これぞ「秘境駅」 四国のビッグ4はここに
道路はもちろん、集落からも遠く離れ、鉄道以外では到達することすら難しい場所にたたずむ駅がある。そんな駅を「秘境駅」と呼ぶ。かつては多くの利用客でにぎわった駅も多いが、道路の整備や自動車の普及に伴い、今では1日に停車する列車の数や乗降客数は数えるほどだ。全国に先駆けて人口減少が進む四国には、そうした秘境駅も多い。記者が独断と偏見で薦める秘境駅ビッグ4を紹介したい。
■マムシ注意
香川県と高知県を結ぶJR土讃線。その途中、標高300~1000メートルほどの山々が連なる讃岐山脈の山あいに、四国随一の秘境駅との声が名高い坪尻駅(徳島県三好市)がある。
高知から気動車に揺られてトンネルを抜け、駅があると思わしき場所に近づくと、木造の小屋とそれを覆い隠さんばかりのうっそうとした木々が見えてくる。「あれが駅?」――。噂には聞いていたが、あたかも自然の一部のように、実にひっそりと存在している。
降りたのは記者ひとり。急勾配や通過列車待ちのためにジグザグに敷設された線路「スイッチバック」を通って気動車が去ってしまうと、あたりは風のそよぎと鳥のさえずり、セミの鳴き声だけとなった。深い谷底にひとり置き去りになったようだ。次の列車は3時間後。周辺を散策してみることにした。
駅舎を抜けると、駅前の一等地であるはずなのに雑草が所狭しと生えている。倒れてさび付いた標識、そして「マムシ注意」の文字が書かれた看板が点在している。線路の反対側に目を転じると、ぼろぼろに朽ち果てた廃屋や投棄されたオートバイ……。そんな中、「木ヤ床(こやとこ)」と集落への道を示す看板を見つけた。
道には落ち葉が降り積もり、イノシシなど野生動物が通る「けものみち」のようだ。倒木を乗り越え雑草をかき分け、200メートルの高低差を歩くこと30分。13世帯23人が住む集落にたどりついた。
農家の山下順治さん(62)に話を聞くと「駅が開業した1950年当時は、野菜を運ぶ行商人や通学する学生らで1日100人ほどが利用していた」という。しかし、自家用車の普及や道路整備が進み利用者は年々減少。3年ほど前、定期的に利用していた最後の1人が高齢のため入院して以来、1日の乗降客数はほとんどゼロ人だという。
駅に戻ると、一眼レフカメラを片手に持つ男性(30)がベンチに腰掛けていた。そう、日常的に駅を利用する住民はいなくても、「西日本の秘境駅の横綱」(山下さん)として、全国から多くの鉄道ファンが訪れるのだ。男性は「何もない駅だが、ぼーっとしていると心が休まるし、昔のにぎわいを想像すると楽しい」と話す。
話を聞き、男性の隣に座って目を閉じてみる。瞑想(めいそう)すること1分。最初来たときに感じた、「谷底の朽ち果てた場所」という思いは消え去り、行商人や学生たちが毎日利用し、汽笛が鳴り響いていた往時のにぎわいが目に浮かんでくるようだった。
■廃線跡を歩いて
同じくJR土讃線の土佐北川駅(高知県大豊町)は、川にまたがる鉄橋の上にある。こちらも多くの鉄道ファンが訪れる。
かつて駅は鉄橋上ではなく、川沿いの山中にあったという。台風などの際に土砂崩れや地滑りで線路がふさがってしまう恐れがあったため、1986年に現在の場所に移転したのだ。北隣の大杉駅(同)からはかつて列車が走っていた旧線跡が残っている。
珍しい駅と旧線とを1度に楽しめる「おいしい」スポットなので、大杉駅からその旧線跡をたどり、約7キロの距離を歩いてみることにした。
ロッジ風にデザインされた大杉駅の駅舎を背に、現行線路に沿って土佐北川駅方面へ約400メートル歩いた地点で、旧線跡は現行線路と分岐する。1.5キロほどはコンクリートが敷かれており、地域住民の生活道路として使われているようだ。
大杉中央病院や大豊町中学校を右手に10分ほど歩くと、道路と旧線跡との分岐点に着いた。道路から離れることに一抹の不安を覚えつつも、迷わず旧線跡を選択。数分歩くと突然、目の前に鉄橋が現れた。
幅は3~4メートル、長さは100メートルほど、川面からの高さは20メートルほどあるだろうか。鉄路こそ敷かれていないが、土台の骨組み部分はしっかりと残っている。30年近くも前に使われなくなったとは思えない、赤褐色の美しいたたずまいに思わず息をのんだ。今でも保守用のためか歩道が併設されており、歩いて渡ることができる。
橋を渡ってさらに進むと、落石から線路を守る「ロックシェード」の遺構を発見したので入ってみる。高さ4メートル、幅3メートルほどだろうか。足元に目をやると、両手で抱え上げられるくらいの大きさのコンクリートの塊があった。シェードを構成していた部材の一部だろう。
トンネルの遺構や、資材置き場として使われていたとおぼしき小屋が残る道なき道をさらに進むと、約2時間で土佐北川駅の裏側にたどりつく。川面から約十数メートルの高さに位置する駅からは、1級河川の穴内川と四国山地が一望でき、川からの風が涼しく感じられる。休日であれば河原でバーベキューを楽しむ家族連れの姿も多く見られる。
ただ、旧線跡はぬかるみや鋭いとげを持った植物が生えていて危険が伴う。現行の線路のすぐ近くを通る箇所も少なくなく、一歩間違えれば大きな事故につながりかねない。訪問する際には細心の注意が必要だ。
■「新幹線」との出会い
最後に取り上げるのがJR予土線、家地川駅(高知県四万十町)だ。高知県西部にある「最後の清流」四万十川の近くにあり、土佐くろしお鉄道中村線のターミナル駅、窪川駅から10分少々で到達できる。100メートルほど離れて見ると、まるで公園にある公衆トイレのように見える。1974年開業で、もちろん駅員は常駐していない。
坪尻や土佐北川駅に比べ、正直なところそれほど「秘境度」は高くない。しかしあえてこの駅を選んだのは、四国旅客鉄道(JR四国)が3月に運行を始めた観光列車「鉄道ホビートレイン」が停車するからだ。
鉄道ホビートレインは普通列車に使われる「キハ32型気動車」を、外見だけ初代新幹線「0系」に似せたラッピング列車。最高時速は85キロと200キロを超える本物には遠く及ばない。運行本数は1日5~7本だ。
しかし、その1両編成の列車が家地川駅に近づくと、普段は閑散としている駅周辺の風景がどことなく華やいだように感じられる。車両内には旧国鉄時代の機関車や客車、歴代新幹線の模型を展示するショーケースも設置している。本物の初代0系の座席も一部に使用しているという。
近くに住む農家の槙野章さん(59)は「3月の運行開始後すぐに乗った。『かっこいい』と孫が喜んでいた」と目を細める。東京から訪れた男性(62)は「新聞で見てからずっと来てみたかった。山の中の風景と新幹線のデザインとの相性が最高」と息を弾ませていた。
交通機関の一部としての実用的な役割をほとんど終え、周囲の自然に返りつつあるようにも見える秘境駅。秘境駅を訪れて自然の静けさに身を任せ、栄枯盛衰の歴史に思いを巡らせたり、時折走る観光列車をのんびり眺めたりしてみるのもいい。(高松支局 古賀雄大)