新会社LINE発足 会社分割に隠された深謀遠慮
「すべてを壊して、イチからやる」
4月1日、NHN Japanは、LINE事業はじめ「NAVERまとめ」や「livedoor」といったウェブサービスを担うLINE株式会社と、ゲーム事業会社(社名は4月1日発表)に分割される。2社とも、NHN本社が入る東京・渋谷の複合ビル「ヒカリエ」に引き続きとどまるが、社員証は別々になる。
NHN Japanは昨年1月に韓国ネット大手、NHN傘下の日本法人3会社が経営統合して発足したばかり。LINEなどを運営する旧ネイバージャパン、「ハンゲーム」などのゲーム事業を担う旧NHN Japan、そして、2010年4月に韓国NHNが買収したポータル事業の旧ライブドアが同じ会社となり、商号はNHN Japanが引き継いだ。
「LINE POP」「LINEバブル」が大ブレーク
韓国NHN傘下の3社が経営統合した狙いは、同一資本の傘下で分散したネット事業を集約し、相乗効果を出すことだった。特にゲーム事業は、国内ではディー・エヌ・エー(DeNA)やグリーに押されており、成長が著しかったLINE事業と組むことでドライブすることを期待した。実際、その威力はすごかった。
11年6月から半年で1000万人を突破したLINEは、経営統合後にペースを上げ、昨年4月には2000万人増の3000万人を達成。勢いは止まらず7月には5000万人を突破。「年内1億ユーザー」が見えてきた12年11月、LINEは社内のゲーム部門と連携し、「LINE GAME」の本格展開を図った。これが、事業をやっている当人たちも舌を巻くほどの結果を残す。
絵柄を並び替えテンポよく消していくパズルゲーム「LINE POP」は、公開から58日後の今年1月に世界累計ダウンロード数が2000万件を突破。ほぼ同時に、別のパズルゲーム「LINEバブル」も1000万ダウンロードを超えた。12年12月には、アンドロイドOS向けの課金アプリ全体で、LINE POPのアイテム課金売り上げが世界3位となる快挙も成し遂げている。
iOS、アンドロイドのアプリランキング上位はLINEと連携したゲームの指定席となり、今年3月、LINE関連のゲームアプリは世界累計1億ダウンロードに達した。ゲーム事業部門からすれば、LINEさまさま。もくろみ通り、いや期待以上の展開だ。それが1年強で、今度は2つの会社に別れることになった……。
LINE事業とゲーム事業の同居で生じる「矛盾」
LINE事業の独立について具体的な検討がなされたのは、LINEの世界1億ユーザー達成が見えた昨年12月。日本法人から韓国本社に持ちかけたという。なぜ自ら決めたのか。NHN Japan社長で、新たに発足するLINEの社長にも就く森川亮は、理由をこう説明する。
「当初は、LINEとゲーム事業を一緒にすることで、それぞれ一緒に伸ばしていけるかなという期待があった。ただ、あまりにLINEが成長しすぎたんですね。LINEがコミュニケーションのプラットフォームとして展開し始めた結果、矛盾が生じてきた。それぞれ、戦略的に目指す方向が変わったということで、自由にやるために別々になりましょうということですね」
LINEとゲーム事業が一緒になり大きな成果を出した一方で、矛盾が生じた――。いったい、どういうことか。森川は続ける。
プラットフォームの覚悟、「社内だろうと優遇しない」
「今はプラットフォームとして競争力を持たなければならないというフェーズ。プラットフォームとして外部のゲーム会社さんと平等に付き合いながら、自社タイトルも、となると、どうしても矛盾が生じてしまう。例えば小売りでも、ほかのブランドも幅広く取りそろえながら自社ブランドも売りたいとなった時、やっぱり中途半端になっちゃうんですよね。LINEとゲーム事業部門の関係も、実際にそういうことがあった」
「どうしても社内で"うまく"やろうとするけれども、それじゃあいけない。LINEとしては社内に引きずられることなく、わりとクールに判断していかなければならない。そういうフェーズに、早いタイミングで変わった、ということです」
一方、NHNのゲーム事業部門も、「LINEが優遇してくれないのであれば、こっちにも考えがある」となる。実際、これまでNHNのゲーム事業部門はリソースをLINE連携ゲームに集中させてきたが、今後はLINEにこだわらず、幅広いプラットフォーム向けに展開した方が成長できる、という考え方に変わりつつあるという。森川はいう。
「ゲーム事業の新会社は、必ずしもLINE連携のゲームにはこだわらない。プラットフォームの種類にこだわらず、ゲームソフト会社としてやっていこうと。LINE以外にもいろんなところに出すことで、もっと売り上げが上がるかな、という期待もあります」
ゲーム事業部門はスタジオ化、「LINEにこだわらない」
ゲーム事業の新会社は、内部の「スタジオ」化を進めている。数十のユニットに組織を分け、それぞれに好きなことをやらせて競わせる方針だ。どのプラットフォーム向けのゲームとするかはスタジオのトップに任せるという。「新会社が単にスマホ向けのゲームアプリを出したり、モバゲーやGREE向けのゲームを開発したりすることもあり得るのか」と聞くと、森川はこう答えた。
「恐らく何らかの動きはあるでしょうね。まずは面白いものを作りたい、という気持ちが大事なので、スタジオのトップがそこまで判断できるよう、かなりの自由度を持たせる予定です」。なれ合いの時期は終わった。同一資本の傘下という「呪縛」で自縄自縛に陥らず、自分の事業のことだけを考え、ともに成長してほしい。だから会社分割を決めた、という論理だ。
LINE事業を統括する執行役員の舛田淳は、こう補足する。
「こんなに早くプラットフォームとしてのLINEが拡大し、成長するとは、誰も思っていなかったというのが正直なところ。LINEと連携したゲームも、こんなに早く世界で何番目、という順位に入れたのは奇跡的。こうした変化を踏まえ、(分社化の)判断も早くした」
プラットフォームとしてのLINEの発展を優先した結果の分社化。それは、社内のゲーム事業部門はもちろん、ゲーム自体を優遇する気はない、という意思表示でもある。
「僕たちは社会のインフラになりたい」
ウェブサービス、特にモバイル向けの収益化は難しい。手っ取り早いのが、ソーシャルゲームのアイテム課金。最初はSNS(交流サイト)を標榜しながら、結局、ゲームサイトに落ち着くパターンが多い。
大ヒットしているLINE連携ゲームも、LINEの友人とスコアを競ったり、アイテムを互いにプレゼントしたりする点でソーシャルゲームといえ、ゲームを有利に進めるための課金アイテムが収益源となっている。無料通話やスタンプをまき餌にソーシャルゲームで刈り取る構図。LINEもゲームコミュニティーと化すのか。森川はこれを明確に否定する。
「単にお金をもうけるためであれば、まあ、そういう方向になりますよね。でも僕たちは社会のインフラになりたい。それを世界に展開していきたい。そして、インフラの責任を果たすことをビジョンとしている。責任を果たしながら、ちゃんと収益モデルを作ることが社会貢献。そこはがんばって試行錯誤しているところで、ゲームは収益化策の1つにすぎない」
「企業は社会的責任を果たさないと長期的には生き残れないと思うんですよ。例えばタブロイド紙のようなものをやれば、刺激が強くて人気が出るかもしれないですけれども、それはメディアとしての社会的責任を果たすことにはならない。僕たちも、コンテンツの1つとしてゲームもやるけれど、そこに集中することはない、ということですね」
「ゲームが中心のSNSは社会のインフラになり得ない」
言葉を継いだ舛田の補足は、さらに明確だ。
「我々自身がいつもプラットフォームとしてバランスをとろうとしている。ゲームが中心のSNSは、どうやっても社会のインフラにはなり得ないということは、我々も端(はな)からわかってる。新しいテレビCMを年明けから放映していますが、そこでは改めて、LINEはコミュニケーションツールです、人はつながって生きているんです、と訴求している。それは、裏返せば、僕たちはゲームには行かないぞ、僕たちは違うんです、という意思表明なんです」
ゲーム事業と切り離し、コミュニケーションのプラットフォームとして、社会のインフラとしての立ち位置を明確にする。分社化にはそんな意思表示も込められていた。
もう1つ。強い意思表示が社名そのものに込められている。森川は意図を説明する。
「LINEの実質的なオーナーシップは日本」
「今回、社名が『LINE Japan』ではなく、『LINE』になるということで、改めて日本が本社になることを示すことができた。その意味は、我々にとっては大きいかなと思っていまして。日本が本社だ、というよりは、意思決定の中心は我々にあるということを示した、という方が正しいかもしれません」
注意しておきたいが、今回の会社分割で商号から現地法人を示す「ジャパン」は取れたが、資本関係に変更はない。LINE、ゲーム新会社、ともに韓国NHNの100%子会社であることに変わりはない。それでも、ジャパンが取れたことの意味を森川は強調する。
「韓国NHNの100%子会社であることは変わりないけれど、まあ、それは、韓国NHNにもまた、ほかの株主がいるわけですよね。そこは本質的ではないかなと思っていまして。LINEは資本的には僕の会社ではないんですけれど、決めるプロセスにおいて、ここだけで決められることが明確になった。LINEの実質的なオーナーシップは日本にあるということを示せた」
LINEの実質的なオーナーシップは日本にあるということを示す、もう1つの事実がある。
今後、海外での現地法人設立や、海外におけるプロモーションなどのマーケティング施策は、4月1日に新たに設立するLINE PLUS(LINEプラス)という会社を通じて行う。この会社は、日本のLINEと、韓国NHNの合弁。日本のLINEが6割を出資し主導権を握る。つまり、LINEのグローバル展開においても、日本が中心を担う。森川の説明はこうだ。
「韓国NHNの『100%バリア』に守られている」
「仮に、韓国で現地法人を作ってLINE事業の本格展開をするという話になれば、それは韓国NHNではなく、日本のLINEとLINEプラスがやる。LINEプラスは便宜的に用意したハコで、事実上はLINEと一体化している。ですから、基本的には我々が世界のいろいろなところに行って、形にするということですね」
「(韓国NHNとの合弁にした理由は)グローバル投資は、かなりお金がかかるわけです。そこを日本のLINEだけでぜんぶ負担するのは厳しい。一方で、海外展開の事業を本社(韓国NHNの)に譲ってしまうと、我々が長期的なビジョンを描きにくくなる。なので、6対4で僕たちが主導権を握りながら、資金的なサポートをしてもらうというスキームを作ったわけです」
日本のLINE単独で資金調達をしながらグローバル展開をする道は模索しないのか。あえて、そう突っ込むと、森川は「今はサービスそのものとグローバル展開に集中すべきだ。会社分割などいろいろあるなかで、資金面には集中したくない」と一蹴。上場して資金調達する道については、「今、うまくいっている体制を大きくいじらないほうがいい」と語る。
「それでも100%子会社なので、株主総会で解任されたり、突然、LINE事業が召し上げとなったりするリスクがあるのではないか」と記者が食い下がると、舛田はこう反論した。
「逆にいうと、100%我々は守られているんですよね。自由にやっていいといわれて、ゼロからLINEを生み出し、そして世界展開への挑戦までできた。大株主や株式市場からのプレッシャーがない『100%バリア』があるからこそ、できたともいえる」
「グローバル企業はどうあるべきか、いつも考えている」
韓国ネット大手の単なる日本法人から脱し、自らがグローバル企業として日本を飛びだそうとしているLINE。LINEは日本のモノか韓国のモノか、という見方はもはや愚問か。
森川は「そこはどうでもいいというか。気にしない(笑)。すべての国でその国のサービスだと思われるのがベスト。ブランドってそういうものなんだと思いますけれどね」とし、「必要であればシンガポールに本社移転してもいいのか」と聞くと、「そうですね」と答える。ただ、LINEのあり方について、完全に答えが出ているわけでもない。舛田は語る。
「我々はまさに今、グローバルカンパニーになろうとしている。その過渡期では、いろんな考え方が出てくるはず。グローバルカンパニーはどうあるべきなのか、どういうマインドをもっているべきなのか。いつも考えているし、考えは都度、変わっていく。変化を日々、味わっている」
考えながら走る――。舛田がよく使う言葉だ。立ち止まることは許されない。どこへ向かうのか誰も分からないが、考えることも、走ることもやめない。しがみつかなければ、振り落とされる。不安に思う社員がいれば、置いていかれるだけだ。森川はその厳しさをこう表現する。
「すべてを壊して、イチからやる」
「今後について社内でも、あまり細かく説明していないので、不安に思う社員もいる。でも逆に、変化に対して不安に思う人は、この先、ついて来られないのかなと。それでも乗って来るような人じゃないと、グローバルの荒波を乗り越えられないだろうと。こう、厳しい判断をしていまして、最近は社員となるべく会話をしないよう、会わないようにしていますね(笑)」
「会うと、やっぱり気持ちが動いちゃうじゃないですか。非情になれない。時には空気を読まないっていうのは重要かなって思いますね。こういう大きく変化する時は、中途半端にやるのが一番よくない。今回、会社を分割するにあたって、改めて行動様式とか考え方もベンチャーに戻ろうということで、すべてを壊して、イチからやるつもりでやってます」
アジアから世界市場を掌握したウェブサービスはかつて存在しない。そのほとんどは米シリコンバレー発。LINEの挑戦はシリコンバレーへの挑戦でもある。その厳しさを、当人たちが一番よく分かっている。=敬称略
(電子報道部 井上理)
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