カツ+スパゲティ 昭和の味、ブルトレ食堂車でも人気
カツ丼礼賛(14)

丼飯にカツがのっているものが、一般的にカツ丼と呼ばれるが、中には皿盛りでカツ丼と呼ばれるものがあることを以前書いた。一方カツ系メニューで白飯ではないチキンライスやチャーハンなど味のついたライスや、ラーメン、焼きそばなどが土台となるメニューも数々ある。
今回はスパゲティにカツがのるメニューを紹介してみたい。とんかつがスパゲティにのった洋食系メニューは全国に点在する。ここで少しスパゲティについて触れておこう。昭和のころまでは、スパゲティといえばナポリタンとミートソースが不動のツートップの人気メニューであった。

ご当地カツのせスパゲティは昭和の時代に生まれたものが多く、カツのせスパゲティのベースは、基本的にナポリタンかミートソースである。ナポリタンはタマネギ・マッシュルーム・ピーマンを具に、ケチャップを使ったのが元祖のスタイル。戦後、横浜の老舗洋食店「センターグリル」で生まれ、昭和30年代の高度成長期に、喫茶店ブームとともに定着していったといわれる。ちなみに関西圏ではイタリアンと呼ぶ店も多い。
ミートソースは戦前から提供されていたのではないかという話もあるが、イタリアのボローニャ地方のボロネーゼ(フランス語ではボロネーズ)がイタリア移民とともにアメリカにわたり、アメリカ式ミートソースとして戦後日本に入ってきたという説が有力のようだ。
それぞれのナポリタンもミートソースも和洋折衷で進化した洋食の代表的なメニューと言っていいだろう。これにとんかつがのった洋食×洋食のコラボメニューがカツのせスパゲティというわけだ。

ご当地カツのせスパゲティとして最も有名なのは、北海道釧路市のスパカツだろう。スパカツ発祥の店が、地元に愛される創業昭和34(1959)年の老舗洋食店「レストラン泉屋」だ。スパゲティミートカツが正式名称だったが、スパカツという名前がむしろ一般的になっている。
スパカツはスパゲティミートソースにカツがのり、さらにその上からもミートソースがかかるというスタイル。最後まで冷めずに食べられるようにと鉄板の上に盛られて提供される。ボリュームある太めの麺は熱々鉄板の効果で、下のほうはカリカリになる。

ミートソーススパゲティにとんかつがのるというメニューは、以前ブルートレインの食堂車の名物メニューの一つだった。その名は「スパゲティベロネーズ」。ブルートレイン(ブルトレ)が定期運行から姿を消してしまったので、幻のメニューとなっていたが、東京のJR神田駅にある「神田鐵道倶楽部」で復活した。同店を経営する日本レストランエンタプライズの前身が食堂車を運営していた旧日本食堂だったため、正統派の復活劇である。
ベロネーズはフランス語読みのボロネーズからきていると推測される。ボロネーズにはカツがのるわけではないので、なぜカツがのるのがスタンダードになったのかは定かではないが、実際に食堂車ではどのような形で出されていたのかは気になるところだ。

群馬県高崎市はパスタをよく食べることで知られる。中でも「シャンゴ」は市民に人気の老舗イタリアン。創業は昭和43(1968)年だ。2015年の調査だが、群馬県はイタリアンレストランの店舗数が東京に次いで第2位であり、高崎市にその半数があるという。イタリアンレストランチェーンも出店に慎重になるほどなのだとか。
シャンゴの名物が「シャンゴ風スパゲティ」。見た目はミートソーススパゲティのカツのせなのだが、味わいはちょっと違う。地元産の食材にこだわり、カツの豚肉も地元産のブランド豚。ミートソースは甘目の懐かしい味わいで、シナモンの甘い独特の香りがほのかに漂う。

ミートソースではなくナポリタンにカツがのるスタイルも各地にみられるが、基本的には個店のメニューだ。その中で長野県の佐久近辺には数店舗存在する。佐久の「きくやレストラン」は昭和45(1970)年創業の老舗。コクのあるナポリタンに柔らかいがカツがのり、かき揚げが添えられボリューム満点の逸品だ。
このカツのせナポリタンスパゲティは「カルソ」というメニュー名なのだが、同様のメニューが近いエリアにもかかわらず「ベロネーゼ」「ヴェロネーズ」「とんかつスパゲティ」など様々な名前で提供されている。
この「カルソ」の名前の由来は、アメリカで活躍したイタリア人テノール歌手、エンリコ・カルーソがレストランで好んで食べていたもので、古典的なアメリカ風イタリア料理の「スパゲティ・カルーソ」が日本に伝わったことから、というのが有力のようだ。
ただしそのレシピにはカツをのせるようはなっていない。どうしてこの形を「カルソ」と呼ぶのかは謎である。同じエリアの一つのメニューに違う名がついているのも興味深いが、メニュー自体が全国に点在し、人気を博しているというのも食文化としては非常に面白い。

福岡県飯塚市の創業昭和44(1969)年「ナイトレストラン長崎」には「チキンカツスパ」というメニューがある。熱々の鉄板で提供されナポリタンの上にとんかつではなくチキンカツがのり、デミグラスソースをかけるというものだ。
こちらにはナイトレストランという店名の通り夜の営業のレストランで、ユニークなことに夜中の0時に夜のランチタイムがある。いささかヘビーだが、酒の後のシメの店としても人気だ。

惜しまれながら一度閉店してしまったが、復活した店の看板メニューがカツのせスパゲティという例もある。岩手県花巻市の「マルカンビル大食堂」の「ナポリカツ」だ。ナポリタンスパゲティにカツがのり、ソースがかかる。
2016年にデパートの閉店とともに、マルカンデパート大食堂としての営業も終了したが、市民の力でマルカンビル大食堂として翌2017年2月に奇跡の復活を遂げた。昭和の雰囲気そのままに、現在も大変なにぎわいを見せている。

北海道大樹町の「サンジュリアン」も2013年2月に一度閉店して、同年8月に復活した人気店だ。同店のファンであった主婦が一念発起して、先代から教わって看板メニューのカツスパを復活。「カツナポリ」と「カツミート」という、両方食べることができる貴重な店だ。
鉄板にのったナポリタン、ミートソースの上にカツ。その隣に玉子が添えられてくる。鉄板に温められて、徐々に火が通ってくるので、どのタイミングで食べるかもお好み次第。半熟の黄身に絡めた姿は反則級のビジュアルだ。
いかに人気店であっても、一度閉まってしまうとなかなか復活するのは難しい。看板メニューを残したいという住民のパワーで後継者ができる、というのはかなりまれな例ではあるが、地域の大事な宝を残す方法として、こうした成功事例を知ってほしいと思う。
(一般社団法人日本食文化観光推進機構 俵慎一)
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