iPhoneの栄光、終わりの始まり 発売10周年
【シリコンバレー=兼松雄一郎】米アップルのスマートフォン(スマホ)「iPhone」が米国時間の29日、ちょうど発売10周年を迎えた。iPhoneの成功でアップルは世界有数の巨大企業になった。
大企業病の兆候はあるが、それでも製品は毎年確実に進化を遂げている。それを可能にした最大の要因は、創業者スティーブ・ジョブズ氏が築き上げた幹部と少数精鋭のデザイナーに権力を集中させる研ぎ澄まされた組織だった。だが、その相対的な優位性は少しずつ揺らいでいるように映る。
「自分はシンプルさをアップルのようには見ない。単純なシンプルさは美点であり、多くの顧客をつかむには適している。だが、単調になりやすい。私はある程度の複雑さを好む。本当に難しいのは『愛される複雑な製品』を作ることだ」。かつて米テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)に自身の美学について尋ねると、哲学者のような調子でこう答えた。
マスク氏は「我々はものづくり企業だ。生産を外に任せるアップルとは違う」と語る。アップルは自動車ほど「複雑ではない」リスクの小さい仕事をしていると言わんばかりだ。
確かにアップルのティム・クックCEOが築き上げた調達・生産委託のシステムは、かつての大手である米モトローラやフィンランド・ノキアの仕組みを洗練させたものでアップルの専売特許ではない。今や部品メーカーへの締め付けはテスラの方が厳しいぐらいだ。
ただし、製造を鴻海(ホンハイ)精密工業を中心とする電子機器の受託製造サービス(EMS)に委託しているとはいえ、そこに大量のロボット導入投資をし、IT(情報技術)製品向けのアルミ加工の量産技術を確立し、スマホの「デザインの文法」を生み出したのは間違いなくアップルの功績だ。
調達先、生産委託先の技術に深く精通したデザイナーが鋭い需要仮説を立て、消費者に問う。汎用部品は大量調達を理由に買いたたくが、デザイナーがどうしても必要だとみなした部品は高くても買う。既存部門の無条件の存続を拒み、音楽プレーヤー「iPod」のような必要性が薄れた製品はためらいなく廃止に追い込む。
調達などの部門最適を超越した特権的地位を少数の優秀なデザイナーに与えることでアップルは大企業病の弊害から比較的うまく逃れてきた。デザインと経営が深く結びつき、少数精鋭の幹部とデザイナーが利用者の目線に立ってまだない未来の製品の需要仮説を立てる。その打率の高さこそがアップルの最大の競争力と言える。
少数精鋭・秘密主義の強さ、岐路に
だが、今、少数精鋭・秘密主義の組織だからこそ可能だったアップルの強みは岐路に立たされている。一つはスマホの次の巨大市場になりうる自動車やエネルギー管理といった新分野で、アップルが発揮するはずだった強みをテスラが先に実現している点だ。
開発段階でのマーケティングデータの軽視。機能と美学を両立させるための執拗な細部へのこだわり。そして秘密主義。テスラとアップルには共通点が多い。社風に共通点がある両社間で社員の引き抜きも多い。
両社はスマホとソフト遠隔通信で機能が向上し続ける電気自動車(EV)という2つの製品分野で、普及初期に他社が追いつけないスピードで高い完成度まで仕上げることで付加価値を生み出した。そしてそれを支持する熱狂的な顧客がついている。昨年3月のテスラの新モデル予約開始時には店舗前にアップルのiPhone発売時のような行列ができた。アップルが自動車で驚きを生み出すのは簡単ではない。
さらに深刻なのは新機能の需要について仮説を立てる力で競合との差がじわじわと縮んでいる点だ。これには構造的な要因がある。
アップルに迫るオープン式の脅威
スマホに消費者が慣れていない段階では、素早く一貫した使用感を作り出せる少数精鋭・秘密主義のアップルのような組織が圧倒的に強い。だが、市場が成熟し規格化が進むと競争構造はゆっくりと変わっていく。外部も含めたより多くの開発者が関わるオープンな開発方式の方が製品開発の質と速度が上がる。利用者が膨大な数になるとサービスをどう使っているかのデータを短期間で蓄積し、仮説の優劣を検証し修正する過程を高速化できるからだ。
オープンな開発方式を支援する代表的企業、米レッドハットのジェームス・ホワイトハーストCEOは「ある程度製品が規格化され、関わる開発者が一定以上の規模になれば閉鎖的な開発体制よりオープンな開発体制が優位になるのは普遍的な原理だ」と指摘する。スマホにおける競合、韓国サムスン電子や米グーグル、中国メーカーに対するアップルの特別さは製品の成熟とともに徐々に失われていく運命にある。
iPhoneの10周年を飾る秋の新モデル発売でアップルの業績は過去最高を更新する可能性が高い。だが、その栄光の陰で緩やかな衰退の足音が迫っている。