女性に起業の機会 ケニアのモバイル送金「エムペサ」
携帯電話会社のサファリコム、SMSを活用
ケニアの携帯電話会社、サファリコムのモバイル送金サービス「エムペサ」の利用者数拡大が続いている。2007年のサービス開始以来、銀行口座を持つことが難しかった貧困層に受け入れられ、起業の機会創出にもなり、テクノロジーが途上国の社会問題解決に寄与した事例として評価されている。TICAD(アフリカ開発会議)の関連イベントに参加するために来日した、同社戦略・技術担当取締役で、グループの社会貢献活動を担うサファリコム財団の理事長でもあるジョセフ・オグトゥ氏に、エムペサ事業の現状と波及効果について聞いた。
携帯電話のショートメッセージ(SMS)で手続きや本人認証をする送金サービスの名称。Mはモバイルを指し、PESAはスワヒリ語でお金を意味する。実際の現金の出し入れはケニア全土に7万件あるM-PESAの代理店で行う。送金したい人は代理店で現金を渡し、自分の口座に入金する。そのうえで、お金を受け取る人の携帯電話番号と金額をSMSで送信する。受取人は、近くの代理店店舗でSMSの情報を見せてお金を受け取る仕組みだ。銀行がまだ十分に普及していない中、送金やお金の貸し借りが容易になった。金融サービスを得て、女性らが起業するのにも役立っているという。
エムペサユーザーは6年で1720万人に
--モバイル送金サービス「エムペサ」事業で知られています。
「4時間前に日本に到着したばかりだが、エムペサについて、すでに何度も尋ねられた。こんなにも日本で注目されているとは正直驚いている」
「サファリコムは2000年に、ケニア政府とボーダフォンの合弁会社として設立された。当初は政府が株式の60%を所有しており、ボーダフォンは40%だった。2008年に株式市場に上場し、現在の持ち分はボーダフォンが40%、ケニア政府が35%、そして25%が一般投資家だ」
「エムペサ事業は上場前の2007年3月に開始した。サービスの顧客に利便性を提供するために開始した事業で、収益を生むような事業だとは当初は考えていなかった。ユーザーの定着率を高めようという狙いだった。今では、エムペサのユーザーは1720万人まで増え、われわれにとって、最も大きな収益の柱になった」
--規模が拡大できた要因は何でしょうか。
「サファリコムが成功できたのは、非常に有効なディストリビューションネットワークを持っていたからだ。ケニア国内の相当不便な地域でも代理店がある。国中どこでもサファリコムのサービスは利用することができる。エムペサが6年間でゼロから1700万の顧客に成長できたのも代理店のおかげだ」
「市場占有率をみると、加入者数では65%だが、音声トラフィックの市場は77.5%、モバイルデータの72.6%。そして、エムペサというサービスがあるSMSでは市場占有率は93.7%にも達する。音声は横ばいだが、エムペサを中心とするデータ通信の伸びで業績は拡大している」
GDPの31%を送金
「ケニアでは、人口のかなりの部分はまだ銀行のサービスを受けていない。その分、エムペサの需要がある。エムペサを通じて行われる資金移動は、年間120億米ドルに達する。ケニアのGDPの31%に相当する規模だ。現在、75カ国を対象に、国際送金も始めている」
--銀行との関係はどうなっていますか。
「当初、銀行はエムペサを競合相手とみて、支援してくれなかった。しかし、エムペサが成功して以降、銀行はわれわれのサポーターになっている。彼らのプラットフォームを利用しているからだ。銀行口座を開く場合にも携帯電話で登録するだけでよい。そして、貯金をしたり、融資を受けたりできる。エムペサが切り開いた新たな市場だ」
「エムペサは現在、単なる送金にはとどまらず、利用シーンは増えている。例えば、スーパーで買い物したり、電気料金を支払ったりすることもできる。航空券を買うこともできる。また、給与を支払うこともできる」
「ケニアでは、金融取引の95%は現金取引だ。現金取引以外では70%がエムペサによるものだ。いかにエムペサが、地域経済にとって強力なものになったか、理解いただけると思う」
女性の起業や事業拡大に道開く
--エムペサは女性の利用者が多いと聞きました。
「われわれにとってうれしいのは、エムペサが女性にとって、母親にとって、意義のあるものになったことだ。われわれのような国では、女性は経済の中で非常に大きな役割を果たしている。女性こそが実際に農場に行き、農業を行う。女性が家畜の世話をし、牛乳を採取して売っている。エムペサで、女性が金融サービスに接する機会が増えている。事業を始め、拡大するチャンスがあるということだ。現在では、エムペサのユーザーのうち、55%程度が女性だ。男性よりも女性の方が多い。女性起業家が多い。2008年には38%だった」
「エムペサはわれわれの社会構造の中に組み込まれている。基本的な医療サービス、クレジット、小口預金、小口融資などのソリューションとして使われている。ユーザーは大変巧みにエムペサを使っており、最近、花嫁の持参金をエムペサで支払ったということを聞いて私も驚いた」
アフリカで存在感失った日本企業
--途上国の低所得者層を対象とするBOPビジネスに力を入れる日本企業は増えています。通信関連でもビジネスの機会はあるでしょうか。
「アフリカの成長については、この10年間くらい、いろいろ言われている。私は通信分野に20~30年関わっている。ノスタルジアで思い起こすのだが、1980~90年代、日本企業はこのセクターで非常に支配的だった。しかし、現在、私の感触では、アフリカのモバイル革命から、日本の企業は外されている。参加する機会はある。アフリカのモバルビジネスに取り組んでほしい」
(上田 敬)