「4K」は3Dの二の舞か、テレビ期待の星の価値と壁
2013年に入り、超高精細映像に関する放送や通信関連の大手事業者、家電メーカーによる取り組みが活発化している(図1)。衛星放送やケーブルテレビ(CATV)、ブロードバンドを用いて、家庭に超高精細映像を届けるための技術開発が本格化し始めているのだ。
4K映像を扱う本格的な商用サービスは2013年中にも始まる見込みで、2014~2016年には大手事業者による映像サービスが相次いで登場する可能性が高まっている(図2)。
ここにきて、米Apple(アップル)が開発中との観測があるテレビは、4K映像に対応するとのうわさも飛び交っている。真偽のほどは定かではないが、4K映像への期待の高まりを示すエピソードの一つだろう。
NHKやKDDIなどが超高精細の取り組みを本格化
4K映像は、主に解像度が3840×2160画素の映像を指す。フルHDの解像度を水平方向と垂直方向に2倍ずつ拡大した映像だ。海外では最近、「UHD(ultra high definition)」が、4K映像に対応する言葉として定着しつつある。
「主に」と書いたのには、理由がある。実は、4K映像には水平方向の解像度が高い、もう一つの定義があるのだ。4096×2160画素の映像である。この解像度は、映画関連の業界団体が「デジタル・シネマ」向けに定めたもの。映画館での上映や、映画コンテンツの配信に用いられている。
現在、放送や通信の事業者、家電メーカーが家庭向けの技術開発で注力する4K解像度は3840×2160画素である。NHKが「スーパーハイビジョン(SHV)」と呼んで技術開発を推進している8K映像は、この4倍となる解像度、すなわち7680×4320画素を備えている。
2013年2月には、CATV網を用いる超高精細映像の伝送技術の発表が相次いだ。いずれも、4K映像や8K映像を用いた映像サービスを視野に入れた新技術だ。日本放送協会(NHK)は山梨県のCATV事業者である日本ネットワークサービス(NNS)と共同で、KDDIはCATV大手のジュピターテレコム(JCOM)と共同で、それぞれ8K映像を伝送する技術を開発した。衛星放送大手のスカパーJSATも4K/8K映像を用いた放送の実現に向けて取り組む方針を打ち出している。
キーワードは「ブラジル」
日本国内だけではなく、海外でも取り組みが本格化している。ソニーは2013年1月、同年夏に米国で4K映像の配信サービスを始めることを明らかにした。韓国では、同国の公共放送局KBSやLG Electronics(LG電子)が4K映像を地上デジタル放送で流す実験に着手している(図3)。韓国Samsung Electronics(サムスン電子)や、米国のビデオ・オンデマンド(VOD)大手のNetflix(ネットフリックス)なども4K映像の配信実験を進めている段階だ。
テレビに加えて、スマートフォンやタブレット端末といった携帯端末でも4K映像の再生機能を付加する動きがある。
映像サービス事業者や家電メーカーが期待を寄せる大きなキーワードの一つは「ブラジル」である。2014年6~7月に開催されるサッカーのワールドカップ(W杯)ブラジル大会、2016年8月のリオデジャネイロ五輪を目指して、次世代の超高精細映像サービスを商用化する。特に日本では、これを掛け声にしたサービス導入計画の検討が進んでいる。
高精細化で映像サービスの付加価値向上目指す
総務省は、2012年11月に有識者や関連企業の関係者で構成する「放送サービスの高度化に関する検討会」を立ち上げた。この検討会で設けた超高精細映像に関する分科会で配布した資料では、サービスを立ち上げるために人的・資金的なリソースを集約した「オールジャパン」の推進体制が必要とうたっている。
既に4K映像を表示する機能を備えた大画面テレビやプロジェクターでは、テレビメーカー各社の製品投入が本格化し始めた。撮影用の4Kカメラも、多くのカメラメーカーによる製品化や開発が進みつつある。映画業界では、4K映像で撮影し、上映する取り組みが広がっている。
撮影装置や表示装置に加えて、放送や通信で4K映像を家庭に届けるインフラが整えば、ブラジルで開催される2つのスポーツイベントや、東京都が立候補している2020年の五輪などを多くの視聴者が超高精細映像で楽しむ環境は現実味を増す。
高精細化による新しいサービスで、映像関連サービスの付加価値を高め、サービスの加入や薄型テレビの需要喚起につなげたいというわけだ。
4K映像関連でCATVや衛星放送、通信関連の事業者による取り組みが活発な背景には、地上デジタル放送に比べて超高精細映像の新サービスを追加しやすいことがある。
CATVや衛星放送なら対応できる
超高精細な4K映像や8K映像は、現行放送で用いているHD映像に比べてデータ容量が大きい。これを地上デジタル放送で届けるための帯域を確保するには、現在の枠組みを大きく変更しなければならないとの見方が強い。これに対してCATVや衛星放送では、通信網の効率的な利用や、新しい衛星の活用など新技術で放送帯域を確保しやすい条件がそろっている。
例えば、スカパーJSATでは現在、動画圧縮技術「MPEG-2」で符号化(データ圧縮)している映像サービスを、2014年5月をめどに次の世代の圧縮技術「H.264/MPEG-4 AVC」に移行する計画だ。より圧縮効率の高い動画圧縮技術の採用で衛星放送の伝送帯域には余裕が出る。これを4K放送などに利用できるとみている。
NHKとNNSによる伝送実験では、分割した8K映像をCATVの複数の空きチャネルを用いて伝送し、受信機側で合成する技術を採用した。この技術を使えば、現行のCATV施設の構成を大きく変更することなく8K映像を伝送できるという。
2013年1月には、H.264の次を担う動画圧縮の国際標準方式「H.265(HEVC)」の技術も固まった。H.264の2倍の圧縮率を実現したこの技術を用いれば、現在の実験成果による伝送効率の向上をさらに前進できることは間違いなさそうだ。
サービス提供のハードルは高い
CATVや衛星放送では、外付けの「セットトップ・ボックス(STB)」という装置で新技術を導入しやすい利点もある。もちろん、表示装置に用いる4Kテレビへの買い替えを促す必要がある点は、地上放送と同じだ。
ただ、まだ始まっていない4K放送に対応していない既存の4Kテレビ(4K解像度を持つパネルを採用)でも、外付けの装置を追加することで4K放送の映像を表示できるようになる。今後安価になっていくであろう4Kテレビと外付け装置の組み合わせであれば、4K映像の視聴環境を整えやすい。
もちろん、家庭向けに4K映像を届けるには、受信装置の開発・製造に加え、4K映像対応の業務用放送機器を導入する先行投資がかさむ。このため、サービス事業者が超高精細映像のサービス提供に踏み切るハードルは高い。しかも、「HDが単に高精細になっただけでは、うまくいかない」という声は少なくない。よく引き合いに出される技術は、3次元(3D)映像だ。
多くのメーカーが3Dテレビを鳴り物入りで製品化したものの、専用メガネをかける煩わしさや、3D対応の映像コンテンツがあまり登場しなかったことなどを背景に、今のところ取り組みが成功したとは言えない。映画館での3D上映は増えたものの、家庭向けの映像サービスでは3D映像に注力する取り組みは拡大していない。4K映像も同じ轍(てつ)を踏むのではないかというわけである。
4Kテレビの本質は映像のみにあらず
ただ、4K映像の視聴環境には、3D映像とは異なる2つのユーザー体験があると指摘する声もある。
一つは、4K映像を表示する大画面テレビが実際に登場したことで初めて分かってきた映像の見え方の変化だ。数年前まで4K映像は100型を超えるような大画面でこそ威力を発揮するといわれていた。それよりも小さな画面では、臨場感や迫力を表現しにくいと思われてきたからだ。
この1~2年ほどで50~60型の4Kテレビの製品化が相次ぎ、実際に4Kテレビで表示した4K映像を視聴する体験をした業界関係者が増えた。これが、この"常識"を変えつつある。
家庭に置くのに無理のない画面サイズでも「精細度の高さによる立体感」や、「写真を見ているような実物感」を感じられるとの感想が出ているのだ(図4)。従来の常識とは異なる体験であるため、テレビや映像関連の技術者の間では「この見え方の変化は、科学的な検証が必要」という意見も上がっている。
3D映像と異なるもう一つのユーザー体験は、4K解像度では視聴者に提供できる画面上のワークスペース(作業領域)が拡大することである。文字情報やGUI(グラフィカル・ユーザー・インタフェース)を表示した際の精細感が向上すると同時に、現行のHD映像を画面上に配置する自由度が高まる。これが、いわゆる「スマートテレビ」のような新しいサービスで付加価値を生むというわけだ。
「きれい」だけでは売りにならない
4K映像で確実に言えるのは、これまでの常道だったスポーツイベントに期待する技術開発だけでは、薄型テレビの価格下落や、若年層を中心にした視聴者のテレビ離れに歯止めをかける強力な武器にはなりにくいということだろう。うわさが先行するAppleのテレビも、4Kだけが売りではないとの論調が多いようだ。
4K映像とその解像度によるユーザー体験を生かす新発想の映像サービスを創出する。この一歩先を行く取り組みが、映像サービス事業者や家電メーカーに求められている。
(Tech-On! 高橋史忠)
[Tech-On!2013年4月2日の記事を基に再構成]