ルーズヴェルト・ゲーム 池井戸潤著
会社が舞台の手に汗握る展開
企業小説も小説の一種だから、魅力的なキャラクター、興趣をそそる導入部、テンポのいい展開、意想外の結末など、他のエンタテインメント小説と同じく、小説ならではの面白さが大事なのは言うまでもない。それに加えて、企業小説にはリアリティがとりわけ必要なのではないか。そこに登場する会社の成り立ちや現在の立ち位置、それに時代的背景や景気の動向、業界の趨勢などがどこまで現実味を帯びているかである。
池井戸の直木賞受賞作『下町ロケット』は、小説として面白いだけでなく、舞台となる会社の姿が活(い)き活きと描かれていた。
最新作『ルーズヴェルト・ゲーム』の舞台になるのは中堅の電子部品メーカー青島製作所。先代の青島毅が町工場から立ち上げ、企画開発力を生かして、非上場ながら売上500億円の会社に成長させた。
時はいま、製造業に重くのしかかる不況を背景に、迅速かつ徹底的なリストラが求められている。一方、デジカメやスマホ人気に伴う新規需要を切り開くべく開発研究が進行中だ。コンサルタント出身の2代目社長細川充を軸に苦闘の日々が続く。そこに、ライバルのミツワ電器が合併の提案を掲げて攻勢をかける。
一方、創業者が「会社がひとつになるように」と創設した名門野球部も主力選手が抜け、苦しい試合を続けている。それでも、新監督の下、思わぬ逸材を得てチームは起死回生の戦いに挑んでいく。しかし、状況はいっこうに好転しない。銀行は融資の条件として聖域なきリストラを要求してくる。企業としての存続も危ぶまれる事態に、野球部も廃部寸前まで追いつめられていく。
窮地に追い込まれた会社と難問を抱えて戦う野球部、ふたつのドラマが並行して進む。敵役を含めて、味のあるキャラクターが勢揃(ぞろ)いし、手に汗握るシーソーゲームを展開する。そして終盤、思いがけない救世主が登場する。胸をなで下ろしながら、気持ちよく読了した。
最後に、青島が経営者の心得として語る言葉が心に残った。
「いまこの会社の社員として働くことに、夢があるだろうか。彼らに夢や幸せを与えてやるのもまた経営者の仕事だと思うんだが」
(書評家 松田哲夫)
[日本経済新聞朝刊2012年4月1日付]