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iPhone争奪戦の舞台裏 孫氏も世界の流れに勝てず

KDDIには難路も

ジャーナリスト 石川 温

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KDDI(au)が米アップルのスマートフォン(高機能携帯電話=スマホ)「iPhone5」の取り扱いを始めることが明らかになった。世界的な人気機種のiPhoneだが、これまで日本ではソフトバンクが独占販売する半面、KDDIが長期間にわたってアップルと交渉してきた。

アップルは「1国1キャリア(通信事業者)」でiPhoneビジネスを始めたが、より多くのユーザーを獲得し、米グーグルの基本ソフト(OS)「Android(アンドロイド)」を搭載する機種との競争を有利に進めるためにも、世界の大半の国で「マルチキャリア(複数の通信事業者)」対応に切り替えていた。アップルのスティーブ・ジョブズ氏との友好関係を強調するソフトバンクの孫正義社長も世界の趨勢にはあらがえず、今後、大幅な戦略修正は避けられない。また有力な端末を獲得するKDDIも通信品質を維持するため、インフラ投資の負担がかさむ可能性がある。そして残されたNTTドコモはどう動くのか――。

「iPhone争奪」を巡る舞台裏を探った。

「時間の問題」だった日本の独占販売終了

KDDIはアップルとの交渉を強力に、かつ、慎重に進めてきた。相手は事前に内容が漏れることを極力嫌うアップル。情報の漏洩でアップルが機嫌を損ね、交渉に悪影響を及ぼす恐れがあるからだ。

しかし、ソフトバンクによる日本国内でのiPhone独占販売が終わるのは、世界の動きから見て時間の問題とされていた。

すでにiPhoneは世界のほとんどの国で複数の通信事業者が提供している。米国ではAT&Tに続き、今年2月にCDMA2000版を用意して、ベライゾン・ワイヤレスにも供給。今秋からは3番目のキャリアとしてスプリント・ネクステルからも発売される見込みだ。世界を見渡しても、1国1キャリア制度を維持しているのは日本くらいだ。

ではアップルが日本でのiPhoneビジネスに満足していたかというと、そうではなかった。

アップルは、日本で一向に改善されないソフトバンクモバイルの通信品質に首をかしげており、「通信品質の悪さがiPhoneのブランドイメージを引き下げているのでは」とさえ感じていた。KDDIと組むことで、「つながりやすい」「切れにくい」といった良質なネットワークの上でiPhoneのシェアをさらに拡大させたいと考えたとしてもおかしくない。

この時期にアップルが日本でもマルチキャリア展開に踏み切った理由はいくつかある。1つ目は、10月にも予定されている新型機「iPhone5」の投入に合わせ、さらなる市場拡大を目指そうとしたこと。2つ目は、グーグルの「アンドロイド」搭載機種のシェアが急拡大していることへの危機感だろう。ドコモやKDDIがアンドロイド対応のスマホを積極的に売るのをけん制したいという意向も垣間見える。

それに加えて、孫社長が公の場で親密さをアピールしているアップルのジョブズ前最高経営責任者(CEO)が退任したことも、両社の関係に微妙な変質を招いた可能性がある。トップ同士の太いパイプを武器にしてきた孫氏だが、ジョブズ氏の体調不良がささやかれるなか、次期CEO(当時)と目されていたティム・クック氏と友好な関係を築こうとする姿も目撃されていた。

CDMA2000対応がKDDIに追い風

2008年に国内でiPhoneが発売されるまえから、日本の携帯電話会社3社は、水面下でiPhone争奪戦を繰り広げてきた。当初はW-CDMA方式のドコモとソフトバンクが競い合ったが、ソフトバンクはアップルに突きつけられた販売台数ノルマなどの条件を受け入れ、本命とされていたドコモを出し抜き、独占販売を勝ち取った。その後もソフトバンクはタブレット端末の「iPad」を国内で独占販売してきた。ユニークな宣伝戦略と世界的なヒット商品のiPhone、iPadはソフトバンクのユーザー獲得の両輪として機能した。

こうしたなか、アップルが11年、CDMA2000方式のiPhoneを発売したことで、がぜん追い風を受けたのがKDDIだった。同社は、表向きはiPhoneについて「ノーコメント」(田中孝司社長)を貫きつつ、スマホでは「android au」を前面に打ち出しながらも、その裏ではiPhoneを受け入れるための用意を着々と進めていたのだ。

その1つが、iPhoneを含むグローバルメーカーの端末を導入するための技術的な準備だ。

海外端末は、同じ800MHz帯の周波数帯でも日本では通話できないという問題があったが、KDDIが新800MHzに移行することで課題をほぼ解消できた。これは新800MHzでしか使えないとされていたグローバルモデル「HTC EVO WiMAX」を国内に導入したことで証明済みだ。

キャリア内・キャリア間メールとして導入されている「Cメール」も、iPhone対応の準備を進めている。グローバル仕様に合わせ、SMS(ショート・メッセージング・サービス)・MMS(マルチメディア・メッセージング・サービス)に移行しているのだ。「WindowsPhone IS12T」など一部のグローバルモデルではCメールを送信できない状態が続いているが、これもSMS・MMS仕様にすることで対応可能になるという。

KDDIのSMS・MMSの導入は来年1月以降になる見込み。仮にiPhoneを導入した場合も、それまではSMS・MMSを送信できないこともあるため、KDDIによるiPhone発売自体、来年1月以降になる可能性が高い。

コンテンツ配信でも周到に対応を進めてきた。KDDIの音楽配信プラットフォーム「LISMO」がアップルの「iTunes」と競合するという見方もあった。しかしKDDIではスマホにLISMOを搭載する必要性は感じていないようで、「ユーザーが望むプラットフォームならば、可能なかぎり導入する」という玉虫色のスタンスをとるようだ。

iPhone5は通信機能の心臓部に米クアルコムのチップを使い、W-CDMAとCDMA2000の両方式が1台で使えるようになると推測されている。これによってKDDIがiPhone5を導入しやすくなったことは間違いない。

すでにKDDIは、国内モデルでGSMとCDMA2000の両方式を使える端末をいくつも出している。この夏商戦から海外ではW-CDMA方式で接続できるパンテック製スマホも投入。これまではGSMしか利用できなかった海外でW-CDMAでも接続し、最大毎秒7.2メガビットパケット通信ができるようにしている。この施策も「海外でも快適にiPhoneを使えるようにするための準備」と考えられなくもない。

懸念材料はネットワークや端末メーカーへの影響

ただ、ネットワーク面では懸念もある。KDDIの「良質なネットワーク」に期待が高まっているものの、iPhoneの導入によって一気にネットワークに負荷がかかり、ソフトバンクモバイルとあまり差がない水準に落ちる可能性があるからだ。ソフトバンクに基地局を納入する通信機器メーカーによれば「基地局を増やすほどトラフィックが増大していく。iPhoneはほかの端末と違った通信制御を行うので、ネットワークにかかる負荷が半端ではない」というのだ。

KDDIはアンドロイドではWiMAX対応のスマホを大量投入して、トラフィックをWiMAXにオフロード(迂回)させていく戦略をとっている。今後はiPhoneでもトラフィック対策を強化していく必要があるだろう。

KDDIのiPhone導入は、同社に端末を納入するメーカーにとっても死活問題だ。KDDIは年間で1200万台前後の端末を販売している。アップルが数百万台のノルマを要求してくれば、当然、他メーカーの販売台数が減る。シャープや富士通東芝モバイルコミュニケーションズ、京セラのほか、海外メーカーまでが戦々恐々としていることだろう。

ソフトバンクへの影響は計り知れず

「独占状態」が崩れることで、これまでiPhoneを日本でただ1社扱ってきたソフトバンクへの影響は計り知れない。iPhoneのユーザーはいまだに多くが、NTTドコモやKDDIの端末との"2台持ち"をしている。それだけ魅力的な端末だという証拠でもあるが、「ソフトバンクを解約して、KDDIのiPhoneに一本化する」というユーザーが増えれば、ソフトバンクの契約減にもつながりかねない。

これまでソフトバンクはコンシューマー向け、法人向けの両方でiPhoneさえあればユーザーを獲得できた。しかし、独占が崩れるとその優位性は失われる。もしiPadまでがKDDIの手に入れば、法人に強いKDDIだけに一気に法人需要を取り込める可能性がある。

 ソフトバンクは端末調達の戦略でも見直しを迫られそうだ。これまでiPhoneを中心とした端末ラインアップだったため、以前はソフトバンク向けに注力していた韓国サムスン電子が、主力端末の「GALAXY」をドコモに納入してしまうことがあった。シャープは引き続きソフトバンク向けに力を入れているが、他のメーカーはソフトバンク向けに経営資源を割いて供給する体制をとっていない。ソフトバンクとしてはファーウェイ(華為技術)やZTEといった中国メーカーに頼らざるを得ない状態になっている。

今後は、アンドロイド搭載のスマートフォンでも魅力的な端末をそろえられるよう、てこ入れを図る必要があるだろう。

一方、残されたドコモも当然、アップルとの交渉は継続しているもようだ。6月の株主総会では、株主からの質問に対して幹部が「iPhoneの導入はない」と言及したあと、その夜に「『現時点では』という言葉が抜けていた」と訂正する場面もあった。

ドコモとしては、販売台数や独自のパケット料金設定などアップルからの要求をのめない事項がいくつもあるようだ。だが社内にも「アンドロイドだけでは他社には勝てない」と認識している幹部もおり、iPhone導入を望む声は少なくない。

おそらくドコモはKDDIがiPhoneをどれだけ売るかを見極める戦略ではないだろうか。ドコモは他社を出し抜いて新しいことはやらないが、足りないものにはすぐさま追随してくる企業体質だ。KDDIの動向がドコモを動かしていくのだろう。

ユーザーはどう動く、「移行障壁」は低く

ではユーザーはどう動くのだろう。iPhoneのユーザーは携帯電話会社のサービスをさほど重視していないため、通信事業者間の移行に抵抗感が少ない。SMSが携帯電話会社間で相互接続されたことで、電話番号を使ったメッセージ送信も可能となり、移行の障壁はさらに低くなる。

KDDIのブランドとネットワークなら、ドコモからユーザーを奪える可能性は十分にある。さらに2年前にソフトバンクでiPhone3GSを購入したユーザーの2年縛り(月月割)がなくなるタイミングにも合致する。一括で購入したユーザーは月月割が終わると一気に割高感を持つので、ソフトバンクからKDDIへの移行も進みやすい状況にある。iPhone5という起爆剤によって、ユーザーの電話会社切り替えが一気に加速する可能性がある。

iPhoneの独占販売が崩れることで、通信会社、端末メーカー、ユーザーを巻き込んだ競争が激化するのは間違いない。

石川温(いしかわ・つつむ)
 月刊誌「日経Trendy」編集記者を経て、2003年にジャーナリストとして独立。携帯電話を中心に国内外のモバイル業界を取材し、一般誌や専門誌、女性誌などで幅広く執筆。近著に「グーグルvsアップル ケータイ世界大戦」(技術評論社)など。ツイッターアカウントはhttp://twitter.com/iskw226

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