「電気購入ゼロに」 太陽光基地局に懸けるドコモ
電波止めるな 携帯3社の災害対策(上)
携帯電話事業者各社が、大規模な災害時にも停波せず運用し続けられる新たな基地局の開発や導入を進めている。NTTドコモとKDDI(au)は基地局の電源として太陽光発電パネルなどを活用し、電力会社の送電網の途絶に備える。ソフトバンクモバイルは倒壊した基地局の代わりに、気球にアンテナをぶら下げる独自形状の臨時中継局を開発し、配備を始めた。東日本大震災では被災地の基地局の多くが倒壊・停電などで停波し、安否確認や被災者の救助・支援活動、避難所の運営などに支障をきたした。携帯各社はこの教訓を新たな基地局の開発に生かし、「止まらない携帯回線網」実現を目指す。3社の取り組みを2回に分けて紹介する。
基地局の電気代だけで320億円
「電力会社から買う電気を将来的にゼロにすることを本気で目指している」。NTTドコモで新型基地局の開発を手掛ける竹野和彦主幹研究員(先端技術研究所環境技術研究グループ)はそう言い切る。
同社が開発しているのは、太陽光発電パネルでの発電だけで動作する基地局だ。3月から6月にかけて、関東・甲信越に10局を新設して実証実験を始める。
太陽光基地局の本格開発を始めたのは震災前の2010年7月。当初の目的は、基地局の膨大な電力消費に伴う環境負荷の低減だった。同社が1年間に消費する電力量は27億キロワット時(kWh)。そのうち6割の約16億kWhが基地局関連だ。電気事業連合会の推計では一般家庭の年間消費電力は約3600kWhなので、ドコモの基地局だけで一般家庭の44万世帯分の電気を使っている計算となる。同社は20年までに、自社事業に伴い排出されるCO2を08年比で10%削減する目標を掲げており、この達成には基地局で使う電力のグリーン化が不可欠と判断した。
電気代の高さも無視できない。大半の基地局は電力会社から購入した電気で動いており、適用される電気代の単価は一般家庭と同水準という。1kWh当たり20円として単純計算すると、320億円が基地局の電気代として消えていることになる。中堅企業の年間売上高に匹敵する水準だ。
こうした事情を受けて太陽光基地局の開発プロジェクトが始まった。その取り組みをさらに加速させたのが11年の東日本大震災だ。同社の場合、岩手・宮城・福島の東北3県を中心に、震災翌日の3月12日に4900局が停波した。
地震・津波による基地局の倒壊・故障、中継回線の光ファイバーの切断に加え、停電に備え基地局に設置されている蓄電池が長時間の停電で枯渇したことも大規模な停波の一因となった。対策として同社は、蓄電池の大容量化や基地局への発電機の常備などに併せ、電力会社からの送電が止まっても自立して運用できる太陽光基地局の設置を盛り込んだ。
竹野主幹研究員ら開発チームが重点的に取り組んだのは2つ。1つは基地局の敷地内に設置できる太陽光発電パネルで十分な量の電力量を確保すること。もう1つは設置・運用にかかるコストを既存の基地局と同程度まで下げることだ。
直流-交流の変換ロスを改善し効率向上
前者の発電量についてはメドが立ちつつある。同社は今回のプロジェクト以前にも、電力会社から送電線を引き込めない山間部の基地局などに太陽光発電パネルを設置していたが、パネルで発電した直流の電気をいったん交流に変換し、基地局内の無線装置に電気を送り込む前に再び直流に戻すという、2度の変換を行っていた。
こうした直流-交流相互の変換回路を通す際、全ての電気エネルギーが変換できるわけでなく、一定の比率で変換ロスが発生し熱として放出されてしまう。そこで竹野主幹研究員らの開発チームは、パネルで発電した直流の電気をそのまま無線装置に送り込めるよう、基地局内の回路を全て直流で組み直した。
併せて、太陽光発電パネル、予備の蓄電池、電力会社からの商用電力を一括して自動制御するソフトウエアを開発。「発電量が多いときはパネルから無線装置へ送電し、同時に蓄電池を充電」「発電量が少ないときはパネルと商用電源を併用」「夜間に停電した場合は蓄電池からの送電に切り替え」など、基地局内の電力の流れ方を9通りに自動で切り替え、太陽光発電による電気を最大限使えるようにした。
余剰電力の売却で、購入分"実質ゼロ"目指す
こうした改良を経て12年3月、神奈川県横須賀市にある同社の研究所に、実験用として小型の太陽光基地局を設置した。公称最大出力200ワット(W)のパネル4枚と、容量4.5kWhの蓄電池を用意し、消費電力400Wの無線装置を1台動かす構成だ。電波の出力は20~30Wで、帯域幅5メガヘルツ(MHz)の電波をおおむね半径1kmに発信する強さという。
「晴天時は昼間に発電した電気を蓄電池に蓄えることで、夜間も商用電源に頼らず運用できる」(竹野主幹研究員)。気候や季節の変動なども踏まえると、総消費電力量のうち太陽光発電でまかなえた分は4割前後というが「パネルを増設すれば、無理なく太陽光発電だけで運用できる」(竹野主幹研究員)水準だとする。
開発プロジェクトは今春から実証実験のフェーズに入る。関東・甲信越の10カ所に、通常の基地局と同規模の太陽光基地局を設置。「太平洋側/日本海側の気象条件の違いや、太陽電池パネルのメーカーによる発電量の違いを確認し、発電効率を最大化できる場所や機器構成を探る」(竹野主幹研究員)狙いだ。
中長期的にドコモが描いている青写真は、全国規模で電力会社から購入する電力をゼロにするという壮大なものだ。地価が高く空きスペースの少ない都心部では太陽光発電パネルを設置しづらいが、地価の安い郊外の基地局でパネルを多めに設置し、余剰発電分を電力会社に売却することで、差し引き"実質ゼロ"を実現することを目指す。「将来、法改正で発送電分離が認められたら、晴れている地域の基地局から雨天の地域の基地局へ電気を融通するなど、ドコモ版スマートグリッドを実現したい」(竹野主幹研究員)と鼻息は荒い。
コスト低減は道半ば 蓄電池の高さネック
一方、発電量の確保とともに開発チームの主要課題だったコスト低減はまだ道半ばだ。
太陽光発電パネルはメーカー間の競争激化や家庭でのパネル設置の増加などを背景に、200Wのパネル1枚で10万円程度まで下がっており、さらに下落傾向にある。「1枚当たり5万円くらいになればペイする」(竹野主幹研究員)としており、あとは時間の問題との見方だ。半面、蓄電池用のリチウムイオン電池の単価が思うように下がらないのが悩みという。
太陽光基地局は設置・運用コストを抑えるため、蓄電池やパネルなどの主要部品に高価な特注品ではなく安価な汎用品を積極的に採用している。蓄電池ユニットの中には、ノートパソコンなどで広く使われている「18650サイズ」(直径18ミリ×長さ65ミリ)のリチウムイオン電池400個がびっしりと並んでいる。開発チームではリチウムイオン電池と並行して、より安価なニッケル水素電池の採用も検討しているが、こちらも家電量販店などでよく見かける単3形のもの。パネルも家庭向けなどと同じ品種を採用している。
それでもなお、設置コストと10年程度の運用コストの合計で、既存の基地局と同程度に抑えるメドは今のところ立っていない。竹野主幹研究員は「14~15年に本格導入したいが、部材コストが高止まりすると難しい。企業である以上はコストの問題を無視できないので、拙速に本格導入せず適切な時期を見極めたい。内部では目標とするコスト水準を設定しており、その水準に徐々に近づいてはいる」とじっくり待つ姿勢だ。
太陽光基地局と並行して、ドコモは燃料電池や風力発電の導入も視野に入れている。燃料電池については、ノキア・シーメンス・ネットワークスが開発した基地局向け燃料電池を評価しており、3月末に実証実験を始める予定だ。(1)運用時間が40~60時間と蓄電池より長い(2)ガソリンを使う発電機と違い排ガスが発生しない(3)評価中の燃料電池で使用するメタノールが濃度59%で、消防法上の危険物に該当せず扱いやすい(4)将来的に、古いカタログや書類などの廃棄物からバイオメタノールを生成し再利用できる――といった点に注目しているという。
風力発電は高さ5メートル程度、定格出力1kWの小型風車を同社研究所で試験中。太陽光と併せて電気を確保する手段を多様化し、場所や目的に応じて複数の手段を選べるようにする狙いだ。
KDDIはすでに本格導入 商用電源併用の現実路線
高い目標を据えて長期戦で臨むドコモを尻目に、太陽光基地局で先行しているのがKDDIだ。同社はドコモより早く、09年12月に太陽光発電パネルを備えた基地局を全国11カ所に展開し実証実験を開始している。その後、東日本大震災を経て運用ノウハウを蓄積し、本格展開に移行。13年3月末までに東北以南の各地に100カ所の太陽光基地局を設置する予定だ。
KDDIはドコモと異なり、太陽光発電パネルや蓄電池に加え電力会社からの商用電源もこれまで通り使う前提で、基地局の電力システムを設計している。具体的には(1)晴天の昼間は太陽光発電と蓄電池からの放電で無線装置を運用(2)雨天時や日没後は商用電源と蓄電池からの放電で無線装置を運用(3)深夜は商用電源で無線装置を運用し、併せて商用電源を使い蓄電池に充電――という3つのパターンで動作する。蓄電池への充電を深夜に行うのは、割安な深夜電力料金が適用されるためだ。
各基地局に設置する太陽光発電パネルは200W品を2~4枚。同社によると基地局1局当たりの消費電力はおおむね1kW前後といい、晴天の昼間なら消費電力の4~8割を太陽光発電でまかなえる計算だ。24時間に必要となる電力量に対しては、1~2割が太陽光発電による供給となる。ドコモに比べると小幅ではあるものの、早期に導入規模を拡大することで運用上のノウハウや課題を効率よく集められる利点はある。企業の社会的責任(CSR)の観点で、太陽光発電を早期に導入してCO2排出量の抑制を先行させたいという意向も働いたようだ。
(電子報道部 金子寛人)