は「ほかの会社は『どうやったらアップルに似た製品ができるのか』と考えながら製品を開発しているようだ」と語る。
他社が「まねしている」と憤っているアップルだが、実際のところ、本音はどう感じているのだろうか。
シラー氏は「我々が成功した証しなのかもしれない。だからまねされる。競合があることはいいことだし、だからこそ一層がんばることができる。アップルとして自信を持ちながら、より使いやすく美しく良い製品を作っていきたい」という。
「KDDIとソフトバンクはいい仕事をしている」
もう一つ、日本で話題となっているのが「NTTドコモがiPhoneを取り扱うのか」という点だ。一部では、すでに両社は合意し、来年にもドコモがアップルが開発したLTE対応のiPhoneを発売するという報道があった。しかしドコモは即座に否定。広報部は「山田隆持社長は11月に渡米していないし、具体的な交渉すらしていない」とコメントした。iPhoneを発売したKDDIが正式発表前の報道に対して「ノーコメント」を貫いたのとは対照的だ。あえて「交渉をしていない」と念押しするぐらいだから、「合意」からはほど遠いのだろう。
米国ではユーザーがAT&Tモビリティ、ベライゾン・ワイヤレス、スプリント・ネクステルから選べる"3事業者体制"になっているが、シラー氏は「日本ではソフトバンクモバイルとKDDIがiPhone 4Sを提供している。2つの会社は本当にいい仕事をしている。2社のどちらかから選べば、(ユーザーは)満足できるのではないか」と素っ気なかった。
来年、iPhoneの次期モデルがLTEに対応できるようになれば、その段階でアップルとドコモが交渉を始める可能性は十分にあるだろう。しかし、いまのところ両社が具体的な話をしているとは考えにくそうだ。
「iPadの市場規模はパソコンよりも巨大に」
iPhoneとiPadでアップルが革新的だったのは、複数の指で画面を操作する「マルチタッチ」を開発したことに尽きるだろう。
「マルチタッチとの出合いは我々にとっても、この10年で大きな出来事だったといえる。この技術革新によって、アップルがiPhoneという全く新しい電話機、さらにはiPadを作ることができた。ここで学んだことがMac OSにも生きた。マルチタッチは、マウスに置き換わる提案になったといえるだろう」
特にiPadは、これまでアップルがパーソナルコンピューターを作ってきたことも否定しかねないデバイスとして可能性を示した。「ポストPC」を具現化するのがiPadともいえるほどだ。
「iPadは世界で4000万台が売れており好調だ。ほかのデバイスよりも優れた体験を提供でき、コンピューター以上に使ってもらえる存在になった」
一般的なユーザーは、ウェブやメールのチェック、アプリを使うだけならiPadで事足りるだろう。ビジネスパーソンや技術者にはコンピューターが必要となるが、家庭での日常的な用途ならiPadでほとんどのことを満たせる。シラー氏が「iPadの市場規模はパーソナルコンピューターよりも巨大になるのではないか」と期待を寄せるほど、iPadはアップルにとってさえも革新的なデバイスといえるのだ。
近年、iPhoneとiPadで我々の生活を変えてきたアップル。この勢いを維持し、さらに成長させるのがシラー氏の役目でもある。彼が描く戦略がこれからのIT業界に大きな影響を及ぼす可能性がある。いずれにしても、しばらくはアップルが業界の主役であることは間違いなさそうだ。
月刊誌「日経TRENDY」編集記者を経て、2003年にジャーナリストとして独立。携帯電話を中心に国内外のモバイル業界を取材し、一般誌や専門誌、女性誌などで幅広く執筆。近著に「グーグルvsアップル ケータイ世界大戦」(技術評論社)など。ツイッターアカウントはhttp://twitter.com/iskw226

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