未完のサグラダ・ファミリア、IT駆使で工期150年短縮
建設ITジャーナリスト 家入龍太
筆者は今から約30年前の学生時代にバックパッカーとして、バルセロナで建設中のサグラダ・ファミリアに立ち寄ったことがある。当時は1882年の着工から既に100年が経過しており、「完成まであと200年くらいはかかる」といわれていた。いずれにしても、自分が生きている間には、完成はしないものと諦めたのを覚えている。
ところが現在、サグラダ・ファミリアの完成予定は、12年後の2026年と大幅に前倒しされている。筆者が生きている間に完成した姿を見られそうな気配になってきたのだ。
この予定が現実のものになれば、サグラダ・ファミリアは約144年の工期で完成する。1980年代に見込まれていた300年という建設期間は、この30年間で半減することになる。図面では表現しきれなかったこの建物の設計・施工に、3DソフトウエアやCNC加工機が使えるようになったことも、150年以上の工期短縮の大きな力になっているようだ。
逆さ吊り実験で構造解析
1882年に建設が始まったサグラダ・ファミリアは、直線、直角、水平がほとんどない外観に数多くの彫刻が網羅され、建物と一体化されている。
BIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング:コンピューター内にバーチャルな建物を構築し、その情報を設計・施工・管理など全プロセスで活用する手法)も、CNCの工作機械もなかった19世紀から、よくぞこのような複雑な建物をつくってきたものだと、巨匠アントニ・ガウディをはじめ、建設プロジェクト関係者には敬意を払いたい気持ちになる。
筆者が30年前に訪問したときには、数本の塔があるだけだったが、最近では急ピッチに建設が進み、2010年には大空間を持つ礼拝所が公開された。そこには、途中から枝分かれして天井に伸びる複雑な柱が林立していた。
柱は途中から球面の接合部材を介して、上方向に広がっている。しかも、柱の断面は連続的に変わっている。
石材に引っ張り応力が作用することは避けなければいけない。コンピューターもない19世紀には、FEM(有限要素法)などで数値解析をする代わりに、「逆さ吊り実験」を行って柱の形状などを求めていた。ワイヤーを構造体に見立てて上下に180°ひっくり返した模型をつくり、柱の先にはその上からかかる荷重に相当する重りをぶら下げる。
すると、ワイヤーでできた建物には引っ張り力だけがかかる形で安定する。この形を元に戻すと、柱などには曲げモーメントが発生せず、部材には圧縮力だけが作用するように設計できるという仕組みだ。
このように、サグラダ・ファミリアはワイヤーモデルによる逆さ吊り実験で部材の結節点座標を求める「3D構造解析」を行った後、大きいスケールの模型をつくり、それから現場での施工を行うという手間暇のかかる工程で建設されていたのだ。
地下の工房に3Dプリンターを発見
サグラダ・ファミリアの地下には併設の博物館がある。そこには大小様々な模型が数多く展示されており、まさに"模型の殿堂"という感じだ。
模型づくりは現在も行われている。地下にある工房では、3Dプリンターが設置されていた。
かつては手づくりの模型や、逆さ吊り実験によって構造計算をしていたのが、最近では3D CAD(コンピューターによる設計)やコンピューターによる構造解析に置き換わった。これが設計や模型の製作をスピードアップさせ、工期の短縮にも貢献しているのだ(筆者が現地を訪問したのは土曜日で、しかも8月のバカンスシーズンだったため、工房内での作業は行われていなかった)。
3Dプリンターでつくったと思われる模型は、「受難のファサード」側にガラスケースに入れて展示されていた。既に完成している部分は茶色で、これからつくる部分は白色に色を分けて造形されており、工事の進ちょくや完成後のイメージがよく分かるようになっている。
これを見ると、現在、完成している塔だけで相当高いが、今後、つくられる中央の塔はさらに巨大なものになることが分かる。
石柱の製作にCNC加工機
礼拝所の内部空間に立ち並ぶ柱の接合部分は、優美な曲線を帯びた石材が表面に施されている。
いったい、この部材をどうやってつくったのかと考えていたら、地下博物館のモニター画面に上映されていたビデオでその秘密が分かった。柱の3Dモデルから、CNC加工機によって石材を切削していたのだった。
まず、3Dデザインソフトで部材の原型をつくる。そして回転体と思われる立体を、原型部材に少し食い込むように配置し、ブーリアン演算の「引き算」により、重なった部分をカットする。
そのデータをCNCの石材加工機用のドライバーソフトに読み込んで、石材を切削するカッターの動きをプログラミングし、実際に石材を切削する。
世界で一番人気の工事現場
設計・施工にコンピューターが導入されただけではなく、正面入り口が設けられる南側の「栄光のファサード」などには、従来の石造りに代わって鉄筋コンクリートで造られている部分も目立つ。
3Dプリンターや3D設計ソフト、CNC加工機の導入とともに、構造部材に鉄筋コンクリートが多用されている現実は、時代の流れとはいえ、やや残念な気もした。その一方で、着工から現在まで、約130年が経過した工事現場として見ると、時の流れの重みを感じたりもする。
そこでは、当初の石積み構造からCNC加工による石材、鉄筋コンクリートなど、様々な工法や材料が混然一体となっている。早期に完成した部分は、既に経年劣化もかなり進み、施工中の部分との色彩にかなりの差が出ている。
サグラダ・ファミリアは、「世界で一番人気のある工事現場である」と言っても過言ではない。かつては資金不足のために建設作業が大幅に滞ったこともあったが、今は世界各国から数多くの観光客が、連日、長蛇の列をつくり、二千数百円の入場料を払って見学している。これらの観光収入は建設費に充てられる。潤沢な資金源が、工事の進ちょくを早めている一因である。
1985年、京都大学大学院を修了し日本鋼管(現・JFE)入社。1989年、日経BP社に入社。日経コンストラクション副編集長やケンプラッツ初代編集長などを務め、2006年、ケンプラッツ上にブログサイト「イエイリ建設ITラボ」を開設。2010年、フリーランスの建設ITジャーナリストに。IT活用による建設産業の成長戦略を追求している。家入龍太の公式ブログ「建設ITワールド」は、http://www.ieiri-lab.jp/。ツイッターやFacebookでも発言している。
[ケンプラッツ2014年9月3日付の記事を基に再構成]