バレンタインチョコ、売れ残りの心配は?
専用商品の比率下げる
まず専用売り場を展開するコンビニや食品スーパー大手に問い合わせてみた。ところが「(対応は)お断りしたい」(大手コンビニ)、「担当者が多忙でお答えできない」(大手スーパーチェーン)と、一様に口は堅かった。
ならばと章司が訪れたのは、流通やマーケティングを分析する流通経済研究所(東京都千代田区)。店頭研究開発室長の山崎泰弘さん(40)は「売れ残った場合は、値引き販売するなどして店頭で処分するのが基本です」と教えてくれた。
メッセージカードなどは翌年も使えるが、チョコには賞味期限があるため難しい。「100円ショップやディスカウント店に回ることはないのですか」と章司が疑問をぶつけると「一度店頭に並んだものを送り返すのはコストがかかるので難しいです」と山崎さん。
バレンタイン関連はチョコの年間販売額の約2割を占めるといわれる。売れ残りは損失になるが、仕入れが少なすぎるのも経営にとっては問題だ。商品が店頭にないばかりに売れるチャンスを逃すことを「機会損失」と呼ぶ。どちらも起きないよう、ニーズを見極めて発注することが重要になる。
「そういえば、最近はチョコの値引きセールを見なくなった気もする」。次に章司は大手菓子メーカーの明治に向かった。バレンタイン商戦担当の菊池二郎さん(41)は「今は専用商品はほとんどありません。手作りチョコの材料になる板チョコなどレギュラー商品に力を入れています」と教えてくれた。
1990年代後半ごろまでは、大手各社はチョコの詰め合わせなど専用商品を出荷していた。包装紙や売り場の人員なども店側に提供し、販売を競っていたという。だが過当競争に陥って利益を出しづらくなり、徐々に廃れた。「板チョコなら一年を通じて売れる。賢い戦略ですね」と章司。
「チョコの手作り市場が拡大しているのも追い風です」と菊池さん。10年ほど前から女子学生を中心に、友人同士でチョコを贈り合う「友チョコ」の習慣が広がってきた。お金をかけず多くの人数に配るため、小分けのチョコを作って贈るのだという。
江崎グリコがまとめた「バレンタイン事情2013」で確かめると、10~20代の独身女性のうち8割弱が「手作りやアレンジしたチョコをあげた」と回答していた。中高生に限れば、9割近くにも達していた。
料理レシピサイトのクックパッドにも聞いてみると「毎年1月からバレンタイン前の時期が、年間を通じて最も閲覧数が多いです」(広報)。
「学生の頃とは様変わりだな」と章司は驚いた。事務所で報告書をまとめていると、所長が首をかしげた。「贈答用や高級品を手掛けるメーカーは事情が違うんじゃないのか」
メリーチョコレートカムパニー(東京都大田区)を訪れた。経営戦略室長の川島孝雄さん(45)は意外な話をしてくれた。「最近はバレンタイン向け商品がホワイトデー商戦でも売れるのです」
「でも男性と女性では好みが全く違うはず」。驚いた章司が疑問をぶつけると「最近は女性に贈ることも想定して、昔とデザインはがらりと変わりました」との答え。
増える商戦、発注は控えめ
「論より証拠」と川島さんは商品カタログを見せてくれた。動物キャラクターやパステルカラーなど、若い女性が喜びそうなパッケージが目立つ。売れ筋はロシアの民芸人形マトリョーシカをかたどった箱の「ショコラーシカ」。黒や茶色などを基調としたかつてのデザインとは対照的だ。
「チョコをもらうのは男性だけ、という時代じゃないのか」。章司は博報堂生活総合研究所の小原美穂さん(41)にも意見を求めた。「最近では"女性がチョコを楽しむ日"としての性格を強めつつあります」
同研究所が20代以上の男女に実施する「生活定点」調査によると、バレンタインデーにプレゼントを友達間などで「贈る」「もらう」とした女性の割合は増える傾向にある。「デパートなどでは1月からチョコ売り場が設置され、自分へのご褒美として買う人も多いでしょう」(小原さん)
一方で男性は「もらう」人の割合がじわりと減った。企業の「虚礼廃止」の動きが広がり、義理チョコを贈る習慣も廃れつつある。調査会社マクロミルが実施した「働く男女のバレンタイン実態調査2013」によると、今年上司に義理チョコを贈る20~30代女性の割合は34%で、4年前より18ポイントも低下した。
また若年層にまで携帯電話やメールが普及し、「愛の告白」をチョコに託す女性も減っているようだ。
再び流通経済研究所の山崎さんに聞くと「季節商戦は年を経るごとに変化していくものです。企業は柔軟に適応していかなければなりません」。伝統的な正月のしめ飾りなどが廃れつつある一方、受験生向けの菓子や夜食、節分の恵方巻き、ハロウィーンなど新たな商戦が定着し始めている。
季節商戦が増え、それぞれの商戦では控えめに商品を発注するようになった。昔ほど店舗は在庫不足による機会損失を恐れなくなったと山崎さんは指摘する。複数の商戦でリスク分散できるというわけだ。
事務所で報告すると、所長が納得した様子で章司に一言。「君が毎年チョコをもらえないのは、モテないからじゃなかったんだな」
<バレンタイン商戦 本格的な定着は1970年代前半>
欧米ではバレンタインデーに、男女が花や菓子など様々なプレゼントをする習慣がある。日本には1950年代後半からこの習慣が紹介されることが増え、女性から男性にチョコレートを贈るという日本独特の形で根付いていった。
早くからバレンタイン商戦を始めた企業の一つがメリーチョコレートカムパニー(東京都大田区)。当時の社長の息子がパリに住む知人の手紙でバレンタインの習慣を知り、58年にデパートで板チョコを売り始めた。ただ当時は全く知られておらず3個しか売れなかったという。
翌年にはチョコの形をハート形に変更し、「年に一度、女性から男性へ愛の告白を!」というキャッチコピーを付けて宣伝をした。ほぼ同時期に、不二家や森永製菓なども販売に乗り出している。さらにこうしたメーカーの動きを当時の女性誌が相次ぎ紹介したことなどもきっかけに「女性から男性へ」贈る習慣が広がっていったようだ。
当初はイベントとしては盛り上がらなかったが、本格的に定着したのはチョコ生産量が拡大した70年代前半といわれる。40年近くを経て、バレンタインデーに託す人々の思いは多様化している。
(畠山周平)
[日経プラスワン2013年2月9日付]