「デキる部下」から上司になった際の落とし穴
【相談1】 高い目標に部下たちの反応がない
当社は後発です。また、先行企業が2社で寡占状態となっています。そこへどうやって切り込んでいくか、具体策はこれからですが、志を高く持つことだけは決めています。先日の顔合わせの際に「2年以内に先行2社に追いつく」「次の大会までに、オリンピック代表級の選手から指名される商品にする」などと話しました。しかし、メンバーの多くは、社内公募ではなく、通常の人事異動で集められた人だからなのか、反応がいまひとつです。中には「その目標は乱暴すぎる」と言う人までいました。
しかし、高い目標を掲げて、それに少しでも近づこうとするから、いい成果が出るわけです。低すぎる目標は達成するのは簡単ですが、飛躍的な成長を促すものにはなりません。どうしたらこの思いを分かち合えるでしょうか。
チームの状況に適さない高い目標は部下のモチベーションを下げるだけです。相談者は、まずはチームがどの段階にあるかを見極めなくてはなりません。
まず、相談者は本当にその目標が達成できると思っているのか、素に戻って、もう一度考えてみてください。願望と達成可能な目標とは違います。リーダーの独善的な思いだけで掲げた極めて高い目標は、ただのスローガンと同じです。
チームの成長段階を意識せよ
チームには先述したように成長の段階があります。第1段階はお互いに様子見をしている形成期(フォーミング)、第2段階は自己開示と他者受容を招く混乱期(ストーミング)、第3段階はチームとしての力が出始める標準期(ノーミング)、第4段階はチームの能力が発揮され、成果を上げる達成期(トランスフォーミング)です(図)。

高い目標が機能するのは、チームが第4段階にある時だけです。相談者のチームは、まだ動きだしてもいないわけですから、高い目標はむしろメンバーのモチベーションを下げます。メンバーの皆さんの反応は、自然です。まずは第1段階、第2段階とステップを踏むことを優先してください。

そして、第3段階に入ったら、第4段階へと進むため、メンバーにはたくさんの成功を体験させてください。これはつまり、達成可能な目標を設定するということです。「これならできる」と感じたメンバーは、実際にそれを実行します。そして、目標を達成します。多少低い目標であっても「達成できた」というこの事実だけが、メンバーを、自分たちのチームには力がある、できるという気持ちにさせます。
できると分かっていれば、メンバーは安心して仕事に取り組めます。その安心感が仕事の効率を上げます。達成できるかどうか不安な状態で仕事をしていては、効率が落ちるのと裏表の関係です。
低い目標を設定し、達成する。それを繰り返していると、リーダーとして、大きな目標を提示したくなるかもしれませんが、そこは我慢してください。いつまで我慢するかというと、メンバーから高い目標が提案されるまでです。
成功体験を繰り返しているうちに、メンバーは、物足りなくなってきます。そして「そろそろもっと大きな目標を立てて、達成したい」と考えるようになります。つまり、目標が「やればできるもの」から「やって達成したいこと」に変わるのです。
こうなった時、チームは第4段階に突入します。それまでの間、リーダーは辛抱強く、メンバーに成功体験を与えることに徹してください。そして、その実績を承認してください。つまり「よくやった」「やってくれると思っていた」と、具体的な成果を褒めるのです。のべつまくなしに褒めていては、皆は成長しません。
また、場合によっては、メンバーの中に、大きすぎる目標を掲げたがる人がいることがあります。そういったペースメーカーの存在も重要ですが、チームが成長する前に、チームがその人の目標に引きずられてしまうことは避ける必要があります。その調整もリーダーの仕事です。
リーダーの仕事とは「高い目標」を掲げることではなく、チーム状況を洞察し、その状態で達成可能な適切なマイルストーンを設定し、成功体験を重ねることでチームに自信と信頼をつくり出すこと。そして、その積み重ねによってリーダーが本来望んでいる高い目標に向かうモチベーションを、メンバーの自律性によってつくり出すことなのです。
【相談2】 正しいやり方を指導しているのに部下は不満顔
今、経験の少ない部下を見ていると、正直に言って、頼りなく感じます。さらに言えば、彼らには営業のセンスがありません。これでは数字が上がらなくて当然だと頭を抱えることもあります。私がすべてを担当したいと思うこともあるくらいです。ただ、体が1つしかないので、歯がゆい思いをしています。
ですから、部下には逐一、指示を出しています。本当に細かいことにも、彼らが迷わず済むように、懇切丁寧にしています。そのおかげで、私のチームはそこそこの成績を上げています。
ところが、です。部下は常に不満顔です。自分のやり方でやりたいなどと言います。それではうまくいかないから、正しいやり方を示しているのに、どういうつもりなのでしょうか。
どうしたら部下を素直に変えられるでしょうか。
リーダーが、ボスタイプこそが理想的なリーダーだと勘違いしているうちは、チームは成長しません。
ボスタイプのリーダーが長期安定的に成果を出せるのは、部下との強固な信頼関係が構築できている時だけです。これなしに、今、多少の成果を出せていたとしても、そのチームのパフォーマンスは、リーダーのパフォーマンスを超えません。
チームとは、多様性のあるメンバーによるシナジーで、個人のパフォーマンスを超えたパフォーマンスを得るための存在です。これでは、チームの意味がありません。
おれの言う通りにやれ!
相談者は、外的な力でメンバーをコントロールしようとしています。指示を出し、命令を与えて、メンバーを自分の道具のように使っています。これでは、メンバーは本当に道具になってしまいます。自分で物事を考えなくなり、自律性を失います。「自分のやり方」というアイデアに対して、「おまえには独自性を求めていない」「おれの言う通りにやれ」と潰しにかかるのは、言語道断です。
こうしていると、メンバーは常に他人に責任を押しつけるようになってしまいます。失敗をしても「上司が言った通りにやっただけ」と言うだけになります。
そうならないようにするには、メンバーの自発性を引き出す必要があります。これはつまり、モチベーションが生まれるように、仕掛けをしていくということです。
まず、指示と命令主体の関わり方から質問と傾聴主体の関わり方に変えていかなければなりません。そしてさらに自発性を強化するためには、ゴールやビジョンに共感してもらえるように説明することも必要です。
リーダーはメンバーに、チームのゴールやビジョンを説明できなくてはなりません。このチームでどうしたいのか、どうありたいのか。まず、それをメンバーと共有します。
質問は、この共有の後に使います。「で、このゴールに到達するために、何をしたらいいと思う?」
それに対する返事には耳を傾けます。どんなに幼い意見にも、見当外れの答えにも、否定的な発言は禁物です。ここで重要なことは恐れなく何でも話せるチーム状態をつくることです。出てきた答えが有効か、価値があるのかどうかの判断は、リーダーが行います。そして、なぜそう判断したのかのプロセスも含めて、結論をメンバーに伝えます。
そんなことをする時間も労力もない――という声が聞こえてきそうです。そうかもしれません。やはりリーダーの力だけでチームを変えようとするには、限界があるのです。指示と命令を軸としたチームの動かし方は、対症療法にすぎません。自律的なメンバーによるシナジーが得られるチームを作るには、チームを体質から変える必要があります。
ひとたび体質が変われば、リーダーはリーダーシップを手放すことができます。あとは、チームの目標を達成できるように支えるだけです。
「私は若い頃、見よう見まねで頑張ってきた。甘やかす必要があるのか」と感じる方もいるかもしれません。しかし、企業には見よう見まねを許す余裕はなく、また、若い人にも、かつての若い人が持っていたようなバイタリティーはありません。
リーダーの役割をしっかりと認識し、それを徹底してください。それが、あなたのチームを成長させます。
アクションラーニングソリューションズ代表取締役、一般社団法人チームビルディング協会代表理事。富士通、システムインテグレーションベンダー、KPMGコンサルティング(現Bearing Point)の人事コンサルタントを経て独立。ジョージワシントン大学大学院人材開発学部マイケルJ.マーコード教授より直接、アクションラーニングコーチ養成プログラムを受け、GIALジャパン設立(現:NPO法人 日本アクションラーニング協会)に参加、ディレクター就任する。
[nikkei Woman Online2013年3月21日掲載]