ソーシャルゲームが直面する「次の試練」
ゲームジャーナリスト 新 清士
消費者庁は先週末、携帯電話などで遊ぶソーシャルゲームで使われている「コンプリートガチャ(コンプガチャ)」が景品表示法に照らして違法にあたるとの認識を正式表明した。すでにグリー、ディー・エヌ・エー(DeNA)などプラットフォーム事業者6社は、コンプガチャの取り扱い中止を共同発表しており、消費者庁による指導前に自主対策を行った形を作った。しかし事態がすべて収束した訳ではない。ゲームに偶然性を持ち込み、人を熱中させてしまう要素である「射幸性」をどの程度認めるのか。つまり今度は、国家公安委員会が管轄する風営法における合法性が問われる局面に入っていく。
6社の連絡協議会は、ゲーム健全化の対策として「未成年者保護」と、アイテムをオークション(競売)サイトなどで換金する「リアルマネートレード(RMT)の禁止」などの実施案を定めていた。消費者庁が景表法を通じて指導できるのは二点。コンプガチャのような景品に類するものへの規制か、カードの出現確率を明示するといった表示方法への指導のみだ。
同庁はカードなどの出現確率をどの程度にすべきなのかという「射幸性」そのものへの制限を規定する権限は持っていない。それならば、社会的に受け入れられる射幸性とはどう考えるべきなのか。誰が規制すべきものなのか。
難しい「射幸性」の定義
参考になるのが、カジノなどのギャンブル(ゲーミング)が歩んできた歴史だ。国内外の事情に詳しい国際カジノ研究所の木曽崇氏はこう語る。
「ソーシャルゲームに確率性がある以上、射幸性はある。ここまで社会的に注目されると行政としては何らかの枠組みを作らざるを得ないだろう」。さらに同氏は、「行政サイドの具体的な動きは分からないが」と前置きしつつ、「(警察庁を管理する)国家公安委員会が関心を持っているように見える」という。
ソーシャルゲームがユーザーの射幸心を利用したサービスを展開しているとなると、警察庁が問題視している「賭博性」と「反社会的勢力の入り込む余地」が存在しているからだ。
「射幸性」を規制する根拠は風営法(風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律)だ。ゲームに関係するのは、パチンコやパチスロに適用される「7号」と、アーケードゲーム機やゲームセンターが対象となっている「8号」という区分が存在する。
風営法には「射幸心」という言葉が明確に出てくるが、その内容について法案では規定されていない。「射幸性を定義することは難しい。パチンコでは、すでに60年近く議論が行われているが、答えがない」(木曾氏)
公安委員会も射幸心は時代によって変化するという認識だが、7号と8号には決定的な差がある。「7号」が射幸性を含めビジネス全体を管理されるのに対し、「8号」は指導監督を受けつつも自主規制に任されているからだ。
国家公安委員会に管理される「射幸心」
7号は「国家公安委員会規則で定める基準」によって、射幸心の内容について踏み込んで管理される。
例えばパチンコでは、現在は「打ち込み6000個(1時間)の出玉率の上限が200%」など確率が厳しく制限されている。時代によりこの内容は変わり、パチンコ・パチスロの機械は制度で決められた確率で機能するかどうかの試験を通らなければならない。
ゲームセンターなどのアーケードゲームを対象とした8号の場合は7号ほど厳しい基準は適用されない。業界団体のJAMMAなどが「国家公安委員会規則」に基づく自主ガイドラインで審査をし、認証シールを貼ることでゲーム機を販売できる。
ただし、この規則には「射幸心をそそる遊技の用に供されないことが明らかであるものを除く」という一文が入っており、公安委員会が射幸心を煽(あお)っているゲーム機ではないことを担保している形をとる。管理下にあることは変わらず、同時に状況に応じて規制が行われる潜在的な可能性がある。
RMTを通じた反社会的勢力との争い
ソーシャルゲームの場合、こうした国家公安委員会による管理が望ましいのだろうか。また的確な管理が可能なのだろうか。
例えば、カードバトルゲームで入手できるのは、貨幣価値を持たないデジタルデータであり、本来は換金できるたぐいのものではない。
現在はコンプガチャ問題に話題が集中しているため、カードバトルゲーム全般に問題があるかのような誤解を招きがちだが、世界では様々なソーシャルゲームが存在し、パズル、ロールプレイングゲーム、アドベンチャー、アクションなど、多種多様なゲームが登場している。
国家公安委員会がゲームの問題性を精査する際のポイントは、「換金が絡んだ賭博性が確実にないか、反社会組織が結びつく問題を抱えていないか」(木曾氏)という点だという。
だとすると、RMTの市場が存在していると賭博性が発生することになる。グリーはRMT対策の実施によって、4月23日、オークションサイトへの「探検ドリランド」のカード出品数を56%減らすことができたと発表した。各社とも同様に「完全禁止」の取り組みを進めている。しかし一部でも換金性が残っていると規制の対象となる可能性は残る。
最大の問題は換金市場の地下経済化
パチンコでは、特殊景品を利用して出玉を金銭に換えられる「三店方式」と呼ばれる仕組みがある。パチンコホールで勝った人が景品を取得し、それを景品交換所で現金に換える。景品問屋はその景品を買い取り、またパチンコホールに卸す。
木曽氏によると、かつてはパチンコで勝った人が得るタバコなどの景品を店外で安値で買い取る業者が存在し、彼らはそれをパチンコホールに高値で売りつけることで裏社会の資金源にしていた。「三店方式」はそれを防ぐ苦肉の解決案として認められていったのだという。
RMTをすぐにゼロにすることが難しい以上、RMTの行為自体をゲーム会社のサービス内で認める形にして、ユーザーが獲得したアイテムを一定額で売り買いする仕組みを作るように指導される可能性がある。そうすれば、「RMTから悪質な業者を排除して、地下経済化しない形で管理できる」(同)
これだと「8号」もしくは、さらに厳しい「7号」に指定され、完全に管理されたゲーム運用を求められる可能性がありうる。ソーシャルゲーム業界にとって望ましいシナリオではないだろう。
海外のプラットフォーム企業はどう対応する
また、国境をまたいでゲームサービスを展開する際には複雑な問題も生まれる。
現在、国内のソーシャルゲームではプラットフォームとしてグリーやDeNAといった日本企業の名前が挙げられるが、実際には米アップルや米グーグル、米フェイスブックなど海外に本社を持ちながら、日本でも同様のサービスを提供している企業が多く存在する。これらの企業に日本のローカルルールをどう適用するかという課題も浮上してきそうだ。
実際、アップルは韓国当局がすべてのゲーム販売に事前審査を求める「ゲームレーティング制度」を受け入れなかった。このためアップルは韓国でiPhone向けゲームを「ゲーム」というカテゴリーに入れず、「エンターテインメント」と分類することで審査を回避した。その後、韓国ではスマートフォンなどに提供されるゲームは、後から何か問題が発生した際にチェックするという制度変更が行われた。
日本のソーシャルゲームのみがローカルルールに縛られるというねじれた状態が生まれたり、国内の規制に対応したサービスしか持たないために海外での競争力がそがれるといった事態も起こりうる。
問われる長期的なユーザーとの関係
海外のギャンブルは法律に基づいたライセンス制度をとっており、「反社会的な組織が入り込まないように制度設計されている」(木曽氏)という。
どの国でも「未成年者が遊べないようにする保護措置」、「ユーザーが不利益を被る不正行為がないことへの保証」、「定められた払い戻し基準通りに実施されているか」などが定められている。例えば、米国ニュージャージー州ではユーザーへの払い戻し率は85%(ただし、総額のパーセントであり、ユーザー一人当たりが手に入れることができる金額は、当然異なる)。
定義の難しい払い戻し基準を除けば、ソーシャルゲームでも同様の業界基準の策定が求められるべきだろう。
ギャンブルにおける顧客満足度の指標は、「一人のユーザーがいくらお金を使ってくれているか」で測られるという。ただ、この10年では、短期的な収益を上げることよりも、「生涯にわたってどの程度遊び続けてくれるのかの累積(ライフタイムバリュー)が、指標とされるように変化してきた」(同)。
現在のソーシャルゲームは3~6カ月という短いサイクルで飽きられる傾向がある。3年程度という短期間で急成長した分野だけに、ユーザーと長い付き合いをするという考え方がゲーム会社に少ない傾向があったのも事実だ。
現在のソーシャルゲーム業界は重要な岐路にある。健全な産業として社会に定着し、ユーザーとの長期的な関係をどう結んでいくかが問われる時期に入っているからだ。
自主規制だけで社会に受け入れられるのか、監督官庁の指導を受けながら進めるのか、もしくは、関連する法律の制定を求めていくのか、などの選択肢がある。コンプガチャの問題は一里塚にすぎず、ソーシャルゲームの発展に向けて新たな試練が待ち受けている。
1970年生まれ。慶應義塾大学商学部及び環境情報学部卒。ゲーム会社で営業、企画職を経験後、ゲーム産業を中心としたジャーナリストに。国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)副代表、立命館大学映像学部非常勤講師、日本デジタルゲーム学会(digrajapan)理事なども務める。
また、グリーが設置した外部有識者が議論する「利用環境の向上に関するアドバイザリーボード」にメンバーとして参加している。