パワー半導体で逆襲、日本の産官学がつくばに集結
車・家電の大幅省エネを実現へ、人材育成にも注力
半導体メモリーで韓国、台湾勢に敗れた日本のエレクトロニクス産業が、省エネルギー化のカギを握る次世代のパワー半導体で反転攻勢に出る。産業技術総合研究所と富士電機、住友電気工業、アルバックなど16社、筑波大学がパワーエレクトロニクスの共同研究体を設立。シリコン半導体に比べて電力損失が少ない次世代の炭化ケイ素(SiC)半導体の開発を加速。オールジャパンで開発に取り組むことで、製品化までの期間を短縮し、世界市場制覇を狙う。
富士電、住友電、アルバックなど16社が参加
産学官が新たに設立した「つくばパワーエレクトロニクスコンステレーションズ(TPEC)」の研究開発拠点がある茨城県つくば市の産総研つくば西事業所では、専用ラインで炭化ケイ素デバイスを製造している。
初年度は企業が研究開発費として7億9000万円、設備費用など12億9000万円を投じ、11テーマについて企業からの出向者など106人の研究者が開発に取り組む。
電力を発電してから電気自動車や太陽光発電、鉄道、デジタル家電などで消費するまでの間に電流を交流から直流に変えたり、電力を上げ下げしたりと多くの電力変換が繰り返されている。この間に最大50%程度の電力損失が生じているという。
電力変換器の省力化のカギを握るのがパワーデバイスの性能だ。これまではシリコン半導体を使ったものだったが、性能には限界が見えてきた。
シリコンの性能を上回るのが、炭化ケイ素や窒化ガリウムというワイドギャップ半導体。高温で使用でき、大きな電圧をかけたり、大電流を流すこともできるため、電力損失を劇的に減らすことが可能だ。
SiC採用で電力損失を約90%削減
三菱電機はインバータのトランジスタとダイオードをシリコンから炭化ケイ素に置き換えたら、電力損失を約90%抑えることができたとしている。
従来のシリコンを炭化ケイ素に置き換えたインバーターの実用化が進めば、10年後には日本だけで原発4~10基分の省エネを達成できるとの試算もある。シリコンを炭化ケイ素に置き換えると、高温で動くので冷却する必要がなくなり、インバーターを小型・軽量化できるメリットもある。
ところが、これまで低損失の電力変換器の開発は思うように進んでいなかった。質のそろった炭化ケイ素ダイオードやトランジスタを大量にユーザーに提供できなかったからだ。TPECの組織長で、産総研先進パワーエレクトロニクス研究センターの奥村元研究センター長は「信頼性の高いトランジスタとダイオードを安定して量産する体制を整え、ユーザーに安定供給できるようにしたい」と意気込む。
すでに炭化ケイ素ダイオードの供給は始めており、7月以降、MOSFETの実費での供給も開始する予定だ。
日本企業はパワーデバイス分野の特許では50%を超えるシェアを誇るが、パワーデバイスの売上高シェアは約30%と開きがある。特許をビジネスにうまく結びつけられない傾向がある。
新興国との価格競争に陥らない先端品を
このままでは半導体メモリーや液晶パネル、太陽光発電パネルと同様に将来は韓国や台湾など新興国に価格競争で敗れる恐れがある。
日本は次世代のパワーデバイスを使った応用製品を早急に開発する必要がある。
奥村氏は「日本は良いウエハーができたから、デバイスを開発し、製品化するという流れで開発を進めてきたが、欧米はスマートグリッドをやるという大目標をたててから、研究テーマを決めるという流れを取る。日本とは逆。応用製品をいかに開発するかが世界シェアを握るポイントになる」と指摘する。
TPECは基礎研究と製品化までの間に横たわる「死の谷」をつなぐ組織。基板、装置、デバイス、実装材料、ユーザーが集まっており、各用途にあった電力変換器に使うアプリケーションスペシフィックパワーデバイス(ASPD)の開発を急ぐ。
共通する基盤技術は手を握って開発するが、各社の技術者が持つ"秘伝のたれ"はとっておき、基盤技術に味付けをして各社が製品化するという戦略を取る。
富士電機の江口直也・技術開発本部長は「自社だけで応用製品を開発するよりリスクを抑えられる。炭化ケイ素デバイスの市場を最短で切り開けると判断した」とTPECに参加した理由を語る。
TPECは研究開発だけでなく、パワーエレクトロニクス分野の若手人材の育成にも力を入れる。パワエレ分野では大学の教官も学生も不足しているからだ。
TPECは今夏、サマースクールを開き、その後、インターンシップも計画している。
「研究拠点には産業界だけでなく30人程度の学生が研究している。オンザジョブトレーニングの場にしたい」とTPECの岡田道哉事務局長は言う。学生が研究テーマを持って教育を受けながら、スキルも身につけ、産業界に入っていくという流れを作るのが目的だ。
筑波大に企業の寄付講座も開設
基礎的な研究課題で企業が手を出しにくいところは、企業が筑波大学に「TIAパワエレ連携寄付講座」を開設して研究を進める。将来は筑波大学大学院にパワエレのコースを設けることも検討中だ。
炭化ケイ素市場は開発が順調に進めば、5年後には600億円から700億円程度に拡大するとの予測もある。ただ、将来、韓国や台湾、中国といった新興国がコスト競争に打って出ることを頭に入れておかなければならない。
特許庁は昨年4月にまとめた「グリーンパワーIC」の特許出願技術動向調査報告書の中で、新興国への対応として「常に新しい研究開発に取り組み、ASPDを深化させ、技術的先進性を確保し、そこで産み出される成果を有望な海外市場を含めて特許化する」ことなどを提言している。
(編集委員 西山彰彦)