浮体式「日の丸」風力、荒波越え稼働 難所で生きる技術
福島県沖で11日、運転を始めた浮体式の洋上風力発電設備。国の委託を受け、日立製作所など10社と東京大学が事業を手掛けた。浮体式の洋上風力は世界的にも珍しい。洋上風力が普及する欧州と違い、大陸棚の広くない日本の近海での発電は難しいと言われた。南極や海底油田など修羅場で鍛えた日本企業の技術を活用し、荒波に挑む。日の丸風力に風は吹くのか。
「福島沖は寒流と暖流がぶつかる難所。浮かぶ発電設備を作るなんて世界の技術者がビックリしている」(経済産業省幹部)。実際、11日の報道陣らによる現地見学会は、波が高いため中止となった。
東京電力の福島第1原発の沖合。発電能力2千キロワットの風力発電機のほかにも、ぽつんと浮く設備がある。風車で作った電気をまとめて陸上に送る変電設備だ。来年以降に設置する2基の風車の接続も想定。6万6千ボルトの高圧に対応する変電設備が海に浮かぶのは世界でも例がない。
鉄心に2つのコイルを巻き付けるのが変電設備の基本的な仕組み。重要なのは、2つのコイルが直接電気のやりとりをしない「絶縁」を保つことだ。陸上の変電設備ではコイルに電気を通さない紙を巻き付けたうえ、コイルと鉄心を油に浸すことで絶縁を保っている。
日立の洋上変電=南極観測船
しかし、海上で絶えず揺れにさらされると、コイルに巻かれた紙がこすれて破れたり、油面が傾いて油に浸らないコイルと鉄心が出たりして、絶縁を保てなくなる恐れがある。日立には揺れる環境で利用するノウハウがあった。2007年に納入した南極観測船「しらせ」の変電設備だ。
「『揺れない』『ずれない』『油が切れない』という発想は『しらせ』と一緒」。高田俊幸風力発電推進部長は話す。揺れによって鉄心とコイルがずれることが無いように複数のボルトで固定。油を入れるタンクの高さを上げ、絶縁油は1~2割増やす。これで浮体が傾いた状態でも変電設備は油に浸っている。「揺れに対する技術の集大成」(電源システム部の横山和孝主任技師)が世界初の設備を支える。
浮体式での発電では、送電線も海底から浮体までをつなぐ間は海中に漂う。波や潮の流れ、浮体の揺れによる力で送電線がねじれてしまうと、覆いの金属疲労が起き、断線につながりかねない。
古河電工の送電線=海底油田
この課題を解消したのが古河電気工業だ。1980年代から浮体式の石油備蓄基地に電力を供給する送電線を手掛けた。福島沖の環境は「ここでできれば日本の海のどこでも通用する」(藤井茂・洋上風力プロジェクトチーム長)ほど厳しい。海底油田から原油を採掘するパイプラインで使った海中のシミュレーション技術を活用し、S字状の形状で送電線を浮かべることを決めた。
とはいえ、波と潮の流れに加え、見えない海中で設計通りに送電線を曲げながら設置する工事は容易ではない。新日鉄住金エンジニアリングと共同で工事を手掛けた、清水建設の新エネルギーエンジニアリング事業部の白枝哲次課長は「海洋深層水の取水プラントで使ったロボット活用技術が生きた」と話す。
今回の工事では送電線から3~4メートル離れた海中にカメラと送電線をつかむことができるマニピュレーターを備えたロボットを入れた。ケーブルの形状を確認し、曲がりすぎであればロボットを使って直しながら作業を進めた。しかし、「ロボットと送電線が絡まれば、ロボットがダメになるリスクがある」(白枝課長)。深層水プラントの工事でロボットを操作した経験を持つ熟練の作業者なしでは今回の事業は成り立たなかった。
「未来のシンボルだ」。11日、復興事業を急ぐ福島県の佐藤雄平知事は、運転開始式で力を込めた。水深100メートル程度の深い海域でも風車を設置できる浮体式の技術開発は大規模に再生可能エネルギーを導入するうえで欠かせない存在だ。
同日、ポーランド・ワルシャワで始まった第19回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP19)。日本が表明する予定の2020年までの温暖化ガス削減目標は05年比3.8%減と、従来目標を引き下げた。東日本大震災前は電力供給の3割を担った原子力発電所の稼働を「ゼロ」と見込んだためだが、1.6%(12年度)にとどまる再生エネの比率を10%に高めれば、目標を超える削減も可能となる。
その一里塚となるのが福島沖の浮体式洋上風力発電だ。今回は1キロワットあたり200万円超のコストをかけ、各企業が持つ技術を集めて稼働にこぎ着けた。実用化するには同70万~80万円までの引き下げが今後の課題だ。再生エネの新たな柱としての期待は大きい。(菊池貴之)
[日経産業新聞2013年11月12日付]
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