電子書籍で私も作家デビュー 個人向け出版サービス広がる
誰もが作家気分に――。インターネットを通じて個人がオリジナル作品を電子書籍として出版できるサービスが広がっている。表現やテーマに関係なく、電子書籍専用端末やスマートフォン(高機能携帯電話=スマホ)で読める作品が簡単に作成できる。出版社に持ち込んでの書籍化は難しいが自分の作品を読んでくれる人はきっといるはず。そんな思いをかなえるサービスだ。
ブログ作成感覚で
「通常の漫画では認められない技法を使えるのが魅力です」。東京都大田区の高田頌子さん(27)は、事務の仕事のかたわらpaperboy&co.(ペイパーボーイ&コー、東京・渋谷、佐藤健太郎社長)が提供する電子書籍作成・販売サイト「パブー」を使って漫画を執筆している。
パブーは2010年にスタート。現在読者を合わせて約5万人が利用する。誰でも無料で執筆でき、サイト上で電子書籍用のファイル形式に自動変換して販売できる。小説や絵本、漫画、写真集など集まった作品は2万6000以上。高田さんは5作品を刊行、3万5000件ダウンロードされたものもある。
高田さんの漫画の特徴は鉛筆の線を生かした温かみのある絵柄。通常の漫画作品で刷り上がりを鮮明にするために必要な、下書きの線をインクでひき直す工程を省いている。高田さんは「漫画制作が未経験な私でも自由に表現できることが楽しい」と話す。
作品ができあがれば公開するのは簡単。タイトルや概要などを設定するとページが自動で作成され、ブログを作るのと同じような感覚でテキストデータや画像を挿入していく。
販売価格も自分で決められるが、パブーではトラブルを避けるために無料~3000円で設定。価格の70%が作者の収入になる仕組みだ。ただ、全作品の約7割は無料で公開されており「たくさんの人に読んでもらうことを目的にしている人が大半」(ペイパーボーイ&コー専務の吉田健吾氏)のようだ。
現在主流の電子書籍のファイル形式は主にパソコンやスマホ向けの「PDF」と電子書籍端末用の「EPUB」の2種類。パブーは双方に対応している。
ネットサービスのカヤック(神奈川県鎌倉市、柳沢大輔社長)が手がける電子書籍作成・販売サービスの名称は「Paberish(ペイバリッシュ)」。読書端末を米アップルのスマホ「iPhone(アイフォーン)」に限った「スクロールブック」という形式で発行するのが特徴だ。作者はパソコンで執筆と販売を管理し、読者は専用アプリを通じてiPhoneに書籍をダウンロードする。
自分の知識をお金に
登録・執筆は無料で、販売価格の4割が作者の収入になる。カヤックが想定する利用者は「紙の書籍にするほどの需要は無いが、珍しい知識や特殊な技術を持った人」(広報の松原佳代さん)。商業ベースに乗らなくても手軽に自分の知識をお金に変えられることも、個人向け電子書籍出版サービスの魅力の一つだ。
アップルも今年1月から、自社のタブレット(多機能携帯端末)「iPad(アイパッド)」向けの電子書籍を作成できるパソコン用ソフト「iBooks Author(アイブックス・オーサー)」を無料配布している。テンプレートに沿って簡単に制作が進められ、文字や画像に加え映像も掲載できる。
作品はiPad向けだけでなく、PDFとして発行することも可能。アップルが運営する「iBookstore(アイブックストア)」を通じて販売することもできるが、現状では手続き案内が英語に限定されており、本格普及にはまだ時間がかかりそうだ。
キングジムが手がける「wook(ウック)」など、校正や装丁デザイン代行といったプロの手を借りられる有料サービスも相次ぎ登場している。もうすぐ読書の秋。心に秘めた思いを電子書籍にしたためて作家デビューするのも夢ではない。
(産業部 秦野貫)
[日本経済新聞夕刊2012年8月23日付]
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