中国の一党支配と北朝鮮世襲体制との関係、(近くて遠い国、北朝鮮への訪問、番外編、その4)

 今日10月10日は、北朝鮮労働党の65周年創立記念日だ。午前中に2万人の兵士を動員したといわれる過去最大の軍事パレード(閲兵式)が、金正恩(ジョンウン)への権力世襲の披露もかねて金日成広場で行われた。中国をはじめ友好関係にある諸外国代表や各国記者も招待しての国際的な大披露目(おひろめ)式だ。「大将」に指名された金正恩も「元帥」の金正日とともにお立ち台に姿を見せ、「先軍体制」を率いる指導者としての権勢を誇示して見せた。

新華社通信によると、中国の胡錦涛国家主席は10月9日、金総書記に党創立65周年を祝うメッセージを送り、「社会主義革命」に向けた党の努力と成果をたたえるとともに、中朝間の友好関係を引き続き強化すると表明したという。それにしても、度重なる胡錦濤国家主席の祝意メッセージといい、軍事パレードへの代表団派遣といい、中国の北朝鮮への態度はもはや単なる「リップサービス」の域を超えている。これまで中国の思惑通りにならなかった金正日体制にくらべて、(金正日亡き後の)金正恩体制の到来は、中国が実質的に北朝鮮支配を具体化していくための絶好の機会だとみなしているからだろう。

 中国は、かって「社会主義体制」をまもるために朝鮮戦争に大量出兵し、多数の犠牲者(毛沢東の息子も戦死した)を出しながらも北朝鮮と「血の同盟」を結んできた。しかし現在の中朝関係は、双方が社会主義体制から遠ざかっていることもあって、もはやそのような「大義名分」はひとかけらもみられない。両者の関係は純粋な「国益関係」(利害関係)であって、各々の支配者が互いに「ギブ・アンド・テイク」の手を結んでいるにすぎない。中国は世界の覇権国家になるために「目下の同盟国」として北朝鮮を束ねる必要から、北朝鮮は中国の経済援助の下で「独裁政権」を維持する必要からである。

 少し古い記事になるが、この間の中朝関係の素顔を浮き彫りにした優れたインタビュー記事がある。朝日新聞のオピニオン欄、「耕論、北朝鮮どうなる」(9月29日)のなかの「一党支配の安定望む中国」という記事である。佐々木智弘アジア経済研究所研究員の意見を金順姫記者がまとめたもので、大変参考になる。インタビュー記事の内容はおよそこのようなものだ。

まず中国にとっては、自国と同じ「社会主義」を掲げる一党支配の国が隣に存在するのは望ましいということだ。それも朝鮮労働党の集団指導体制よりも、金正恩への権力世襲の方が一党支配の安定性が高いと判断しているので、3代世襲のほうが都合がよいということだろう。要するに、中国と同じく「一党支配」を隣国の北朝鮮で維持することができれば、3代世襲体制でも何でもかまわないということだ。

次に中国が北朝鮮に改革開放を迫っている北朝鮮向けの理由は、北朝鮮が経済的に豊かになるからというだけではなく、中国のように改革開放しても一党独裁は維持できるから「安心しろ」というものだ。北朝鮮での貧困が政治体制を不安定化させ、それが万一韓国との戦争状態にでも結びついたら、中国国内の社会不安を招き、在韓米軍との緩衝地帯も失う。だから現状では、北朝鮮の独裁体制が変わらず維持されるのが最も中国の国益に叶うというわけだ。

最後の結論は、中朝関係をつなぐのは「一党支配体制」という両国の共通点であり、それぞれの国で一党支配が続く限り、指導者が変わろうとも中朝関係は重要であり続けるというものだ。この最後の結論は、現在および今後の中朝関係を読み解くうえで極めて重要な示唆を含んでいると思う。この文脈に沿って中朝関係を分析すると、これまで中国は世襲体制をめぐって北朝鮮と対立してきたとされるが、それは表面的な対立にすぎず、それぞれの国で「一党支配体制」を維持するのに、どちらが都合がよいかという程度のことにすぎないということになるだろう。それが中国では一党支配のなかでの指導者の人選となり、北朝鮮では世襲体制になるだけの違いなのだ。

そう考えると、世界でも特異だとされる北朝鮮の世襲体制は、一党支配体制の「バリエーション」のひとつにすぎないということになる。北朝鮮の世襲体制は「化石」でも「時代錯誤」でも何でもなく、世界第2位の経済力を持つ覇権国家としてのし上がってきた中国と「一党支配体制」という共通点を持ち、それゆえにこそ「中朝連携」という友好関係を通して独裁体制の維持が可能になるのであろう。

在日出身の金順姫記者は、彼女が京都支局にいた時代に取材を通して知り合いになり、京都の都市問題について幾度となく議論を交わした仲だ。その後、中国総局に配属されて上海で中朝関係の取材に従事していたというが、日本に(一時)帰国してこのインタビュー記事を書いたのであろう。中国がいま民主活動家、劉暁波氏のノーベル平和賞受賞をめぐって世界から「一党支配体制」の矛盾を鋭く問われている現在、一度再会して忌憚のない意見交換をぜひ実現してみたいと思う。(つづく)