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電波枠は1つ 携帯向けマルチメディア放送、2陣営の完成度

ジャーナリスト 石川 温

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2011年7月のアナログテレビ放送停波に伴い、周波数の再編が予定されている。特に注目されるのが、移動体端末向けのマルチメディア放送だ。総務省ではVHF帯に14.5MHzの帯域幅を用意するが、事実上は1事業者分の枠しかない。免許申請や審査はこれからで、夏には事業者が決定する。参入に名乗りを上げた2社は3月に入ってそれぞれ、技術の進ちょく状況をメディア関係者に公開した。

コンセプトの紹介に終始した「mmbi」

名乗りを上げた2社とは、NTTドコモやフジテレビジョン、日本テレビ放送網 などの在京民放テレビ局、伊藤忠商事などが出資する「マルチメディア放送(mmbi)」と、KDDIと米クアルコムが出資する「メディアフロージャパン企画」である。

mmbiの技術は、地上デジタル放送の規格である「ISDB-T方式」をベースにしている。ストリーミングによるライブ番組や、レコメンド機能を応用したファイル配信などを予定している。

3月8日にmmbiが開催したサービス説明会は、どちらかといえばコンセプトの紹介に終始していた。NTTドコモのAndroid(アンドロイド)端末「HT-03A」を使って、本体を傾けると番組が切り替わるなど加速度センサーを多用したユーザーインターフェースのアピールに力を入れた。同じ番組を携帯端末からテレビに切り替えて続けて視聴するデモもあったが、"マルチメディアらしい"サービスを体感できるまでには至っていなかった。

メディアフローは実際のイメージを提示

一方、実際のサービスイメージを具体的に示して見せたのがメディアフロージャパン企画だ。同社は08年11月から、沖縄県のユビキタス特区で実証実験を展開している。那覇市と豊見城市の3カ所に送信局を設置し、半径3~4キロメートルのエリアで実際に電波を送出してきた。09年11月からはストリーミング放送に加えてファイルの自動蓄積配信やニュースおよび株価、交通情報のリアルタイム配信などを実験している。実際に居住者に試してもらい、それぞれのサービスの需要も調査している。

同社が採用する「MediaFLO」は、クアルコムが開発したモバイルマルチメディア放送用の技術だ。米国ではベライゾン・ワイヤレスやAT&TがUHF帯を使って、地上波テレビと同じ内容を流す「サイマル放送」を中心にサービスを提供している。日本ではすでに「ワンセグ」が地上デジタルテレビのサイマル放送を提供している。そのため、MediaFLOの日本での実証実験では、ストリーミングに加えて、クリップキャスト(蓄積型放送)やIPデータキャスティングなどに注力している。

起伏が多い地形の沖縄で実験重ねる

MediaFLOは米国ではUHF帯を使っているが、日本ではVHF帯を使うため電波の飛び方が若干異なる。KDDIは携帯電話事業者としてUHF帯のノウハウを多く持つが、VHF帯での経験は少ない。このため起伏のある地形の沖縄で、VHF帯の11チャンネルを使った試験を実践して、ネットワーク特性や干渉、混信対策の実績を積んだという(沖縄は10チャンネルを琉球放送が、12チャンネルをNHK教育が使っているため、混信対策が必要になってくる)。

クアルコムは携帯電話関連技術を豊富に持っており、MediaFLOにもモバイル機器でテレビコンテンツを快適に視聴するための技術を盛り込んだ。例えば、送信信号から目的の番組だけを間欠受信することで省電力化する技術や、約1.5秒間隔でチャンネルを次々に変える「ザッピング」が可能な技術を取り入れた。伝送データが劣化しても映像をきれいなまま保持し、音声を継続して聴取できる仕様も備える。

法定速度ぎりぎりの高速でも乱れがない

メディアフロージャパン企画が公開した実験は、KDDIの「W64SA」をベースとした携帯電話端末を配布し、市街地と高速道路をバスで走ってコンテンツを体験するというものだった。端末はMediaFLOだけでなくワンセグの受信も可能で、音楽やドラマのストリーミングのほか、最大100MBの大容量コンテンツの受信にも対応する。また、電子書籍や映像などを様々なファイル形式で受信できる「クリップキャスト」、ニュースや株価などをリアルタイムで受信する「IPデータキャスティング」を1つのメニュー画面から自在に操れるようになっていた。

ストリーミング配信は毎秒30コマ、512Kbpsの高品質映像にも対応する。携帯電話端末からコードをつなぎ、バスの車内に設置されたテレビに映像を出力していたが、快適に視聴できた。高速道路を法定速度ぎりぎりの高速で走っても、映像が乱れることはなく、送出元が市内に設置された送信局から高速道路向けに設置された送信局へと切り替わった場面でも、乱れや途切れはなかった。

IPデータキャスティングは「沖縄では特に渋滞情報の評判がいい。クルマが主な移動手段なので、かなり便利に感じられたようだ」(メディアフロージャパン企画の増田和彦社長)という。

クリップキャストは放送波を使うため、大容量コンテンツの配信でもパケット料金は不要である。コンテンツは暗号化しておき、ユーザーが第3世代携帯電話(3G)回線経由で復号鍵を購入すれば、暗号を解除してコンテンツを閲覧できる。実験端末は、音楽や映像、電子書籍のコンテンツをKDDIの「LISMOプレイヤー」で再生することができ、すぐにでも商用化できそうなレベルとなっていた。

通信に進出する放送事業者の救世主となるか

沖縄県での実証実験や海外展示会での試作機を見る限り、今のところ完成度の高さはMediaFLOに軍配が上がる。mmbiも同様のコンセプトを語ってはいるが、報道関係者に具体的なものをアピールできていない。

広告収入の落ち込みにあえぐテレビ局は、番組関連コンテンツのネット販売に積極的な姿勢を見せている。ラジオ局もリスナーの減少に危機感を抱き、パソコン向けのサイマル放送「radiko(ラジコ)」を3月15日にスタートさせるなど、放送業界が一体となってネットへの進出を強化している。

ワンセグは普及率は高まったものの、オリンピックや一部のスポーツ中継といっ特別な番組があるときだけ使うという人が多い。その反省を生かして新たなビジネスチャンスを作るという意味でも、移動体向けマルチメディア放送に課せられた役割は大きいだろう。

[IT PLUS 2010年3月19日掲載]

〈筆者プロフィル〉 石川温(いしかわ・つつむ) 月刊誌「日経Trendy」編集記者を経て、2003年にジャーナリストとして独立。携帯電話を中心に国内外のモバイル業界を取材し、一般誌や専門誌、女性誌などで幅広く執筆。近著に「グーグルvsアップル ケータイ世界大戦」(技術評論社)など。ツイッターアカウントはhttp://twitter.com/iskw226

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