世界のオタク魅了 インテルが人気アニメとコラボ
400億円市場作った「魔法少女まどか☆マギカ」
「魔法少女まどか☆マギカ」が世界各国でヒットを飛ばしている。日本での放映は2011年1~4月と古いがDVDはいまだに売れ続け、2012年末には映画化。お膝元の日本での興行収入は11億円に達し累計80万人が楽しんだほか、間髪入れずに北米の60都市など欧米でも上映を始めた。各地の映画館には長蛇の列ができ、ファンの熱狂ぶりは国産の大人向けアニメの中で頭一つ抜けている。人気にあやかろうと関連グッズの発売に踏み切る企業も相次ぐ。たとえば米インテル日本法人はメーカーと組んで売り出し中の薄型高性能ノートパソコン「ウルトラブック」の販促に活用中だ。
日本の文化を世界に発信する「クールジャパン」を政府は推進中。ただ収益をどう確保し日本へ還流させるかの問題を長年解決できずにきた。そんな中まどか☆マギカはグッズの売上総額が既に約400億円に達し、国内外をつなぐ「まどか☆マギカ経済圏」を作り上げつつある。強力なコンテンツの力を借りれば人・物・金を動かせること示している。
特別仕様のウルトラブックに欧米ファン狂乱

7日まで仏パリで開かれていた日本のポップカルチャーを紹介する世界最大の博覧会「ジャパンエキスポ」。今年も20万人以上の来場者が押しかけたが、そこでもまどか☆マギカは人気を集めていた。インテル日本法人のブースはその1つ。まどか☆マギカのファンのために徹底的にこだわり抜いて開発したウルトラブックを展示したところ、「クール!今すぐほしい。売ってくれ」などと熱い欧米のアニメファンが押し寄せた。
なぜ国境を越えて支持されるのか。制作を担当したアニプレックスは「男女問わずストーリーを自分自身のことになぞらえて考え、知り合いと議論しているファンが多い。内容に深みがあった点がよかったのでは」(マーケティンググループの清水広美チーフ)と分析する。平凡な生活を送っていた少女らが魔法少女として魔女と対決しながら人間として成長していく過程に自分を投影し共感するのだという。日常の世界との対比が浮き出るよう魔法の世界を印象的に描いた画風もこれまでにないとしてファンの心をつかんだ。
インテルでまどか☆マギカ仕様のウルトラブックの企画を担当したのが、ジャパンエキスポのブースにも立った堀井あかり氏だ。堀井氏が所属するイノベーション事業本部はCPU(中央演算処理装置)をパソコンメーカーに卸すインテルが、パソコンの新しい魅力を宣伝プロモーションを通じて世の中に訴え、各社のパソコン販売を後方支援するのが役割だ。これまで数々の企画を生み出してきたが、ウルトラブックの担当として白羽の矢が当たったのが入社2年目で24歳と若手社員の堀井氏だった。
ファンの心に響く製品作りが求められる時代に

上司である江頭靖二本部長は「性能だけでパソコンが売れる時代は終わった。どうしてもほしいと心の奥底に訴える必要があり、そのためには若い頭脳に頼ろうと考えた」と起用の理由を語る。堀井氏は小学生のころからアニメ好きで、その入れ込みようは社内でも評判だった。足しげくアニメ関連のイベントに通いコスプレも大好きな彼女がアニメの活用はおもしろいのではないかと発案したことがきっかけだった。「やるなら自分も周りもみんなが夢中になっているまどか☆マギカしかない。筋金入りのファンである自分がたまらなくほしくなるこだわり抜いた特注パソコンを作れば、新たなパソコンの価値を提案できると考えた」(堀井氏)

熱い思いを携えて制作会社のアニプレックスを訪れ直談判。「ライセンス商品の提案者の大半が熱心なまどか☆マギカのファンで、ライセンス供与を認めた商品はファンの心をくすぐるものばかり。インテルの提案もその1つだった」(アニプレックスの清水チーフ)。許可を得て今度は製造協力を得るべくパソコンメーカーを口説いて回る。手を挙げたのが中堅のマウスコンピューター(東京・台東)。コンシューママーケティング室の杉沢竜也主任は理由を「ゲームソフトとコラボレーションしたパソコンは過去にいくつも開発した実績があった。著名アニメと組んで今までにないこだわりパソコンを作れば、ブランド向上に役立つと考えた」と語る。
こうして誕生したウルトラブックは全部で3モデル。登場キャラクターである「鹿目まどか」版と「暁美ほむら」版、そして主要なキャラクターが勢ぞろいした版がある。天板にキャラクターの画像を配したパソコンはこれまでにも多数あったが、薄型のウルトラブックでは初の試み。「通常のパソコンならフィルムに画像を印刷しこれを天板に圧着すればよい。しかしウルトラブックの天板は薄すぎてこの製法が使えない」(杉沢主任)ためだという。
そこでマウスコンピューターはアルミ板をまず白色で塗装し、その上に直接印刷する新たな製法を考え出した。通常コラボレーションパソコンは2カ月程度で開発できるが、今回は7カ月に及んだという。「アニメの原作の色味を忠実に再現したり、色味を維持したままアルミ板を成型したりするのが大変だった」(杉沢主任)。スペックは前面に押し出さないが、高性能製品が手ごろな価格で買えると中上級者に定評があるマウスコンピューターらしさは盛り込んだ。杉沢主任は「定価9万9750円。同価格帯の競合製品と比べて見劣りしないスペックを追求した。コストパフォーマンスの良さを感じてもらえるはず」と胸を張る。
アニメの声優を招集、声で語りかけるパソコンに

企画したインテルの堀井氏が製品に込めたこだわりはもちろん外観だけではない。アニメを担当した声優をわざわざ呼び寄せ、起動時やマウス操作時に鳴らす音声をキャラクターごとに40種類以上新たに録音、収録した。月曜日に起動すれば「月曜日だよ~一週間がはじまるね」、ゴミ箱のファイルを捨てれば「お掃除完了~」とパソコンの利用者にアニメの主人公が語りかける工夫を施したのだ。ほかにも壁紙やアイコン、スクリーンセーバーなども本製品専用に作り込んでいる。「一人のファンとして手に汗握るほどゾクゾクする。そんな気持ちでせりふなどを考えた」(堀井氏)
800台の数量限定で4日から出荷を始めたところ、暁美ほむら版は既に完売。残る2モデルも売れ行きが好調で、近く予定数に達する勢いで売れている。この現象は昨今の冷え込んだパソコン市場を踏まえると驚きだ。電子情報技術産業協会(JEITA)によると国内の月間パソコン出荷台数は7カ月連続で前年を割れておりさえない。タブレット(多機能携帯端末)やスマートフォン(スマホ)に押されており、パソコン再浮上の期待がかかった新OS(基本ソフト)「ウィンドウズ8」も出足が周囲の期待を裏切る状況が続いている。

インテル日本法人の江頭本部長は「パソコン業界はこれまでスペックを追い求め、ほしいと感じる心に訴えるモノ作りが苦手だった。まどか☆マギカ仕様のウルトラブックの成功は、新たな価値を消費者にアピールすればまだまだパソコンが売れることを証明した」と語る。ジャパンエキスポでもウルトラブックが人気だったように、心に訴える商品は国境を越えてファンの消費欲に火をつける。
実は強力なコンテンツの力を借りて商品を売り込むのは韓国勢の得意な戦法。サムスン電子ら韓国メーカーはドラマや音楽など韓流ブームに相乗りして宣伝キャラクターを起用し、大型テレビなどの販売に生かす。結果として韓流ブームも勢いを増す好サイクルが生まれている。韓国の2011年のコンテンツ輸出額は前年比34.9%増の約43億ドル(約4300億円)に及ぶ。まどか☆マギカに続きアニメ制作会社とメーカーが組む動きが広がれば、世界で人気が高いポップカルチャーの勢いに日本の製品が乗じて海外でも売れる新たな商流を作り出せる。
日本と時差なく楽しむ世界のファンに向けて

まどか☆マギカの場合、グッズのライセンス供与先は既に100社以上。サーフボードや電動バイク、ティーカップ、お菓子の八ツ橋などさまざまな商品が採用している。「通常ライセンスビジネスはテレビ放映から6カ月程度で終息するが、2年半たっても息切れしない。こんなに人気の作品は初めて」(アニプレックスの清水チーフ)という。
幸い、ネットが国産アニメを海外ファンへ潤沢にスピーディーに届ける動きを後押しする。たとえば米アニメ番組配信ベンチャーのクランチロール(カリフォルニア州)は、国産アニメを国内放映直後に海外で配信するサービスを提供。有料会員はすでに20万人を超えた。2012年末の映画版まどか☆マギカが、国内公開から1カ月遅れで順次米国やカナダ、フランス、オーストラリア、イタリア、シンガポール、台湾などでも公開したのは時差がなく楽しむ世界のファンの期待に応えるためだった。

今、世界中のまどか☆マギカファンが心待ちにしているのが今秋公開予定の劇場映画だ。テレビ版の後を描いたオリジナルストーリーで、ジャパンエキスポでは欧米でもほぼ同時公開されることが会場で発表され喝采を浴びた。映画公開をきっかけにグッズ販売はさらに加速しそう。新たに生まれる消費による収益を日本の制作者へ還流できれば、それを原資にもっと強力な作品を作り出そうとする機運も高まる。政府は支援基金創設などを柱にしたクールジャパン戦略を打ち出すが、まどか☆マギカ現象を一過性で終わらせないためには官民が足並みそろえて金だけでなくモノ、人を三位一体で歩んでいく姿勢が肝心になってくる。
(電子報道部 高田学也)