金剛山山頂にて
キバラー、ニシオさん、うっちぃさん、arajinさん、ぱろやんさん、Takeshiさん、キョーコさん、はんていさん
【動画編】なつかしい顔ぶれ、大人の遠足【ルート】
登り:黒栂尾根ルート~青崩道合流~西谷~大日岳~山頂
下山:香楠荘狼尾ルート久しぶりの懐かしい顔ぶれで金剛登山。
何の偶然か、最近、なつかしい人とばったり金剛山で出会う事が多々あった。
集う経緯はさておき、そんな方々との飲み会メインでの山登りとなった。
歩き方から、しゃべり方から、口癖から、ぜんぜん変わってない~(≧▽≦)そらそうか
どれくらい懐かしいかというと・・
Takeshiさん2009年9月5日の金剛山がブログ初登場で、
初めての大峰(大普賢岳)の思い出も。
そして、
2013年4月28日の播磨アルプスが最後となっていた。
ぱろやんさん2010年5月16日の大峰山上ヶ岳行きで初登場。
2013年2月17日の金剛登山が最後になっていた。
arajinさん2010年4月25日の金剛山高天谷ルートで初登場。
あの時は当時10mくらいあった滝の右手をロープ左手、カメラ右手で登っていてあわや滑落。
高天谷ルートは当時、確保ロープが必要で、arajinさんの手助け無しには突破できなかった。
2015年11月3日、歩き尽くされた比良を案内いただいたのが最後となっていた。
はんていさん2011年4月29日のGW、まだ雪溶けやらぬ大峰稲村ヶ岳行きが最初。
2011年7月9日、私の初アルプスに仙丈・甲斐駒まで導いていただいた。
若気の至りで迷惑かけてばかりだった。
2013年1月13日の六甲山トウェンティクロスのが最後となっていた。
他にもまだまだご無沙汰している方はいらっしゃって、
今、どうしてらっしゃるのか気になっているが
小心者の自分からお声がけするきっかけがなくて。。(^^ゞ
そういえば、当ブログを始めた頃、一緒に登っていた
あーちんとも最近、金剛山でお会いしたんだった。
山頂ではkosiziさんにもお待ちいただいていたものの、
計画より少し到着が遅くなってしまったのでお会いできずほんとに残念。
金剛山でみなさんに会うとほとんど変わって無くて時がゆっくり流れているようで
いつでもあの頃にタイムスリップできるような錯覚に陥る。
ざっくり10年を振り返っても、個人的には身内を看取ったり、
親が高齢になってきたことで休日にいろいろサポートしたりで、
顔には出さなくても、誰もが日々、何かと格闘し、抱えてらっしゃることだろう。
それでも金剛山は、いつでもあの頃の自分を取り戻してくれる、そんな存在かな。
さて、みなさんとは近鉄と南海が乗り入れる河内長野駅で集合。
バスによる楽ちん移動は、時間も遅めの10時発なので全員着席しても空席があった。
山頂12時半~13時の到着目標で、大阪側からのルート計画は
ツツジオやタカハタではすぐに山頂に着いてしまう。
水害後のカトラや黒栂谷は通行禁止。
ワサビ谷も良いけど最近も歩いたけど大勢だと縦列歩行になる。
横に広がって歩けるとしたらあそこしかない!
そう、なんちゃって西ブテ・・じゃなくて石ブテ西谷。
どうしてなんちゃってなのか、核心部の滝が終わってからの
平和な植林帯だけを、美味しいところだけをいただくから。
当時、時々金剛山で出会う山ガールの先駆け、ダーさんが言ってたから。
マニュアルミッション車のWRX STIをかっ飛ばして金剛山に通ってた彼女はどうしてるかな。
そんな西谷へアプローチするには黒栂谷ルートが最適であるが前述通り通行禁止。
そしたらもう黒栂尾根ルートしかないではないか。
最近、新たに開拓された林道のつづらを詰め、
まだ踏み跡があるかなと探すとすぐに見つかり、尾根の急登を登る。
青崩道に合流後はセトまで下る予定であったが、
山頂で待つkosiziさんとの待ち合わせ時刻に間に合わせるためには
もうここを下りるしかない、とのことで合流点から西谷へ着地する。
もう少し山頂側に進めば、もっと楽に下れたのに何を苦労してきたんだ?!
本当はもっと下流、やっぱりセトから歩きたかった。
いつもは途中から石ブテ尾根に取り付くので、谷を詰めるのは超久しぶりすぎて
見慣れぬ風景に、最初は違う谷に迷い込んだかと思ったほどだった。
谷の源頭はズルズルの斜面。今でもトラロープがあったのが嬉しかった。
しかしながら、トラロープを使うより左手から巻くほうが楽にスムーズに登れた。
そんなこんなで大日岳経由で山頂へ。
時すでに遅しでkosiziさんは去った後だった。
山頂では、あの袋とじクリップへの印刷をしてくださったニシオさんと初対面。
その節はお世話になりました。
軽めの昼食の後、ちはや園地経由、香楠荘尾根にて下山。
河内長野駅前の飲み屋さんでちゃみさんと久しぶりの対面。
あっという間の充実した一日だった。
その他の写真は以下から。