SNSで市民の声を行政に 動き出した「地方自治2.0」
交流サイト(SNS)を通じて市民の声を拾い、行政に反映する地方自治体が増えている。スマートフォン(高機能携帯電話=スマホ)や世界的なソーシャルメディアの普及を背景に、素早く効率的に行政サービスを提供するための「情報インフラ」として、SNSの活用が加速している。政府が防災のためにネット利用を自治体に求める動きも手伝い、今後、自治体とSNSのコラボレーションが一気に広がる可能性もある。
「道路の路面がはがれています」「外国語指導助手(ALT)を募集するのなら、英語で表記すべきでは」……。人口5万人超の佐賀県武雄市の公式ホームページ(HP)には日々、市民からの声が投稿・公開されている。総務省出身の樋渡啓祐市長が主導して同市は昨年8月、世界最大手のSNSであるフェイスブック上にHPを完全移行した。
4月末時点での累計総ページビュー(PV)は2400万。フェイスブックを使う前のHPと比べて、月間ベースで約50倍に増えたという。
アカウント登録する市民らは、身の回りの状況や意見を直接、HPに投稿する。例えば、路面のトラブルでは投稿があった翌日に道路整備の担当の課が現地に向かうなど、武雄市は迅速な対策をとってきた。市の全職員400人弱がフェイスブックのアカウントを取得、最新情報が随時配信される「いいね!」ボタンに市民を中心とした1万4000人超が登録している。「市民の何割が登録しているかは把握できていないが、市のHPに書き込みをする人の約半分が市民、半分は市外だとみている」(同市フェイスブック・シティ課の浦郷千尋氏)という。
浦郷氏は導入の成果について「市で何が起きているのか効率よく情報を収集でき、市民の声に素早く対応できる。実名登録なので意見の投稿も建設的だ」と話す。HPの運営費用も、フェイスブックを利用する前に比べて安くなっているという。
IT(情報技術)に疎い人はどうすればいいのか。いわゆる「デジタル・デバイド」の問題も当然出てくるだろう。同市ではフェイスブックのアカウントを持っていない市民や、パソコンなどを使いこなせない市民に情報が伝わりにくい弊害を解消するため、市民を対象に「ICT(情報通信技術)寺子屋」を定期的に開催している。
武雄市と同様の取り組みは、他の地域にも広がりつつある。東日本大震災で被災した岩手県陸前高田市は、武雄市を参考に今夏をメドに市の公式HPとは別にフェイスブック上での公式サイトを立ち上げる。武雄市のフェイスブックページの立ち上げに携わった同市職員の古賀龍一郎氏を4月から職員として1年の期限つきで招き入れた。
宮崎県川南町も約170人の職員がフェイスブックのアカウントを取得。4月末から行政と市民の双方向でのやりとりや、各課ごとの情報共有の効率化を狙い、フェイスブック上での情報発信を始めた。
東日本大震災の教訓を踏まえ、政府も民間のネットサービスを活用した防災対策に動き出した。政府のIT戦略本部が今夏にまとめる「IT防災ガイドライン」で、SNSなどITの活用を全国の自治体に要請する見通しだ。震災では電話が不通になる一方、ネットで安否情報などを確認できることが分かったためだ。
武雄市の試みはモデルケースにもなっており、フェイスブック活用の先進事例として同市を訪れた自治体・議会数は昨年度で45件。5月に入っても全国各地からの視察が絶えない。
震災直後には多くの復興関連の情報サイトが立ち上がった。IT技術者たちによるボランティア活動が中心となったが、彼らは自治体がSNSを活用する動きをどう見ているのだろうか。
震災・復興関連情報サイト「sinsai.info」を運営するジオリパブリック(東京・渋谷)の関治之社長は「SNSは災害という非常時だけでなく、普段からITを使って市民の声を吸い上げるプラットフォームとして重要な役割を果たす」と感じている。行政がネットを通じて一方通行で「告知」するといった活用法だけでなく、市民の声を吸い上げて具体的な施策に反映させる動きだ。「『地方自治2.0』が日本でもようやく始まった」。関氏はこう表現する。
米国では、ネットを通じて市民の声を行政に反映する取り組みが浸透している。関氏によれば、民間企業が運営するクラウドサービスを自治体が採用する流れが定着しているという。例えば、住民が「学校の壁に落書きがある」「異臭がする」などの問題を見つけたら、携帯電話を使った行政に対して改善要求をリアルタイムに突きつけることができる。
SNSに限らず、防災や震災からの復興のために、民間のネットサービスを使って市民の声を積極的に集めようとする自治体もある。
大阪府は4月、民間の気象情報を提供するウェザーニューズと組み、府のHP上に「おおさか減災プロジェクト」と名付けたページを設けた。市民が携帯電話やパソコンから、「いつ起きたか」「何が起きたか」などの項目と、どこで起きたかという情報を地図上か住所を入力、気象・被害状況をまとめ、「減災カード」として投稿する。その情報をもとにウェザーニューズが運営する「減災リポートマップ」という地図にリアルタイムで天候や被害の状況が表示される。
アイコンは「大雨冠水」「河川増水・氾濫」など。ユーザーが確認したい地域のアイコンをクリックすると、詳しい状況が表示される。被害の発生場所や、どこに避難すればいいのかを確認することができる。大阪府危機管理室の松葉正幸課長補佐は「東日本大震災では、情報入手は気象庁の発表が中心だった。市ではつかみきれない情報も市民からの投稿で手に入れられる」と話す。
ウェザーニューズは同社に登録した会員が自分のいる場所の天気を投稿し、地域ごとの気象情報を集めている。この仕組みを大阪府の防災に役立てた。
宮城県は民間の震災情報共有サイト「助けあいジャパン」を支援することで、宮城県民の声を集める取り組みを進めている。同サイトを運営するスタッフの活動を資金面で援助。3月から宮城県のHPに「助けあいジャパン」へのリンクを張り、県の復興関連情報を共有できるようにしている。例えば、観光業の再建のために、支援を募る市民の声が動画で発信された。
「民間が運営する既存のインフラを使えば、自治体にとっては情報システムを新規導入したり維持管理したりするコストを大幅に抑えられる。ネットを生かした住民参加型の新しい行政の仕組みが生まれている」。慶応義塾大学メディアデザイン研究科の中村伊知哉教授は、行政が民間ネットサービスを利用するメリットについてこう指摘する。
ただし、SNSの活用には課題も残されている。1つはプライバシーの問題だ。
武雄市では「市長が高校視察した時の写真は、保護者に確認をとっているのか」などの声が寄せられた。中村教授は「民間のネットサービスはプライバシー保護の機能が充実しているので、その範囲内である程度、対応できるのでは」とみる。不適切な投稿を制限する機能を充実させていることを指している。それでもネットを経由して個人情報などが流出するリスクは残る。
2つ目は、市民間の情報格差が生じやすくなるという課題だ。
パソコンやスマホに不慣れな人に必要な情報が行き渡らなかったり、SNSをよく利用する市民の声だけが行政に反映されやすくなったりするということもありうる。あまねく情報を伝える手段を模索しながら、市民のITリテラシーを高める施策も必要になる。
「地域SNS」を専門に研究している国際大学 グローバル・コミュニケーション・センターの庄司昌彦主任研究員は「個別に登録が必要な地域SNSは2006年ごろから生まれていたが、人が集まらないなどの理由で閉鎖に追いやられるケースが相次いだ。すでにユーザーが多いフェイスブックやツイッター、スマホの普及によって、自治体のSNS活用は新たな段階を迎えている」と話す。
ただし、「武雄市のケースは市長の強烈なトップダウンがあってこそ。ほかの自治体でも色々な進め方、やり方がある」とも指摘する。
少子高齢化が進むなか、社会福祉の予算は限られている。一方、防災や高齢者の孤独死など行政が対応すべき問題は山積している。情報インフラの選択肢の1つとしてSNSなど民間のネットサービスを使いこなし、行政の最終的な目標である住民の満足度をどう高めていくか。震災という惨事を契機に、官民の双方が協力して乗り越えるべきテーマとして様々な課題を投げかけている。
(電子報道部 杉原梓)