被災地に植物工場、自然エネルギーを最大活用
グランパファーム 陸前高田で
編集委員 滝順一
東日本大震災で甚大な津波被害を受けた岩手県陸前高田市の沿岸部の一角に真っ白なドームが立ち並ぶ。地下水や太陽熱など自然エネルギーを最大限活用した植物工場技術を実証する国のプロジェクトの一環で建てられた。事業を担当する農業生産法人グランパファーム(本社横浜市)の山田篤志プロジェクトマネージャーと、コンサルタント役の三菱総合研究所の伊藤保主任研究員に事業の狙いと現状などを聞いた。
――8月上旬に初出荷し本格稼働を始めたそうですが、何を育てて、どこに出荷したのですか。
「フリルレタスやロロロッサなどサラダ用のレタス類を栽培し、地元のスーパーや大手スーパーの東北地域にある店舗、外食産業向けに出荷した。8棟の栽培施設がフルに稼働すると毎日450~500株出荷できる。年間を通じて同じ品質の野菜を同じ値段で供給できる。外食産業では値段は少々高くても安全安心な食品を求める声が強い」
――独特の円形ドームの特徴は?
「面積の有効活用が狙いだ。多くの植物工場では、長方形のパネルに苗を植えている。植物の生育に伴い株の間隔をあけるため置き換える必要があるが、独自に開発した円形水槽のシステムではそうした置き換えの手間が要らず、単位面積当たり約2倍の栽培ができる」
「直径20メートルの円形水槽で常時、1万4250株を育てる。円形水槽の中心部に新しい苗を植えると、苗を載せたフロートが回転しながら外周部に苗を順次押し出していく仕組みだ。周縁にいくほど株の間隔が広がるため置き換えなくても済む。ほぼ1カ月で最外周に達したところで収穫すればよい」
「人工光でなく太陽光で育てるのも特徴だ。直径約29メートルのドームは光を通すフッ素樹脂製の膜でできている。東京ドームと同じで空気圧で内側から膨らませ支える。膜は太陽光を散乱させるためドーム内では上方からだけでなく、様々な方向から満遍なく植物に光があたる。雪原や海上と同じで非常に明るく感じられるはずだ」
「内部の温度や湿度の管理はコンピューターで制御されており、必要な時に自動的に天窓があいたりミスト(霧)を噴き出したりして、栽培に最適な条件になるよう調節する」
――栽培を始めて想定外だったことは?
「苗を植えてから40日で出荷を予定していたが、1カ月でできることがわかった。グランパファームは神奈川県秦野市に同様のドーム型施設を持っているが、陸前高田の方が秦野より日照時間が長いことがわかった。また三陸地方は夜間に気温が下がり昼夜の寒暖差が大きい。レタスの栽培には適した条件がある」
――施設は政府(経済産業省)の支援で実現した。これを地域の復興につなげるには何が必要ですか。
「5年間の総事業費は4億8000万円で、昨年度の補正予算で3億円の補助金が出た。5年間の事業期間中に黒字営業ができることを実証し、事業として独り立ちできるようにするのが課題だ。初期投資が大きな事業なので、運転経費をできるだけ下げるため空調に地下水(ヒートポンプ)や太陽熱を活用している」
「実証事業の立ち上げでは、岩手県と陸前高田市からも支援を受けている。震災以降、農業を復旧しようにも担い手がなかなか戻ってこない。今、この施設では18人を新規雇用(うち17人が地元)したが、新しい農業のあり方を考えるシンボル的な存在にもなると考えている」
――東北地方ではほかに植物工場の取り組みはありますか。
「宮城県大衡村でトヨタ系の農業生産法人が県や村、セントラル自動車などと協力してパプリカ農場を新設した。これも震災復興のための国のプロジェクトのひとつで、セントラル自動車の自家発電の排熱を栽培に有効活用する試みだ」
陸前高田の沿岸部はがれきの撤去作業が今も進行中で空き地が一面に広がる。植物工場は海岸から少し離れた場所にある。岩手県の農業研究センター陸前高田分室の圃場跡に建てられ、隣接地には津波で壊された同センターの廃虚が残る。ドーム内に入るとまぶしいほどの散乱光の中に鮮やかな緑色のレタスが整然と並ぶ。ドーム外とはまさに別世界だ。
ホテルや外食産業では、安定した品質や見栄え、消費者に安心感を与えられることから植物工場の野菜を採用する例が増えていると聞く。自動化に加え、太陽光や地下水利用などで運転コストを抑えていけば割高感もなくなるだろう。露地で栽培していた農家の目には工場システムに違和感があるかもしれないが、農業の一つのあり方として定着し雇用拡大につながることを期待したい。