庭先で起きている"文明の衝突"に驚き
団塊オヤジのナメクジ探索
14年前にナメクジの研究を始める前は、我が家のベランダや庭にすんでいるのが外来種のチャコウラナメクジだとは、思ってもみなかった。全国の目撃情報を基に生息分布マップを作っているうちに、意外なことが分かってきた。
外来種の侵入、いつの間にか我が家にも
生息分布マップを作ろうと思ったのには、2つほど理由がある。1つは在来種のフタスジナメクジと外来種のチャコウラの境界がどこにあるのか突き止めたかった。もう1つは、明治維新以降、縄張りを広げ、1980年代にこつぜんと姿を消したといわれるキイロナメクジがどこかに生息していれば、見つけたいということだった。
フタスジは、外来種がいずれも頭部に透明な甲羅を載せているのに対し、甲羅がない。灰褐色で体長は7~8センチ。
上手なすみ分けに感心
チャコウラは、茶褐色で体長7~8センチ。原産地はヨーロッパのイベリア半島。コロンブスの一行が運んだのかどうかは定かではないが、米国に渡って繁殖。これが太平洋戦争後、米軍によって日本に持ち込まれた。全国の米軍基地を起点に30~40年の間に北海道から沖縄まで、急スピードで縄張りを広げた。我が家にもいつの間にか侵入してきたのであろう。
キイロはコウラナメクジの一種で黄色く、体長は5~6センチ。原産地はヨーロッパの地中海沿岸。明治維新以降、ヨーロッパから流入した人やモノと一緒に、横浜や神戸などの港から同心円状に100年ぐらいをかけて生息域を広げていった。ところが、列島改造の嵐が吹き荒れたころに、チャコウラに縄張りを奪われるようにして去って行った。82年の11月、香川県観音寺市の矢野重文さんが捕獲したのを最後に、目撃者が出ていない。
で、生息分布マップから分かったのは、チャコウラがじゅうたん爆撃のように列島を侵略し、フタスジを蹴散らしているかというと、そうではない。フタスジもなかなかしぶとく、庭木がうっそうと茂り、ジメジメしているような場所を死守。チャコウラは丘陵を開発した建売住宅街のような乾燥地帯に進出。双方がうまくすみ分けをしているもようなのだ。
なお、消えたキイロについては、これまで目撃情報が1件も寄せられていない。
外来種の侵入の歴史を整理すると、第1波が明治維新のキイロ、第2波が太平洋戦争後のチャコウラ。実は第3波が2000年代に押し寄せていることが、寄せられた目撃情報から明らかになっている。
北海道から宅配便で届いた新顔
国立科学博物館動物研究部の長谷川和範さんによれば、2006年の8月、茨城県土浦市内で新顔のマダラコウラナメクジが見つかり、生息域をじわじわと広げている。マダラは原産地がヨーロッパの西部と南部。乳白色で背中に灰褐色のヒョウ柄模様がある。体長は15センチと大柄だ。
北海道の阿寒湖畔でアイヌ民芸品店「熊の家」を営む藤戸茂子さんから、やはり新顔のベージュイロコウラナメクジが宅配便で送られてきたのは、06年の9月。ベージュイロは原産地がスウェーデン。文字通りベージュ色で体長は2~3センチと小柄だ。
第3波の外来種は、園芸ブームを背景に、園芸店ルートで上陸したとみられる。マダラやベージュイロがチャコウラに取って代わるのかどうかは、しばらく様子を観察しないと分からない。
こうしたナメクジの外来種の動向を眺めていると、庭先でも暮らしのグローバル化による「文明の衝突」がおきていることがよく分かる。
(ジャーナリスト 足立則夫)
※「定年世代 奮闘記」では日本経済新聞土曜夕刊の連載「ようこそ定年」(社会面)と連動し、筆者の感想や意見を盛り込んで定年世代の奮闘ぶりを紹介します。