米学会が若者に寝坊のススメ 眠気に打ち勝つ力(2)
「眠気に打ち勝つ力」の2回目は、学生さんの睡眠不足を取り上げてみたい。「毎晩夜更かしして、遅刻して、授業中は居眠りだと? たるんどる(怒)」。いやいやお父さん、「マズイと分かっているが、眠れない」そんな若者も多いことを知っていますか。その拳を振り下ろす前に、とりあえず最後までお付き合いのほどを。
若者は「眠くないから起きている」

最近公開された「健康づくりのための睡眠指針2014」では若者の夜型生活と睡眠不足が取り上げられ、夜中のスマートフォン(スマホ)を自粛するようにアドバイスしている。夕方から深夜にかけて浴びる光、特に青色波長の光は体内時計に働きかけて翌日の睡眠リズムを遅らせるため、ディスプレーからブルーライトを放つスマホを悪玉にあげることについて理がないわけではない。
実は筆者はスマホのブルーライトは大騒ぎするほどのものではないと考えているのだがその話は別の機会に譲るとして、じゃあスマホを取り上げれば若者の夜更かしが解決するかというとそんなことは決して無い。スマホの無い時代でも暗がりでオールナイトニッポンを夜な夜な聞いていた自身の体験から、筆者は強く確信している。「若者は眠くないから起きているのだ」と。
睡眠時間帯は年代によって変動するが、高校生から大学生にかけての思春期に最も夜型傾向が強まること分かっている。その正確なメカニズムは不明だが、性ホルモンなどが関与しているらしい。だからといって若者の夜更かし、夜遊びを正当化しようというのではなく、早い時間帯に寝つきにくい若者特有の体質が早寝を邪魔しているという科学的なお話しなので、まま、その拳をちょっと緩めて。
若者の「夜型化」は大学生になるまで進行する
思春期の夜型傾向は日本学校保健会のデータでも端的に見て取れる。中学、高校と進学するにつれて就床時間がドンドン遅れるのだ。一方で、登校時間は変わらないどころか遠距離通学の子供もいるため早まる始末。結果的に睡眠時間は大幅に短くなり、睡眠不足を感じている高校生は6割以上に達している。どうりで授業中に寝ている学生が多いわけである。

成長に伴う夜型化はいったい何歳頃まで進むのであろうか。その答えは「大学生になるまで」。
下の図は6万人の欧州人を対象にした睡眠習慣の調査結果で、登校や出勤の縛りがない休日の睡眠リズム(睡眠時間帯)をさまざまな年齢層でプロットしてある。図の縦軸は睡眠時間の中央時刻である。平日にたまった寝不足の影響は調整済みなので、体が求める自然な睡眠時間帯と考えて良い。例えば深夜0時に寝て、朝7時に起きる人の中央時刻は午前3時半(3.5)となる。図では10歳、もしくは50台半ばに当たる。もちろん睡眠時間の長さが違うので就床起床時刻は異なる。

ご覧の通り女性は19.5歳、男性は21歳の大学生で夜型のピークを迎える。21歳男性の平均中央時刻は5.5なので、7時間睡眠だとすれば寝つくのは2時で、目覚めるのは9時となる。しかしこの起床時刻では平日だと完全に「アウト」である。では、どうするか。ま、頑張って起きるしかない。厄介なのは、起床は目覚ましとお母さんのかけ声でなんとかなるが、寝つきだけはどうにもならないという点だ。お父さんが怒鳴っても逆効果なので、まま、抑えて抑えて。
基本的に睡眠不足なのだから早めに眠くなっても良さそうなものだが、夜型傾向が強いと夕食後にむしろ眠気が飛んでしまい、早寝につながらないのだ。「早寝早起き朝ご飯」は理想だが、若者の睡眠不足解消のかけ声にするにはちとハードルが高い。
若者に早寝早起きは酷。だから登校時刻を遅くしなさい
この問題について、ごく最近米国から興味深い話題が届いた。有力な学術団体の1つである米国小児科学会がティーンエージャーの登校時間について画期的な声明を出したのである。要約すると内容は次のようなものだ。
(1) 学業と心身の健康を維持するためには毎日8.5~9.5時間の睡眠時間が必要で、睡眠不足を昼寝や週末の寝坊で穴埋めするのは無理である。
(2) 思春期は人生で最も体内時計が夜型化する年代なので、(あくまで平均だが)23時前に寝て、朝8時前に目覚めるのは難しい。
(3) したがって睡眠時間を確保するためには現在の一般的な登校時間である朝8時30は早すぎるので、もっと登校時間を遅くするなど工夫が必要である。
なんと、早寝早起きではなく「寝坊のススメ」である。誤解されては困るので再度繰り返すが、夜更かしを勧めているのではない。生理的に早寝早起きが難しい年代であるから、努力だけでは限界がある、起床時刻が早いとどうしても睡眠不足になる、では制度変更で対応してあげよう、ということなのだ。
この声明を読んで、「今更遅いわい! 自分の学生時代に言ってほしかった」とうめき声を上げた方も少なくないはず。勉強やスポーツで忙しいのならやむを得ないが、生理的にマッチしない登校時間のために睡眠不足になって授業中寝ているのでは本末転倒である。米国には登校時間が朝7時前の進学校もあるそうで、いくら何でもむちゃである。小児睡眠学の専門家は登校時刻を9時にすることを勧めている。
さすが米国、提言をするための実証研究も既に行われており、始業時間が早いことにより学業成績の低下、メンタルヘルスの悪化、通学中の交通事故の増加などさまざまな問題が生じることが明らかになっている。そこで次のステップとして、始業時間を遅くすることでこれらの問題が改善されるのかチャレンジした学校があった。その結果を紹介しよう。
眠気が減り授業に集中、抑うつ感や倦怠(けんたい)感も改善へ
この試みは、米国ロードアイランドの私立校に通学している9~12年生(日本の中学3~高校3年生に相当)を対象に行われた。2カ月間にわたって始業時間をそれまでの午前8時から8時半へと30分遅くしたのだ。親の同意が得られた201人の学生が試験に参加している。
その結果、参加した学生の睡眠時間は試験前の平均7時間7分から7時間52分へと45分長くなり、授業中の眠気が顕著に減り、集中力が上がるようになったのだ。30分寝坊できるようにしただけで、なぜ睡眠時間が45分長くなったのか理由は明らかでないが、授業中の居眠りが減ったため早い時間帯に眠気が出るようになったのであろう。
実は、参加した学生にはさらに特筆すべき変化が見られたという。始業時間を遅らせることで抑うつ感や倦怠感が改善し、健康に対する不安を訴えることが少なくなり、学習や課外活動へのモチベーションが高まったのだ。逆に言えば、思春期の夜型体質のために睡眠不足に陥り、その結果、眠気だけでなくココロと体にさまざまな悪影響をこうむっている若者が多いことを如実に示した結果であった。
さて、お父さん、今回のお話しいかがだったでしょうか。「言い分は分かった。しかし夜更かしを正当化されたら困る、ウチの子には黙っとこ」。仕方がありません……でも拳ではなく少し優しく叱ってあげてください。いや、気味悪がってかえって眠れなくなるか。

1963年、秋田県生まれ。医学博士。国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所精神生理研究部部長。1987年、秋田大学医学部医学科卒業。同大精神科学講座講師、同助教授、2002年米国バージニア大学時間生物学研究センター研究員、米国スタンフォード大学医学部睡眠研究センター客員准教授を経て、2006年6月より現職。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事、日本生物学的精神医学会評議員、JAXAの宇宙医学研究シナリオワーキンググループ委員なども務めている。これまで睡眠薬の臨床試験ガイドライン、同適正使用と休薬ガイドライン、睡眠障害の病態研究などに関する厚生労働省研究班の主任研究者を歴任。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、日経BP社)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。
[Webナショジオ 2014年10月2日付の記事を基に再構成]