「絶対必要」を見抜く 米ベンチャー成功の原動力
物事の本質を見極める(前編)
米国のベンチャー企業が成功するかどうかを左右する重要な能力として「共感力(Empathy)」が注目を集めている。これは、物事の本質を理解する力で、目に見えている現象にとらわれず、人々が本当に求めている結果を見極め、それをプロデュースするために必要となる重要なスキルだ。
子どもたちを救え!
はじめに一つの事例を見てみよう。
GEの医療機器部門で働く主任技術者は、子供用MRI(磁気共鳴画像装置)の性能向上と装置の小型化に日々多くの時間と知恵を使っていた。その技術者がある日、自分が誇りを持って設計した機器を実際に使っている病院を訪問した。だが、そこで待っていた光景はショッキングなものだった。
病院には、仰々しい検査装置と検査中の大きな音におびえて泣く、多くの子どもたちの姿があった。たかだか10分程度の検査のために、80%もの子どもは鎮静剤の投与を受けていた。子どもへの鎮静剤の投与は呼吸停止など合併症のリスクもあり、非常に危険であることを考えると、これは深刻な問題だ。
そこで、病院に通う子どもたちが、「どのような心理で病院に通っているのか」「病気を持つことでストレスを感じていることは何なのか」「治ったら何をしたいのか」といった、心理カウンセリングの調査を実施した。
すると、多くの子どもたちは、「健康な子どもがうらやましい」「自分もキャンプやスポーツして楽しみたい」という願望をもっていることを発見した。技術者が目指していた小型の装置や、プロセスの短縮を求めているわけではない。
この結果を受け、病院では入院して検査を受けるプロセス自体を、あたかも冒険に出るかのような経験に転化することにした。病院の壁や設備を宇宙船のようにしたり、キャンプ場のようにしたり、物語のお城のようにしたりしたのだ。
これにより、病院にいくという行為を、あたかも"ディズニーランドに行く""キッザニアに行く"という楽しい体験に近いイメージに変えることに成功。驚くべきことに、鎮静剤を必要とする子どもは1%以下になった。
子どもが"本当に抱えていた問題"を理解することで、鎮静剤という子どもの体に危険な薬を取り除くことができたのだ。
本質を理解する「共感力」
こうした物事の本質を理解する能力、これを「共感力」と呼ぶ。
"Learning about people"(人間について学ぼう)
つまり、人間への深い理解が世の中の問題を本質的に理解することにつながるという考え方だ。この共感力は、前回の記事でも取り上げたデザイン思考でもっとも重要視している能力の一つとされている。
目に見える現象や論理的な問題を解決する能力も大切だが、ある事象を深く分析し、物事の本質を理解して、実際に求められている結果をプロデュースする共感力のスキルはそれ以上に重要だ。
とはいえ実際に、"問題の本質"に迫ることは難しい。これまで多くの企業が、「プロダクトアウト」(作り手の論理を優先する企画方法)や「マーケットイン」(顧客視点の企画方法)といった、様々なマーケティングのスキルを利用して、新商品やサービスの開発を手がけてきた。だが、その効果については、調査のやり方や解釈の仕方で大きく変わってくる。
表面的な部分にとらわれるワナ
私が以前に投資したベンチャー企業では、マーケティング会社を雇い、大勢の友人をテストユーザーとして囲って、開発中の製品についてフィードバックをもらっていた。製品の説明をする過程で、なぜこのような製品を考えたのか、どのような工夫を凝らしたのか、ときにはどれだけ時間とお金をかけたのかを丁寧に説明していた。
実はその時点で、このフィードバックの結果は、全く当てにならないことが分かる。
それだけ考えられた商品であれば、あからさまにそれを否定するような意見を言うことは、日本人でなくとも心理的に非常に難しい。本音を言うことを当てにしている友人も、当然欠点をあげにくい状況になっており、どうしても無難な回答に終始することは確実である。予想通り、フィードバックは極めてポジティブで、いざ商品開発、市場デビューとなった。
誰もが期待したデビュー。全米の多くの販売店で商品が並べられ、我々投資家もその瞬間で期待値はピークを迎え、うまくいくと思える状況はすべてそろっていた。しかし、商品は全く売れず、結果は不良在庫の山であった。
調査やフィードバックで見落としていたのは、対象としているユーザー群が、既に多くのサービスや商品の消費に時間を費やしており、この新しい商品のために実際に"新しく時間を作る"と期待することが現実的でなかった点だ。
その商品を単体として評価する上では、非常に面白いものだった。ただ、貴重な時間を配分するとなると、行動は変わってくる。商品の斬新さや、面白さ、機能の充実ばかりに時間を費やしていたが、問題の本質はそこではなかったのだ。
「nice to have」と「must have」
問題の本質を探るにあたっては、単に多くの調査をしても真の発見には至らないことが多い。デザイン思考の考え方によれば、1000人に広範なマーケティング調査を行うよりも、3人にじっくりと本音で語り合った方が、ユーザーの理解と、より良い商品開発やサービス向上に役立つという。量よりも質の方が大事ということだ。
この考え方は何も商品開発だけでない。ベンチャー投資に関しても、投資先として検討しているベンチャーの「技術やサービスが本当に社会に必要なのか?」「ユーザーが存在するのか?」「お金を払ってまで利用すべきものなのか?」といった本質的な問題の理解が不可欠である。ややもすると我々ベンチャー投資家は、ベンチャーの技術や経営者に一目ぼれをして、ビジネスとしての判断や投資としての観点を曇らせることになる。
そんなときに、冷静になるための口癖が、
"Is this a nice to have or must have?"(これはあると便利なものなのか、それとも絶対に必要なものなのか?)
である。
この「nice to have」(あると便利なもの)と「must have」(絶対に必要なもの)を見分ける力。これこそ共感の能力そのものだ。
「絶対必要」こそが成功の鍵
最近米国のベンチャーを見ていると、この「must have」の発見能力が非常に高いと感じる。
世界的に売り上げ減少に悩むデジカメ業界においても、「GoPro」という過酷な環境でのスポーツやアウトドアでの動画の撮影に特化した商品を作ることで、その世界の消費者を虜(とりこ)にした。プロのスノーボーダーやサーファーにとっては、それこそ「must have」の商品になったのだ。
流行の健康機器にしても、デザインをシンプルにしたり機能を極力しぼったりすることで、特定のユーザーの心をつかむことに成功し(例えばサイクリング愛好者、マラソン愛好者など)、結果的に長期にわたって商品を使ってもらうことに成功している。いずれも、多機能高性能に走りがちな、日本の大企業とは逆の発想である。
これは、リソースも少なく、機能をしぼらざるを得なかったベンチャー特有の事情もあるが、その結果、少ないコアユーザーの深い理解と、解決する課題の明確化につながっているとすれば、示唆に富む。
次回は、この共感力を用いた実例と、実際にどうすれば共感力を高めることができるのかについて考えてみたい。