「学生の根強い大企業志向~」とか、「学生と中小企業のミスマッチを解消するためには~」といった類は、昨今の困難極まる雇用情勢の原因を就活生に転嫁するための定番として幅広く使い回されているわけです。学生に限らず近年ある程度マトモに就職活動をした人であれば、「大企業志向云々」みたいな決まり文句が筋違いであることは何となく分かっていると思いますが、一方で幸いにして就職活動の必要性から遠ざかっている人の中には「学生が中小企業に目を向けないのが問題だ、ミスマッチの解消が必要だ!」などと勘違いを続けている人もいるのかも知れません。
よく「中小でも優良な企業はある」「中小企業は採用意欲が高い」などと言われています。確かに、中小企業にも優良企業と呼べるものはあるでしょう。そして求人倍率など統計を見る限り、採用に積極的な中小企業が少なくないとも言えそうです(ただし求人開拓業務によって創り出されたカラ求人が存在することも考慮される必要があります)。ただし「中小でも優良な企業はある」「中小企業は採用意欲が高い」の両方のお題目が真であるとしても、「優良な中小企業が積極的に採用を行っている」ことにはなりません。両者は別個に独立して存在するものであり、むしろ重なり合わないことが多いことは直視されるべきです。
中小でも優良な企業と言われますと、例えば岩波書店などそうでしょうか。岩波書店と言えば「岩波書店(から出版した)著者の紹介状あるいは社員の紹介があること」と、真面目に勉強して大学教授との付き合いがあれば甚だ容易な応募条件を掲げたところ変に話題を攫ったりもしたわけですが、応募のハードルは低くとも採用人数は極小、狭き門であることに変わりはありません。岩波書店は中小企業ですが、採用に積極的ではなさそうです。少なくともコンサルの類が奨めるように中小企業に目を向ければ就職先が広がるかと言えば、実際に学生が直面するのは荒れ果てた大地なのだと考えた方が良さそうに思います。
そもそも「優良な」企業とは何なのか。働く人にとって「優良」と呼べるかどうかを計る物差しとして、よく離職率を見ると良いと言われます。しかし離職率を遺漏なく公表している中小企業というのも想像しにくいところ、では代わりに何を目安とすべきでしょう。面接時に職場を見学して、中高年が多かったら、その会社は「あなたが中高年になっても働ける職場」であることを示唆します。逆に若者ばかりであったなら「あなたが中高年になった頃には追い出される職場」である可能性が高いです。総じてブラックと呼ばれる企業は、社員の若さを売りにしていますね。中高年を追い出して若者の雇用機会を創出する、それがブラック企業というものです。
あるいは、事業規模と採用人数を比べてみることです。事業規模に見合わぬ大量の採用を予定している場合、その企業は世間の話題を攫わずにはいられないほどの急速な規模で業績を拡大しているのか、もしくは離職者が相次いで絶えず人員補充の必要に迫られているかのどちらかと考えられます。知名度の低い中小企業であるにも関わらず大企業並みの人員を採用しているとしたら、その分だけ代わりに辞めた/辞めさせられた人がいると推測されるべきでしょう。つまり、採用に積極的な中小企業は危険、可能な限り応募は避けるべきということですね。
反対に言えば、採用に消極的であれば中小でも優良企業と呼べる可能性が高いと考えられます。新たに人を採用する必要に迫られていない、すなわち離職者が少ない職場ですから。中小企業にも優良企業はある、かつ離職率が高い分だけ代わりの人員を採用する意欲に溢れている中小企業ですが、中小でも優良であることと採用に積極的であることは必ずしも両立しないばかりか、むしろ背反する可能性が極めて高い概念と考えられるわけです。ゆえに大企業への就職が難しいからと「優良な中小」に目を向けさせたところで問題は解決しない、可能なのは「中小でブラック」に落とし込むことだけと言えます。
割とニッチな業界で働いているせいか、ホームページなんかは存在しない企業、グーグルごときでは検索してもヒットしないような製品を扱う会社との付き合いもありまして、まだまだ世間に知られていない会社も多い、もしかしたら穴場なのだろうかと思わないこともありません。もっとも業者同士だからこそ知り得ているわけで、無関係の業界の人、それ以上に新卒予定の学生が、こうした超マイナーな世界との接点が持てるとはとうてい考えられないところでもあります。何の因果か求人を目にして応募する機会に恵まれたとしても、まぁ「御社は何をしている会社なのですか?」と聞くところから始めなければならない、そういうレベルでしょう。
世間一般には存在を知られていない、どういうことをやっているのかも業者間での繋がりがなければ知ることができない、そんな孤高の中小企業も存在しますけれど、これまた採用に積極的かどうかは大いに疑わしいですし(大々的に求人を出していない分だけ競争率は低いかも知れませんが、部外者には狭き門でもあります)、知名度が低い業種であるほど新規就業希望者にとっては博打のようなものともなりかねません。賢い人間は博打を他人に打たせようとしますが、博打を打たされる人間の大半はただただ毟り取られるだけです。この辺は起業にも共通することですけれど、コンサルの妄言に載せられて博打に走らないようにと、そう学生さんにはアドバイスしたいです。
だいたい私のように中途で転職しようなどという身ともなると、元から中小企業しか対象にしていないわけです。名の知れた大企業に入る機会があるのは新卒の時だけ、失業したり非正規雇用から抜け出そうとしたりで新たな就業先を探す必要に迫られれば、自然とハードルの低い中小企業に目を向けざるを得ないのですが、だからといって再就職は容易ではありません。「学生の大企業志向が~」と白面で語る連中は、さも中小企業に目を向ければ就職活動が円滑に進むかのような錯覚を振りまくものですけれど、中途で就職活動をしたことがある人なら、これがいかに馬鹿げた現実に沿わない代物であるか容易に理解できることでしょう。まぁ就職強者である新卒者だけを見るなら、大企業に応募して新卒同士で競い合うより、中小ブラック企業で既卒者を駆逐することの方が簡単とは言えます。しかし、これで就職難が解決するかのごとく思い込んでいる人がいるとしたら、そいつは救いようのない無知か、あるいは意図してあなたを騙そうとしているかのどちらかです。