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なぜ仕事しない社員が高い給料をもらうのか

城繁幸氏・岩瀬大輔氏 対談(上)

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高度成長時代には合理的に機能していた日本企業の「年功序列制度」「終身雇用制度」が根本から揺らいでいます。特に、仕事の実力や成果よりも年功で評価される年功序列制度は、組織の新陳代謝を弱め、若い世代の閉塞感につながっているという指摘があります。では、何をどう改めるべきなのでしょうか。人事コンサルタントの城繁幸氏とライフネット生命保険副社長の岩瀬大輔氏が、新しい時代の仕事のあり方を語り合います。

課長ポストは食い尽くされている

――会社で正規雇用と非正規雇用の間で待遇に差がつけられたり、正社員でも会社の将来に不安を抱える若手がいる一方で、高い給料をもらいながら働かないベテランがいたりといった不満があります。

 そういう話はどんな会社からも聞きますね。通常の3倍くらいの採用が行われたバブル期入社の世代が40代半ばになって、組織の中で滞留してしまっているんです。課長職への登用といった幹部候補選抜は40歳前後で行われるのが常ですけれども、すでに課長ポストが食いつくされてしまっていて、バブル世代でもあぶれる人が出ている。「これって一体どうなんだ」という声は、30代後半くらいの団塊ジュニアあたりからはよく聞きますし、おそらく20代も同じようなことを感じていると思います。

岩瀬 僕の場合は、そういった話は身近なところでは聞いたことがないんです。というのは、外資系に勤めていたので、「働かない人材」がいなかったんですよ。仕事ができない人はどんどん辞めてしまうんですよね。そういう合理的な世界で働いてきたので、城さんのコラムなどで日本企業が抱える問題について読むと、「それは日本の会社は弱いよな、負けるよな」という感覚を持ちますね。

名選手でなければ名監督にはなれない?

――高度成長時代に合理的だった大企業の終身雇用システムが、低成長時代になっても変えられないのが原因ではありませんか。

岩瀬 問題は終身雇用よりも年功序列にあるのかなという感覚があります。会社の立場からすると社員を大事にしたいですし、会社というコミュニティーが社会で果たしていく役割はこれからも必要だと思うんですね。だから、1つの会社でずっと働けることが、ある程度権利として認められるのは、必ずしもいけないことだとは思いません。ただし社会全体としての新陳代謝は必要ですから、社会における企業、企業における人も、ある程度の出入りはあったほうがいい。その意味でも、年功よりも仕事の結果や成果など実力で評価されるほうがいいと思います。

日本の会社では、平社員、係長、課長、部長、役員、社長という順に役職を務めます。社長は全役職の経験者で、今の課長は今の係長よりも「係長」が得意なわけです。だから、上司は部下よりも人格的にも能力的にも優れているという前提で、上司を全面的に尊敬しなければいけない感覚になってしまいます。一方、欧米の会社の場合は、役職は単なるファンクション(機能)です。だから社外の人が、いきなりマネジャーとして会社に入ってきても、受け入れられます。

僕は36歳で、小さなネットの生命保険会社の副社長をしています。社員の平均年齢は36、37歳ですから、ちょうど年齢としては真ん中です。僕は生命保険の仕事も、ネットの仕事もしたことがないので、特に専門性があるわけでもありません。ただ役割分担として副社長を務めているにすぎないんです。

たとえばプロサッカーチームの監督は、プロ選手として活躍した経験がなくても務めるケースはあるし、アメリカのメジャー球団であれば、若い人でもゼネラルマネジャー(GM)を担当できる。ところが日本のプロ野球などは、名選手でなければ名監督になれないといった風潮があって、そういうものが日本の雇用の仕組みの源泉になっている気がするんですよね。

日本企業も複線型キャリアの導入を

 まったく同感です。たとえば、ボストン・レッドソックスとか、ヤンキースなどは20代のGMを起用するケースもあります。一方、日本では、少し前に巨人が星野仙一さんを監督にしようとしたら、OBが反対したというんですね。その理由が、「星野さんは中日出身だから、監督ポストを巨人OB以外に流出させるな」ということだったらしいんです。過去に功績があった人間が監督に就いて、ヘッドコーチその他もOBから選ぶのがあるべき姿であると。それで話が流れてしまった。これが日本の体質ですよ。マネジャーが機能ではなくて名誉職になっているんです。

いろいろな中小企業の経営者の方に、「日産の最高経営責任者(CEO)のカルロス・ゴーンさんは、ルノーに新人として入って、ほどなく工場長になった」という話をします。すると、「そんなよそからきたわけのわからないやつにポストをやったら、社内秩序が崩壊してしまうだろう」とおっしゃる。

それに対しては、「20代であっても、あるいは社外からスカウトしてきた人であっても、優秀だという見込みがあれば、まずは役職を任せてみてはどうですか」と提案しています。それでも、「それはわかった。ただし、いきなり大金を払うわけにはいかないだろう」という話になってしまうんです。

多くの日本企業では、社内の序列に比例して報酬が上がるという単線のキャリア制度しかありません。だから現場で結果を出せる人であれば、マネジャーでなくても高い報酬を出せるような複線型キャリアとするような組織改革をすれば、組織に多様性が生まれます。

会社を変えるにはまずトップから

岩瀬 アメリカだって、IBMについての昔の文献などを読むと、従業員みんなで朝は体操したりしていて、日本と一緒なんですよ。社員がロイヤリティー(忠誠心)を尽くしたり、福利厚生を充実させたり。これまでの日本企業のやり方も、大きな集団を1つの決まった方向へ動かしていくためとしては間違っていなかったわけですから、一概に否定するつもりはありません。

経営者の気持ちとしては、やはり社員に長く会社にいてほしいし、長くいてくれる人に報いたい気持ちもあります。ただし理屈の上では、報酬は在籍年数ではなくて、果たしている機能、仕事に対して支払われるものです。長く会社にいても、同じ仕事しかしていないのであれば、本来給料は上がらないはずですから。現在のように、同じことをより良くやることではなくて、既存のものを壊し新しいものを生み出すことが求められる時代において、これまでの会社のやり方は変えなければいけないと思いますね。

そして会社を変えるには、トップが変わらなければいけない。社長がサラリーマンの「あがりのポジション」である限りにおいては会社は絶対変わりません。では、なぜトップが変われないかというと、日本の経営者は、資本市場からのプレッシャーにさらされていないからなんですよね。社長にとって頭が上がらない存在っていうと、会長や顧問といった人たちだけになってしまう。実力あるトップ、成果を出せるトップを株主が選べるようになれば、会社全体が変わる。

終身雇用は「社会保障の民営化」

 でも僕は、日本の会社も変わりつつあると思っています。資本市場も変わって、会社同士の株式の持ち合いも崩れてきていますしね。僕の場合、変わらなきゃいけないのは国民の意識だと思うんです。ほかの国より40年くらい遅れている。

たとえば、今でも階級闘争の思考をする人がいる。「法人税を下げなければ」と言うと、「会社を肥え太らせてどうするんだ」という反論がくる。会社が太ったとしても、そのぶんは株主か従業員にいくだけなんですが。突き詰めていくと、会社という共同体が、従業員すべての面倒を見るべきだという考え方なんです。終身雇用なんて「社会保障の民営化」でしかありません。困っている人は、国が面倒を見るべきなんです。その上で、国がどこまで面倒を見るか、つまり大きな政府か、小さな政府かという議論をすべきでしょう。

それなのに、企業がきちんと従業員の面倒を見るべきだという議論で止まっちゃっている。そうなると政治も動きにくいし、企業の側も、たとえば金融機関が企業に対して「もっとリストラしろ」とも言いづらくなる。労働組合はもちろん頑固になる。だから国民の意識が変わるのがいちばんのキーかなという気がしていますね。

労働組合員にストックオプションを

岩瀬 企業の(国際的な)競争力強化のために何が必要かというと、たとえば法人税の減税や、雇用コストを下げることだと思うんです。実質雇用コストを下げるというのは、たとえば会社に合わない人であれば、解雇しやすくするということもありうるわけです。雇用の流動性を高めることも、本来はいいことなのに、「それは企業優遇だ」となってしまいます。

これは1つのアイデアですが、労働組合員などにストックオプション(自社株を購入する権利)を強制的に持たせればいいんじゃないかと思うんです。そうすると株価が上がれば、みんな喜びますから。「時価総額経営」となると、文句を言われるじゃないですか。

アメリカでは、国民みんなが株主なんですよ。多くの人が、いろいろなかたちで資本市場に参加している、あるいは報酬の一部が株式形態になっています。だから組合員をはじめ、ストックオプションを相当に与えれば、みんなが時価総額を上げるように一生懸命考え、うまくいけば株主に還元されるようになる。

僕は海外に出る機会が多いので、日本がダメだってあまり言いたくない面はあります。アメリカだって、ヨーロッパだって政治はメチャクチャだなっていう印象がありますし。だから日本国民の意識が外国に比べて低いとも言い切りたくなくて、やっぱり人間って、どこの国でも、基本は自分のことが大事だし、短期的にものを考えます。だから政府は、社会の仕組みを長期的に考えるとか、国民ができないことをやらなければいけない。

――雇用市場の流動性を進めるといっても、解雇の条件が厳しすぎるという話を聞きます。

解雇の条件は緩和したほうがいい

 企業の経営が苦しくなったときに、従業員を解雇する整理解雇は、就業規則にない事由の解雇ですから、ある程度条件を厳しくしなければいけません。ただし、普通の解雇の条件はもっと緩和すべきだと思いますね。たとえば、会社にとって必要のない人にはなにがしかの金銭を払って解雇できるような金銭解雇は認めるようなかたちにしないと。

岩瀬会社を経営していると、ルールが一律に適用されるのがよくないと実感します。たとえば、労働基準監督署の指導が厳しいから、従業員に残業をさせられないといったこともあります。過度に政府が個人の働き方に介入しすぎている気がするんですね。もちろんそうしないと強制的に残業させるような会社もあるから、強行法規にしている部分もあるとは思うんですが、多様な働き方に対応しづらいですよね。

僕らベンチャー企業は、将来世界で戦っていきたい。会社のみんなも仕事が面白くて仕方がないから働きたい。でも僕は、「残業するな、早く帰れ」って言わなければなりません。中には、もっと働いて残業代を稼ぎたいという人もいるかもしれないし、お金には関係なく、いい仕事をしたい、早くいいサービスを世に出したいと思って働きたい人たちもいるはずです。

もちろん健康を害するような働き方はいけませんが、それを守るにはまた別の仕組みでやるべきで、企業の競争力を高めるという面では、労働のルールが、間違った方向を向いているように思います。日本の経済をもっと活性化しなければいけないという現在の状況には合っていない面が多いのではないかと、日々感じています。

(撮影 有光浩治)

▼城繁幸氏(じょう・しげゆき) 1973年生まれ。97年東京大学法学部卒業、富士通入社。2004年に退職し、『内側から見た富士通「成果主義」の崩壊』を出版、以後、人事コンサルタントとして活躍。コンサルティング会社「Joe's Labo」代表。著書に『日本型「成果主義」の可能性』『若者はなぜ3年で辞めるのか?』『7割は課長にさえなれません』『世代間格差ってなんだ』等。

▼岩瀬大輔氏(いわせ・だいすけ) 1976年埼玉県生まれ。98年東京大学法学部卒業。2006年ハーバード大経営学修士。外資系コンサルティング会社などを経て、現在ライフネット生命保険副社長。著書に『ハーバードMBA留学記』『生命保険のカラクリ』『入社1年目の教科書』『入社10年目の羅針盤』など多数。

[日経プレミアPLUS Vol.1の記事を基に再構成]

「日経プレミアPLUS」はハンディな新書サイズで、ビジネス、経済、生活情報など、盛りだくさんの情報を伝えるビジネスパーソン向け「マガジン型新書」。6ページ~十数ページの読み切りやすい構成で、通勤時など、すき間時間に最適。佐藤可士和、石田衣良、瀧本哲史といった豪華執筆陣による連載にも注目。2012年10月より毎月発行。730円(税込み)

日経プレミアPLUS VOL.1

著者:
出版:日本経済新聞出版社
価格:730円(税込み)

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