ガラスの箱・ピョンヤンで演じられた「3代世襲政治ショー」、(近くて遠い国、北朝鮮への訪問、番外編、その2)

 延期されていた北朝鮮労働党の代表者会が9月28日「革命の首都」ピョンヤンで開催された。「革命の血統」を受け継ぐ「3代世襲政治ショー」が華々しく開幕・上演された。朝鮮中央通信が配信した一連のテレビ映像のなかでは、ピョンヤン中央駅に到着したピカピカに磨き上げられたツートーンカラーの特別列車や、そこから降りてくる着飾った参加者の光景がひときわ印象的だった。また凱旋門の大通りを整然と列をなして走る特別仕立てのバス群もなかなかの撮影効果を挙げていた。すべては、北朝鮮のショーウインドー(ガラスの箱)・ピョンヤンを舞台にして繰り広げられた一大政治ショーを演出する一幕だ。

 前日まではほとんど記事らしい記事がなかった日本のマスメディアも、28日以降は堰を切ったように北朝鮮関係のニュースを流し始めた。この数日間、私がスクラップした各紙の記事だけでも複数のファイルに整理できないほどの分量に達している。だが率直にいって、その内容は国内の政治問題と同様「政局分析」が中心で、基本的には北朝鮮政府の発表を少し味付けして流すだけの「記者クラブ」的報道の域を超えるものではなかった。日本のマスメディアの水準は、国内問題は言うに及ばず国際分野においても、もはや劣化の一途をたどっていることは覆うべくもない。

 日本のマスメディア各社は、北朝鮮に支局や特派員・通信員を置いていない。だから、ほとんどのニュースはソウル支局を通してつくられる。ソウルは韓国政府の情報網や報道機関が集中しており、また脱北者のネットワークなどもあって情報源には事欠かない。しかし北朝鮮当局の報道管制が厳しくて記事の「裏が取れない」のか、あるいは「現場」に行こうとしないのか、今回においてもほとんど見るべきニュースがなかったのは失望の限りだ。なぜ独自の情報源を開拓し、北朝鮮の政治ショーと「舞台裏」(真実の姿)の関係に肉薄しようとしないのか。

 今回の「3代世襲政治ショー」は、北朝鮮政府の用意周到なプログラムにもとづいて上演されたことが明白だ。出し物も金ジョンウンへの「人民軍大将の軍事称号の授与」 (27日)、「党中央軍事委員会副委員長への選任」(28日)、「写真公開」(30日)と3連チャンで日を追って盛り上げ、連日のニュースを巧妙に操作し、演出している。各社はその都度登場する主役・脇役の解説に追われ、「出し物」の政治的狙いや舞台裏の真相の掘り下げなど、その背景分析までにはなかなか手が回らない。これではまさに、北朝鮮政府の思うつぼの「記者クラブ」的ニュースの垂れ流しではないか。

 私が金ジョンウンの写真を見て一番強く感じたことは、彼が丸々と太った「栄養満点の青年」だということだ。金日成にソックリだとか、金正日しか着ない特製のジャンバーを着ているとかの解説には、それなりの週刊誌的な興味はそそられるが、しかしそこから一歩踏み込んで、各紙がなぜ数百万人もの国民が毎日雑穀の雑炊しか食べられない(あるいはそれすらも口にすることができない)現実との比較に迫らないのかまったく理解できない。

 10月1日付けの日経の連載記事、『北朝鮮、“ポスト金正日”の始動(中)』のなかにこんな一節がある。「北朝鮮専門家の多くは、金正日―ジョンウン体制が必要とするのは、人口約2400万人中、約300万〜400万人という朝鮮労働党員ら核心勢力だけの支持で、「一般住民は飢えても関係ない」といのが指導部の本音と見る」。この観測記事が決して誇張ではないことは、これまでの数々の事実によっても確認できることだ。100万人単位の餓死者を出した大飢饉当時においても、金正日ファミリーが「汝人民飢えて死ね。朕はたらふく食っているぞ」とばかり贅沢三昧の生活を送っていたことは、彼の日本人料理人の著書にも詳しい。

 かってルイ15世の寵姫・ポンパドール夫人は、領土各地に大邸宅を建てて権勢を欲しいままにし、国の財源を使って栄華を極めた生活を送った。そして挙句の果ては、「我が亡き後は洪水よ、来たれ!」と言い放ったという。金正日ファミリーが「ルイ王朝ファミリー」にも匹敵する栄耀栄華を極めて生活を送っていることは、すでに国民各層に広く知られている。だがそれでいて、なお「わが亡き後に洪水よ、来たれ!」と言わずに、あくまでも権力の世襲を目指すのはどういうわけか。

 おそらく「アジア地域の後進性の極致(結晶)!」ともいうべき比類ない権勢欲と血統主義の結合が、金ファミリー独裁政治の政治的社会的基盤を支えているのであろう。そこでは2000万人にも上る大半の国民を奴隷視して顧みない、冷酷で非情な支配者像が余すところなく露呈している。その金正日総書記に対して中国の胡錦涛国家主席は、28日、朝鮮労働党代表会について「熱烈な祝意を表する」との祝電を送り、金ジョンウンを含む新しい最高指導機関の支持を表明したという(朝日、9月30日)。中国政府の意図はいったいどこにあるのか、次回で考えてみたい。(つづく)