ほぼ全品、基準値以下 福島の農産物とどう向き合う
原発事故から2年以上
東日本大震災に伴う東京電力福島第1原子力発電所の事故から2年以上がたつが、福島の農業は依然として厳しい状況が続いている。福島県が実施している農作物の放射能検査では、ほとんどが国の基準値以下という結果。しかし消費はなかなか回復しない。福島の農作物とどう向き合えばいいのだろうか。
「安全基準を満たしているのだから、気にならない」(中学生と高校生の子どもを持つ40代女性)
「以前福島で食べた野菜がおいしくて忘れられない。その野菜が値崩れしているのを見るのは忍びないので、ここで野菜を買っている。今も食べるとおいしい」(60代女性)
放射能「心配ない」
東京・下北沢にある「ふくしまオルガン堂」。福島県産の農作物を販売し、それらを使った昼の定食なども出す小さなカフェだ。6月下旬、食事をしていた人たちに「放射能は心配ないか」と聞いてみると、「心配ない」といった答えが次々と返ってきた。
カフェは福島県内の有機農家でつくるNPO法人福島県有機農業ネットワークが今年3月に開いた。同ネットワーク東京事務所の高橋久夫さんは「福島の農産物はきちんと検査していることと、有機農作物のおいしさを知ってもらうことが店の目的」と話す。
産地直送の新鮮な野菜をふんだんにつかった昼の定食は毎回ほぼ売り切れる。「この店の野菜の味を知るとほかで買えなくなる」と言ってくれる客もいる。人気は上々だ。
同ネットワークは東京の荒川区役所でも毎週火曜午後と水曜に福島の有機野菜などの販売会を開いている。区職員労組と区の協力を得て地下の食堂前の一角が即席の売店となる。客は区職員とそれ以外の人が半々。
毎週買いに来るという居酒屋経営の男性(61)は「少し高いけど、新鮮で長持ちする。店でも出している」と言う。桃など単価の高いものが入荷すると1日の売り上げが10万円に達することもある。こちらも順調。
ところが世の中全体の状況は異なる。福島県によると、品目によってばらつきもあるが、県産農作物の出荷量、単価は震災前の水準を下回ったまま。「特に単価が震災前の6~7割の水準でなかなか元に戻らない」(農産物流通課)。荒川区役所での販売を手伝う区職員労組の白石孝さんも「関心を持って支援しようという人とそうでない人の温度差が大きい」と感じている。
価格が戻らない理由としては、消費者離れのほかに、農家に対する東京電力の損害補償もあるとみられる。補償があることを前提に安値で買いたたかれてしまうのだ。そのような農作物は外食など業務用に多く流れるともいわれる。ただ補償はいつまで続くかわからない。
このままでは農業の復興は難しいとして、県も対策を講じている。その柱は情報提供。ネット上に「ふくしま新発売。」というサイトを立ち上げ、ほぼすべての品目の農林水産物について産地別、日にち別に放射能の検査結果を表示している。
今のところ「99%の農作物が基準値(放射性セシウムが1キログラム当たり100ベクレル)以下であり、その大半は測定器による検出限界未満」(農産物流通課)。基準を超えているのは野生のキノコ、山菜などに限られる。基準を超えたものは出荷されない。県では安全性をPRするテレビCMも増やすという。
福島県有機農業ネットワークの菅野正寿代表も「こういう状況が正しく消費者に伝わっていないのではないか」と考える。ふくしまオルガン堂では野菜の品目ごとに、例えば「測定器の検出限界1キログラム当たり10ベクレルで不検出」などと表示をしている。
現地の努力知って
検査のみならず、生産段階でさらに放射能の影響を抑えようとの取り組みも始まっている。ネットワークでは各地の大学の研究者らと共同で栽培条件による影響の違いなどを調査中だ。
菅野代表は「これなら自分たちも食べて大丈夫というものを懸命につくってきた。そういう現地の努力も知ってもらいたい。現地を見てもらいたい」と訴える。
ただ「低い放射線量だからといって安全とはいえない」といった専門家の意見や、「子どもには食べさせたくない」といった母親たちの根強い不安があるのも事実。
福島大学の石井秀樹特任准教授は「放射能を怖いと思いながら無理して食べてもおいしくない。まずは放射能とはどういうものか理解を深め、そのうえで判断してもらうことが大切。厳密、科学的に食品の放射能を測定している現場を見てもらうだけでも認識が変わることもある」と語る。
食品にかかわる問題は放射能以外にも農薬や保存料、遺伝子操作、病原体など様々ある。またそもそも汚染の原因は国策として推進してきた原発の事故だ。ただ単に福島の農作物を取り除けばそれで済むといった問題でもない。すべての人が納得する答えはなさそうだが、正確な情報を得たうえでどうすべきか目をそらさず考えていきたい。
基準値以下 「奇跡」の原因は土
原発事故によって土壌が放射能で汚染されたにもかかわらず、福島産の農作物から放射能はわずかしか検出されていない。チェルノブイリの原発事故の際はより強い作物の汚染があったもよう。一部研究者の間ではこの状況が「福島の奇跡」と呼ばれている。
「奇跡」を起こしたのは土。「ここの土は粘土質で、木の葉などの腐植した有機物が多く、カリウムも多く含んでいる。このような土はセシウムを吸着し、作物へ移行させない」(福島大の石井特任准教授)ことがわかってきた。チェルノブイリとは土の質が違うのだという。
このため、土で育てる一年生の野菜やコメなどの汚染は極めて少ない。これに対し木になる実などは樹皮についたセシウムが移行することもあるようだ。ただし、福島特産の桃などについては樹皮をはぎ、高圧水で洗うなどの対策によって、放射能は基準値や検出限界以下の状態となっている。(編集委員 山口聡)