熱い方程式を解く
【特殊解】 方程式にマナブ
『真夏の方程式』を解いたのが湯川学であるのならば、コーヒーの「おいしさの方程式」を田口護と共に解くのは旦部幸博である…と思っていた。だが、発売前にトーハンが示した共著者は湯川ならぬ駿河学(芸名:笑福亭鶴瓶)であった。ありえない? 全ての現象には必ず理由がある。旦部幸博は変人ガリレオではなくて『ディア・ドクター』だったのであろう。そのように、本を読む前から方程式に‘マナブ’べき。実におもしろい。…実に‘おいしい’。
『コーヒー おいしさの方程式』 (田口護・旦部幸博:著/NHK出版:刊)
【基本解】 手頃な方程式
『コーヒー おいしさの方程式』は、『田口護の珈琲大全』(2003年)・『田口護のスペシャルティコーヒー大全』(2011年)に続く、《いわば『大全シリーズ』の第3弾》(p.8)ではあるが、《本書はスペシャルティコーヒーを扱う本ではない。スペシャルティコーヒーをも含めたコーヒー全体を俎上にのせ、旧著で述べたことをおさらいする中で、科学的な分析検討を加えた本である》(p.11)という。だが、前著『田口護のスペシャルティコーヒー大全』にして既に《「スペシャルティコーヒー・大全」の題を名乗りつつ》も、《田口氏のブレーントラストである旦部幸博氏(「百珈苑」主宰)の卓越した見解と氏による精緻な資料を鏤(ちりば)め掲げ》、《『田口護・旦部幸博の新版・珈琲大全』と改題して構わないほどに旦部氏が寄与》(以上「進取の新種」:『帰山人の珈琲漫考』)していたのである。したがい、本書『コーヒー おいしさの方程式』は、前2著に改訂も追補も施した集大成である。加えて、版型も売価も小さくして手頃感が増したことも、『コーヒー「こつ」の科学 コーヒーを正しく知るために』(石脇智広:著/柴田書店:刊/2008年)に比肩し、或いは超えると推重する。実に‘おいしい’。
【一般解】 危険な方程式
『コーヒー おいしさの方程式』は、‘毒’を含んだ危険な文言が平然と綴られていて、実におもしろい。例を挙げれば、《…スペシャルティコーヒーの登場はあまりに劇的だった。それもパナマ産“ゲイシャ”という新顔のコーヒー品種を伴っての登場である。(略)ここまでアメリカ人好みの“役者”が揃ってしまうと、誰か仕掛け人がいて、あらかじめシナリオを用意していたんじゃないか、なんて勘ぐってしまう》(p.26)、《たとえばハリオV60円錐ドリッパーに湯を入れたあと、中をガラッとかき混ぜて抽出したりします。(略)…無頓着な彼らの荒っぽいいれ方を見ていると、私なんか『だったら、最初から別の道具を使えば?』なんて思っちゃう》(p.149)など。《技術者と科学者が手を結んだら》(p.2)《理論と実践がぶつかって火花を散らす》(p.4)《見どころはそこです》(p.5)と旦部氏は言うが、憶測を嫌い騒動を避けたい科学者(である旦部氏)から‘毒’を含んだ危険な本音を引き出すことに本書はある程度まで成功している。取材と文を担当した嶋中労氏が火花を散らした苦労の詮であり、本当の《見どころはそこ》であろう。そして、こうした《見どころ》は、根拠のない盲信にしがみつく老耄の反発や、「いい感じ」を寄せ集めて悦に入る豎子の反感をあぶり出すに違いない。業界人や愛好者としての読解と度量が測られる点でも、《コーヒーについての書物としては最先端をゆくエポックメイキングな本といえるだろう》(p.11)か?
【特異解】 方程式にツッコム
『コーヒー おいしさの方程式』は、理論と知見の宝庫ではあるが、やや鮨詰め状態の感も否めない。例えば、「システム珈琲学」のコーヒー豆のタイプ別分類に関しては、前著から抜粋しているが、本書の構成上では特にBとCのタイプの分類特性を把握し難い。さらに踏み込んで言えば、スペシャルティコーヒーの「出現以後(アフター)」は流通する生豆のロットが(スペシャルティとは呼ばれないコモディティコーヒーも含めて)小さくなっていて、そのためであろうかロット毎のバラつきが激しくなって、《一部の豆には個別対応を強いられるが、大半は概ね枠に収まってくれる》(p.101)と本書が言うほどに事態は甘くない。タイプ別分類自体が大きく間違っているとは思わないが、タイプの判別方法に再度大きな梃子入れが必要な時期は近い、と思える。意地の悪い言い方をすれば、前前著『田口護の珈琲大全』では、《一般にコーヒーは1ハゼの手前(水分が抜けたところ)で若干縮み、1ハゼで初めてふくらむ》(大全p.46)、《ハゼというのは豆が収縮・膨張してハジけることで、このハゼによって豆は大きく膨らむ》(大全p.75)としていたが、本書『コーヒー おいしさの方程式』で、《1ハゼのときに、『豆がポップコーンのようにハゼると同時にふくらむ』と唱えている人がいますが、それは違います。豆がふくらみ表面のシワがのびるのは1ハゼのわずかに手前から》(p.85)とあっさり正す姿勢があれば、「システム珈琲学」の修整も望みたくなるのである。ここでは理論が実践に先行している。実に‘おいしい’。
【無理解】 熱い方程式
『コーヒー おいしさの方程式』は、とにもかくにも実におもしろい。例えば、直火式焙煎について、《直火式に共通する別の香り》を、《一種の煎りムラ》(以上p.76)と表している点は、私の推論に極めて近い(私自身は好みも実践も「直火」である)。こうした客観的推論に遊んでこそ、《どんな“ご利益”を引き出すかは、あなた次第である》(p.3)という言に乗れるというものだろう。『コーヒー おいしさの方程式』は、実に‘Hot’(熱い)である。かつて、サイエンスフィクション(SF)界ではトム・ゴドウィンとジョン・W・キャンベルによって「冷たい方程式」(The Cold Equations)が生み出されたが、今般、コーヒー界に出現した話は、真冬にこそ発刊されたものの中身はいわば「熱い方程式」(The Hot Equations)である。『コーヒー おいしさの方程式』には、《一種の煎りムラ》がある。実に‘おいしい’。
『真夏の方程式』を解いたのが湯川学であるのならば、コーヒーの「おいしさの方程式」を田口護と共に解くのは旦部幸博である…と思っていた。だが、発売前にトーハンが示した共著者は湯川ならぬ駿河学(芸名:笑福亭鶴瓶)であった。ありえない? 全ての現象には必ず理由がある。旦部幸博は変人ガリレオではなくて『ディア・ドクター』だったのであろう。そのように、本を読む前から方程式に‘マナブ’べき。実におもしろい。…実に‘おいしい’。
『コーヒー おいしさの方程式』 (田口護・旦部幸博:著/NHK出版:刊)
【基本解】 手頃な方程式
『コーヒー おいしさの方程式』は、『田口護の珈琲大全』(2003年)・『田口護のスペシャルティコーヒー大全』(2011年)に続く、《いわば『大全シリーズ』の第3弾》(p.8)ではあるが、《本書はスペシャルティコーヒーを扱う本ではない。スペシャルティコーヒーをも含めたコーヒー全体を俎上にのせ、旧著で述べたことをおさらいする中で、科学的な分析検討を加えた本である》(p.11)という。だが、前著『田口護のスペシャルティコーヒー大全』にして既に《「スペシャルティコーヒー・大全」の題を名乗りつつ》も、《田口氏のブレーントラストである旦部幸博氏(「百珈苑」主宰)の卓越した見解と氏による精緻な資料を鏤(ちりば)め掲げ》、《『田口護・旦部幸博の新版・珈琲大全』と改題して構わないほどに旦部氏が寄与》(以上「進取の新種」:『帰山人の珈琲漫考』)していたのである。したがい、本書『コーヒー おいしさの方程式』は、前2著に改訂も追補も施した集大成である。加えて、版型も売価も小さくして手頃感が増したことも、『コーヒー「こつ」の科学 コーヒーを正しく知るために』(石脇智広:著/柴田書店:刊/2008年)に比肩し、或いは超えると推重する。実に‘おいしい’。
【一般解】 危険な方程式
『コーヒー おいしさの方程式』は、‘毒’を含んだ危険な文言が平然と綴られていて、実におもしろい。例を挙げれば、《…スペシャルティコーヒーの登場はあまりに劇的だった。それもパナマ産“ゲイシャ”という新顔のコーヒー品種を伴っての登場である。(略)ここまでアメリカ人好みの“役者”が揃ってしまうと、誰か仕掛け人がいて、あらかじめシナリオを用意していたんじゃないか、なんて勘ぐってしまう》(p.26)、《たとえばハリオV60円錐ドリッパーに湯を入れたあと、中をガラッとかき混ぜて抽出したりします。(略)…無頓着な彼らの荒っぽいいれ方を見ていると、私なんか『だったら、最初から別の道具を使えば?』なんて思っちゃう》(p.149)など。《技術者と科学者が手を結んだら》(p.2)《理論と実践がぶつかって火花を散らす》(p.4)《見どころはそこです》(p.5)と旦部氏は言うが、憶測を嫌い騒動を避けたい科学者(である旦部氏)から‘毒’を含んだ危険な本音を引き出すことに本書はある程度まで成功している。取材と文を担当した嶋中労氏が火花を散らした苦労の詮であり、本当の《見どころはそこ》であろう。そして、こうした《見どころ》は、根拠のない盲信にしがみつく老耄の反発や、「いい感じ」を寄せ集めて悦に入る豎子の反感をあぶり出すに違いない。業界人や愛好者としての読解と度量が測られる点でも、《コーヒーについての書物としては最先端をゆくエポックメイキングな本といえるだろう》(p.11)か?
【特異解】 方程式にツッコム
『コーヒー おいしさの方程式』は、理論と知見の宝庫ではあるが、やや鮨詰め状態の感も否めない。例えば、「システム珈琲学」のコーヒー豆のタイプ別分類に関しては、前著から抜粋しているが、本書の構成上では特にBとCのタイプの分類特性を把握し難い。さらに踏み込んで言えば、スペシャルティコーヒーの「出現以後(アフター)」は流通する生豆のロットが(スペシャルティとは呼ばれないコモディティコーヒーも含めて)小さくなっていて、そのためであろうかロット毎のバラつきが激しくなって、《一部の豆には個別対応を強いられるが、大半は概ね枠に収まってくれる》(p.101)と本書が言うほどに事態は甘くない。タイプ別分類自体が大きく間違っているとは思わないが、タイプの判別方法に再度大きな梃子入れが必要な時期は近い、と思える。意地の悪い言い方をすれば、前前著『田口護の珈琲大全』では、《一般にコーヒーは1ハゼの手前(水分が抜けたところ)で若干縮み、1ハゼで初めてふくらむ》(大全p.46)、《ハゼというのは豆が収縮・膨張してハジけることで、このハゼによって豆は大きく膨らむ》(大全p.75)としていたが、本書『コーヒー おいしさの方程式』で、《1ハゼのときに、『豆がポップコーンのようにハゼると同時にふくらむ』と唱えている人がいますが、それは違います。豆がふくらみ表面のシワがのびるのは1ハゼのわずかに手前から》(p.85)とあっさり正す姿勢があれば、「システム珈琲学」の修整も望みたくなるのである。ここでは理論が実践に先行している。実に‘おいしい’。
【無理解】 熱い方程式
『コーヒー おいしさの方程式』は、とにもかくにも実におもしろい。例えば、直火式焙煎について、《直火式に共通する別の香り》を、《一種の煎りムラ》(以上p.76)と表している点は、私の推論に極めて近い(私自身は好みも実践も「直火」である)。こうした客観的推論に遊んでこそ、《どんな“ご利益”を引き出すかは、あなた次第である》(p.3)という言に乗れるというものだろう。『コーヒー おいしさの方程式』は、実に‘Hot’(熱い)である。かつて、サイエンスフィクション(SF)界ではトム・ゴドウィンとジョン・W・キャンベルによって「冷たい方程式」(The Cold Equations)が生み出されたが、今般、コーヒー界に出現した話は、真冬にこそ発刊されたものの中身はいわば「熱い方程式」(The Hot Equations)である。『コーヒー おいしさの方程式』には、《一種の煎りムラ》がある。実に‘おいしい’。
コメント
to:シマナカロウさん
帰山人
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[2014年01月19日 11時08分]
労師、「蘭平物狂」の伴義雄は後には薬学の泰斗となりました(嘘!)、したがって‘物狂い’なんぞ伴の後を追っているタンベ氏に委せます。
私のは「葉隠」の‘死狂い’、「珈琲道は死狂いなり…気違いになりて死狂いするまでなり…忠も孝も入らず珈琲道においては死なり」と思うております。
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帰山人様
いやあ、さすがに帰山人閣下。すばらしい論考です。
この本には〝一種の煎りムラ〟がある、と結ぶなんぞ
実に洒落てます。閣下は「コーヒー物狂いの世界」に
屹立する至宝であります。直言居士の鑑であります。
どうか長生きなさってください。