菅政権のダッチロール(その5)、北朝鮮の軍事的挑発行動をどうみるか、「飼い犬」に手を噛まれた中国、その1

 相次ぐ内憂外患問題で窮地に追い詰められている菅政権にとって、今回の韓国に対する北朝鮮の軍事的挑発行動は「神風になるかもしれない」との声が民主党内部から出ているそうだ。国民の眼が北朝鮮の暴発行動に釘づけされることで、菅政権への国内の批判が「一時休止」するのではないかとの期待感からだろう。

 確かに今回の北朝鮮の軍事行動は、韓国はもとより世界の意表を突くものだった。オバマ大統領は「激怒」したというが、それ以上に中国首脳部は「飼い犬に手を噛まれ」て、さぞや驚いたことだろう。なにしろ僅か1カ月半前の10月10日、金正日や金正恩とともにお立ち台から北朝鮮労働党の軍事パレードを閲兵し、金王朝の「世襲体制」を惹き立てたのは、他ならぬ胡錦涛国家主席から派遣された中国代表だったからだ。

金正恩への「権力世襲」を認める代わりに、中国の指導のもとで「先軍政治」から「改革開放」への路線変更を約束させたはずの中国が、なぜかくも易々と北朝鮮によって騙される(裏切られる)のか。不思議と言えば不思議だが、そこにはやはりそれだけの理由がなければならない。考えられるのは、北朝鮮(金王朝)の世襲体制に対する中国の見方が「甘すぎた」ということだ。

 その背景には、世界の経済大国になった中国の北朝鮮に対する傲慢と過信がある。具体的にいえば、それはこれまで散々手を焼いてきた金正日体制にくらべて、(金正日亡き後の)金正恩体制は中国が実質的に北朝鮮を支配していくうえで遥かに与し易いという一方的な思い込みだ。だから世襲であれ何であれ、北朝鮮がことを起こさなければ多少のことは目をつぶろうということだったのだろう。

 だが、北朝鮮の思惑は違った。金日成から金正日への移行期間が十数年もあった時代にくらべて、金正日から金正恩への政権移行は金正日の余命期間からも幾ばくもないので、独裁体制を一刻も早く世襲継承しなければならない。韓国からのニュース通信、『デイリーNK(北朝鮮)』によれば、このため当局が金正恩の偶像化作業に血道を上げ、次のような宣伝を連日振りまいていると伝えている。たとえば10月10日(労働党創建日)を迎えて、『不世出の指導者を迎え入れる我が民族の幸運』という題名の放送政論を全住民に聴取を義務付けた。放送政論の内容は以下のようなものだ。
 
 「金正恩が政治、経済、文化だけでなく歴史や軍事にも精通しており、外国で2年間の留学生活過程を経て、英語、ドイツ語、フランス語、イタリア語が堪能な天才である」。
 「金正恩は、今後、7ヶ国語を完全に征服するという決心を持っており、金正日をサポートし、国家を指導する忙しい中で、中国語、日本語、ロシア語など周辺国家の語学を学習している」。
 「金正恩は、3歳の時に金日成が書いた漢詩『光明星賛歌』(1992年の金正日の50回目の誕生日を迎えて作った詩)を筆で書き写し、人々が驚愕した」。
 「金正恩は、海外留学を通じ、米帝と帝国主義列強が起こした戦争を目の当たりにして、「核を持つ者には核で対抗しなければならない」という決心を固めた。北朝鮮が核保有国として世界最強の軍事力を保有したのも、金正恩の業績である」。

 また北朝鮮当局が通達した「農民宣伝資料」には、金正恩の農業部門での業績が整然と並べられ、2008年12月に金正日に連れられて米穀協同農場に向った際、管理委員会の標準肥料量表の誤りを即座に指摘したという。それだけでなく、酸性化した米穀協同農場の土壌を改良する微生物肥料をその場で考え出し、農業研究家までも驚かせた。金正恩の指摘通りに農作業を行なった米穀協同農場は、2009年に町歩当り最も多い所で15トンの収穫を上げる奇跡を成し遂げたという。この他、金正恩は「砲兵術の天才」であり、軍事砲兵術を学んだ大学では、教授の指導を遥かに上回る天才ぶりを発揮して周辺を驚嘆させたという話もまことしやかに宣伝されている。

 だがこんな作り話を信じている国民は誰ひとりいない。放送政論の間、これを聞いた人びとは「笑いをこらえるのに必死だった」というし、その呆れた内容を住民らはあざ笑っていたという。また当局は必死で捜査しているというが、「3匹の熊(金日成、金正日、金正恩)が太れば太るほど、われわれはやせ細る」といったビラや風刺漫画も各地で出回っているという。

 過日、横浜のYWCAで開かれたアムネスティ・インターナショナルの講演会、『北朝鮮の現状―写真展示と脱北帰国者の話を交えてー』においても、講師は「支配階級を除く一般国民の99%は金体制を支持していない。あるのは恐怖政治だけだ」と話していた。また世界各国には数々の独裁体制はあるが、北朝鮮のそれは「スペッシャル独裁体制」であり、「その苦しみは北朝鮮人民でしかわからない」ともいっていた。

 いわば、国民の誰もが支持していない独裁体制を世襲するため、いま北朝鮮(金王朝)は極度の緊張状態に置かれているといってよいだろう。そしてその体制がいつ崩壊するかという恐怖に一番怯えているのも、金正日や金正恩自身であることは間違いない。そしてこんな薄氷を踏むような緊張状態のなかで、金王朝が選択した危機突破手段が韓国への軍事的挑発行動だったのである。(つづく)