安倍首相がマルタ初訪問に秘めた思い
【バレッタ=島田学】イタリア南部・タオルミナでの主要国首脳会議(タオルミナ・サミット)を終えた安倍晋三首相は27日夜(日本時間28日未明)、地中海の島国マルタに到着した。日本の現職首相のマルタ訪問は初めてだ。滞在時間は4時間半。それでも立ち寄ったのは首相に秘めた思いがあったからだ。それを理解するカギは、首相がマルタ到着後、首脳会談前に直行した場所にある。
マルタ中心部からやや離れた小高い丘の共同墓地の一角に、旧日本海軍戦没者墓地はある。第1次世界大戦時の日本海軍の戦没者が眠っている。
マルタ島は地中海の海上交通の要衝だ。日本は第1次世界大戦で、当時の日英同盟に基づいて参戦。英国側の要請で、英領だったマルタ島を拠点に、地中海を行き交う船団の護衛にあたった。
同墓地には、1917年に旧日本海軍の駆逐艦「榊(さかき)」が当時のオーストリア軍から魚雷攻撃を受け、犠牲となった約60人が眠る。今年は戦死から100周年の節目。この歴史を知った首相は、かねてマルタ訪問の機会をうかがっていた。
首相は墓地到着後、献花をして黙とうをささげた。「万感の思いを込め、み霊の平安をお祈りしました。日本は世界から信頼されていますと、申し上げました」。首相は慰霊直後、自らのフェイスブックにこんなコメントを寄せた。
首相が秘めた思いの1つは日英同盟の歴史だ。明治維新後、急速な発展を遂げた日本は、1902年に英国と同盟を組むことで先進国に肩を並べた。ただ太平洋戦争でアジアに攻め入り敗戦。日本の歴史は「反省」と「謝罪」の対象となった。
だが、それ以前には世界に肩をならべた輝かしい歴史があることを広く知らせたい――。明治維新から来年150年を迎えるのを前にマルタを訪問した首相の思いを、首相周辺はこう解説する。
首相は、英国と同盟を組むまでになった当時の日本の姿と、直前のタオルミナ・サミットでドイツのメルケル首相に次ぐ参加回数を誇り、議論をリードするまでになった現在の安倍政権の姿を重ねているようでもある。
マルタのムスカット首相との会談でも墓地を訪れたことを話題にした。「私は当時の先人の活躍に思いをはせつつ、現代において国際協調主義に基づく積極的平和主義の下、国際社会の平和と安定に一層貢献していく決意を新たにした」。安倍首相は会談後の共同記者発表でこう強調した。
首相が秘めたもう一つの思いは、「地中海」を「南シナ海」に言い換えるとにわかに浮かび上がる。かつて地中海の制海権を狙うドイツ軍からの防衛に当たった旧日本海軍への言及は、南シナ海や東シナ海で活発な活動を続ける中国へのけん制にほかならない。
「地理的に離れた欧州勢にはなかなか伝わらないんだよね」。かねて南シナ海やインド洋で影響力を強める中国の脅威について周囲にこう漏らしていた首相だが、欧州勢を説得するのにふさわしい事例をマルタに見いだしたようだ。
マルタ島近海で戦死した旧日本海軍の兵士たちは、地中海のシーレーン(海上交通路)防衛の任に就いていた。地中海でのシーレーン防衛は当時、ドイツと戦っていた英国からの要請だった。今の世界を見渡すと、中国が活発な活動を続けるインド洋から南シナ海へと続く海域は、日本だけでなく東南アジアの国々にとっても中東から原油などを運ぶシーレーンにあたる。
日本にとって南シナ海の重要性は欧州にとっての地中海と同じだ――。今後、欧州の国々と南シナ海での中国の脅威を訴える際には「南シナ海と地中海を重ねた説明を多用することになりそうだ」。外務省幹部はこう話した。
マルタ滞在はたった4時間半。だが首相は充実した表情で政府専用機に乗り込み、帰路についた。