非国民通信

ノーモア・コイズミ

最高に尊い

2019-11-24 22:36:17 | 社会

 「尊い」という言葉があります。これが昔から存在する言葉でありながらも、三省堂「今年の新語2018」で第4位に選ばれたりもしているわけです。確かにまぁ、「昔からの」用法が口語で使われることは滅多にないですし、書き言葉ですら利用頻度は随分と下がっていることでしょう。昔からの用法とは微妙に異なる新しい語として使われ始めた、とは言えるのかも知れません。

 そんな現代において、「尊い」という言葉を頻繁に用いるのは専らオタクと呼ばれる人々でしょうか。オタク達が自らの崇めるアイドルを形容すべく使う言葉が「尊い」――というわけです。ただ、「尊い」という言葉の新用法も結局は局所的と言いますか、知られる程度には使われても決してマジョリティになってはいません。自らのアイドルを「尊い」と語るオタクは、世間的には「気持ち悪い」存在であり続けています。

 しかし昨今のキンジョー天皇やローマ教皇に黄色い声援を送っている人々の列を見ていると、オタクとアイドルの関係と何ら変わるところはないなと、そう強く感じました。偶像を「尊い」と崇めるオタクも、天皇や教皇の姿に常軌を逸した興奮を見せるいい年した大人の姿も、結局のところやっていることは全く同じではないのかな、と。

 率直に言えば、天皇なり教皇なりに群れ集っては道ばたで喝采を送る人の姿を私は「気持ち悪い」と感じています。ただ振り返ってみると、それは世間の人々がオタク達の振る舞いを見て「気持ち悪い」と感じるのと、完全に同じことなのかも知れません。違うのは単に、宗派だけなのでしょう。

 国家神道なりローマカトリックなり(あるいは単に世間の権威なり)を信奉する人々からすれば、その最上位の祭司を「尊い」ものとして崇めるのは、至って自然なことだと言えます。そしてこれは権威ある存在でなくても同じである、信奉者の数は少なかろうとも、別の偶像を「尊い」と行って崇める人もまた普通に存在するわけです。

 天皇をありがたがる人々も教皇を参拝する人々も、それぞれの偶像を尊ぶ人々も、たぶん信仰する教義や対象が異なるだけで、行動原理は皆一緒なのだと思います。その中でオタク達が「気持ち悪い」ものと扱われやすいなのは、単に少しばかり信仰する対象がマイナーなであるからだけなのだろうな、とも。やっていることは、誰も同じようなものですから。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

勤労感謝の日AM7:00

2019-11-23 21:08:45 | 文芸欄

雨にも負けず

風にも負けず

祝日の早朝にも関わらず

窓の外では工事が続く

そういう場所に

私は住んでる

コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

あなたは人事を信じますか?

2019-11-17 21:54:54 | 雇用・経済

 さて世の中には体罰容認の声も根強いものですが、こうした人々に共通しているのは何よりも「ナイーブさ」でしょうか。体罰が解禁されれば、自分たちが「悪」と感じている相手を、教員が体罰を以て制裁してくれると、そう無邪気に信じているわけです。もっとも私は、体罰容認論者のように教員を信じることはできません。体罰の禁止がなくなったところで、教師の暴力が向かう先は、本当に「力」で制圧する他ない人々ではなく、単に教員が嫌っている相手の方でしょう。

 同様に解雇待望論みたいなものもあるわけです。雇用維持が全ての悪である、会社のほしいままに従業員を解雇できるようになれば全てが良くなると、そう説いて恥じない人もいます。こうした類への賛同者も少なくありませんが――そこに共通しているのもまた、体罰容認論と同様の「ナイーブさ」だと言えます。

 ようするに解雇規制(そんなものが実在するかは疑わしいですが)さえ撤廃されれば、会社のお荷物になっている人がクビになり、懸命に働いている自分たちに利益が回ってくると、そう無邪気に信じているわけです。いずれもシンプルな勧善懲悪の世界に生きている人々の思考と言いますか、そんな風に世の中が単純であったらいいですね、としか言い様がありません。

 体罰を待望している人々が「殴って欲しい人」と、教師が「殴ってやりたい奴」が一致する可能性は、極めて低いことでしょう。もし「自分と○○先生は一心同体、○○先生なら必ず△△を罰してくれる」と確信できるのなら、体罰を求める心情も分かります。しかし、そんなに学校教師って、信用できるのでしょうか? そして同様に会社の役員や人事を、あなたは信じられますか?

 もし「働かないおじさん」が会社の要職にいて、働いているはずの「自分」が冷遇されているのなら、それは会社の人事評価基準に照らして、「あなた」の方が働いていないから、と言うことに他なりません。自分の目から見て「働いていない」人が、会社の目から見て「働いていない」とは限らない、むしろ真逆であることすら珍しくないわけです。そして会社がほしいままに従業員を解雇するなら、当然のごとく標的は「会社から見て」働いていない人の方です。

 自分の評価と会社の評価は完全に一致している、自分の評価が低いのは自分の働きが悪いから、◇◇さんの評価が高いのは◇◇さんの会社への貢献が著しいから――そう確信している人が解雇規制緩和論をヨイショするのであれば、まぁ筋は通っています。しかし、会社の下す評価に多少なりとも異論があるにもかかわらず解雇規制緩和に同調しているとしたら、その人の主張は完全に矛盾しています。

 とりあえず私の勤務先ですと、評価されるのは専ら「改革バカ」だったりします。営業であれば売り上げの数値で誤魔化しも効くのですが、非営業の場合はとにかく「変える」とことが評価に繋がります。逆にやることを「変えない」、日常の業務を運営することに関しては全く評価に繋がらないのが特徴です。誰も望んでいないことを改革と称して強行して周りを振り回せば昇進し、変える必要がないからと従来通りのやり方を維持すれば「やる気がない」と叱責される、そんな会社です。

 皆様のお勤め先は、いかがでしょうか。私の会社で恣意的な解雇が許されるようになったなら、中核的人材として会社に残されるのは業務を引っかき回すだけの改革バカばかりで、実務を支えてきた「改革ごっことは無縁の人々」は追いやられることが予想されます。即ち会社に必要な人材が解雇されて無用な人間が残ることになるわけですが――皆様の勤務先ではいかがでしょう。どういう人々が「会社から」働きを認められ、どういう人々が「会社から」疎まれているのか、会社にクビを切る刃物を持たせるのが適切かどうかを考える際には、まずそれを頭に入れておく必要があります。

コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

就活なら、それでいい

2019-11-10 21:45:44 | 政治・国際

小泉氏、得意の英語で環境外交=自民からは不安の声も(時事通信)

 小泉進次郎環境相が海外要人と英語で会談を重ねている。得意の語学力を生かした形だが、気候変動対策をめぐる「セクシー」発言では物議を醸した。自民党内にはパフォーマンスにも映る今のスタイルを続けることへの不安の声もある。

 「サンキュー・フォー・カミング」。小泉氏は10月上旬、アイルランドのロビンソン元大統領との会談でこう語り始め、気候変動とラグビーについて議論したいと英語で続けた。ラグビーのワールドカップで両国代表が熱戦を演じた後でもあり、場の空気は一気に和んだ。

 小泉氏は米コロンビア大大学院を修了し、ワシントンの戦略国際問題研究所(CSIS)勤務も経験。国際会議では「通訳を通してでは勝負にならない」が持論だ。閣僚になった後は必要に応じて通訳を使いつつ、海外要人と英語で極力対話している。

 ただ、小泉氏が海外メディアのインタビューで気候変動対策について「セクシーでなければならない」と英語で語ったことは、「意味が分からない」(野党幹部)などと批判を浴びた。政府は「正確な訳出は困難」とする答弁書を閣議決定している。

 

 昨今は校名や学部名以外のあらゆるところから教養を排し、とにかく就活でウケの良い学生を育てることに特化した大学も目立つわけですが、そうした国公私立の就活大学の特徴はなんと言っても「英語」でしょうか。何はなくとも英語重視、中身はさておき「英語で授業」、実際は旅行みたいなレベルでも「(英語圏への)留学経験」、こういう大学の皮を被った英会話学校こそが近年の流行と言えます。

 小泉進次郎は就活特化=英語特化の大学が蔓延するよりも少し先行する世代の人間ですが、だからこそ先駆者と呼べるのかも知れません。日本企業、中でも採用担当者の好む人物像を一足早く体現しているわけです。発言の一言一句を問われるでもないヒラの議員時代に、次世代の担い手として大いに期待を集めていたのは至って自然なことでしょう。

 しかるに閣僚ポストを宛がわれ、俄に注目と責任が集中する矢面に立たされるやいなや、その「中身のなさ」が衆目に晒される事態ともなっているわけです。なにしろ野党はまだしも与党内部からも懸念の声が聞こえているところ、英語力のアピールは就活では絶大な効果があるのかも知れませんけれど、政治の場ではどうなることやら。

 せっかく英語力が自慢の「グローバル人材」として国内企業に就職しても、会社で英語力を活かせる機会に恵まれる人は僅かです。英語を頑張った人ほど、結局はガッカリすることでしょう。ただ、「下々の」人ほど今後は英語力も大事になる気はします。経済成長を止めた日本では稼げない、ヨソの国に行った方が稼げる、そうした流れが強まる中、「出稼ぎに行くために」非エリートほど英語力が問われる未来は十分にあり得ますので。

 一方で、どの世界でもトップに行くほど英語力とは別の能力が求められます。英語はサッパリのノーベル受賞者もいれば、現地の言葉を全く介さない辣腕経営者もいる、語学力は皆無でありながら歴史に名を残す大政治家もいれば、言葉は全く通じないけれどチームを牽引するスター選手もいるわけです。英語が話せようが話せまいが、そんなこととは無関係に活躍している人も――上に行けば行くほど、いるのです。

 通訳など付けられようもない立場の人間であれば、必然的に英語力を問われる場面も増えることでしょう。しかし、通訳が当たり前のように付けられる地位にあれば、英語力とは別の何かが求められます。就活中の学生であれば「英語で」授業が受けられるとか「英語で」会話ができるとか、そういうものも武器になりますが、閣僚と就活学生では、やはり求められるものが違うわけです。

 「英語で」発信するのは結構ですが、一国の大臣ともなれば英語で「何を」語るかが問われます。就活なら「英語で」授業を受けたことがプラスになる、英語で「何を」学んだかまでは問われない、そういうものかも知れません。しかし政治の場は違うと思いたいです。小泉進次郎は「英語で」語ることが大きなポイントになると信じ込んでいるのでしょうけれど、政府与党から「正確な訳出は困難」と匙を投げられるような中身では、職責を果たしていないと言わざるを得ません。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

自由律俳句7

2019-11-09 21:59:30 | 文芸欄

 

治療した歯がどんどん悪くなる

― 管 理人 ―

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

当時は若く

2019-11-03 22:16:00 | 社会

風俗店でバイト、女性巡査長処分 9月に拳銃置き忘れも(朝日新聞)

 兵庫県警の女性巡査長(27)が風俗店でアルバイトをしていたなどとして、県警が18日付で停職1カ月の懲戒処分としたことがわかった。巡査長は9月、駅のトイレに拳銃を忘れて一時紛失する不祥事も起こしており、これらを合わせて処分を決めたという。

 県警関係者によると、巡査長は鉄道警察隊の所属で、今年5~9月ごろ、大阪市内の風俗店などで働いていたという。計約30万円の収入を得ており、「遊ぶ金がほしかった」と話しているという。巡査長は警戒勤務中の9月29日夕、JR相生駅のトイレに拳銃を置き忘れ、約1時間半後に利用客が発見した。巡査長は18日付で依願退職したという。

小学校の男性教諭、男性向け風俗店で勤務 懲戒処分検討(朝日新聞)

 大阪府摂津市立小学校の男性教諭(29)が、大阪市内の男性向け風俗店で勤務していたことがわかった。1日、学校が保護者に説明する。府教育庁は地方公務員法(営利企業への従事制限)に違反するとして懲戒処分を検討する。

 市教委によると、教諭は2014年度に採用され、市内の小学校に勤務。SNSを通じた知人の紹介で、今年8~10月の公休日に風俗店で10回程度働いたという。調査に対し、教諭は「お金を得るのが目的だった」と認めたという。

 市教委の箸尾谷(はしおだに)知也教育長は「児童、保護者に申し訳ない。二度と起きないよう教職員の研修に力を入れる」としている。市教委は教諭を担任から外した。学校での勤務態度に問題はなかったという。

 

 公務員の副業に関しては厳しい規定があるわけですが、官民問わず働く人の給与が長年に渡って抑制されてきたのが我が国ですから、「自分で稼がなきゃ」という気持ちを持つ人がいるのは不思議ではないのかも知れません。役所でも警察でも学校でも、そして会社でも、真面目に働いていれば自然と給料が上がっていく、そういう社会ではないのですから。

 さて拳銃を置き忘れた女性巡査長は「風俗店でバイト」と伝えられる一方、男性教諭の方は「男性向け風俗店で勤務」と報道されています。両者の契約形態の違いも気になるところですが、方や留保無しの「風俗店」に対し、但し書きの着いた「男性向け風俗店」となっている辺りも興味深いですね。

 「女医」という言葉はありますが、「男医」という言葉はありません。「女流○○」という言葉はありますが、「男流○○」という言葉はありません。多数派には留保が付かず、少数派には留保が付く、よくあることです。男性であればわざわざ頭に「男」と付けなくても通用する、しかるに女性であれば頭に「女」が付いた呼称が使われる等々。

 ただ風俗店の世界では、「男性向け」の方が多数派であるはずです。少数派である女性向けの風俗店であれば、女医や女流棋士のように風俗店もまた「女性向け」と留保付きで呼ばれても不思議ではありません。ところが今回は、不思議と「男性向け」風俗店であることが強調されているように見えます。風俗店と言ったら大半は男性向きですが……

 まぁ女性向けではなく男性向けの風俗店で働いていた、異性ではなく同性を相手にビジネスを展開していた、という辺りを記者としては協調したかったのかも知れません。多数派である異性愛者からすれば、風俗店の客は異性が想定されるわけです。しかし今回は同性を客にするわけですから、女性向けではなく「男性向け」であることに留保が付くのでしょう。

 なお今回の問題?を受けて市の教育長は「教職員の研修に力を入れる」と語っています。どう、研修するつもりなのか気になるところです(男性向け風俗店勤務が発覚した経緯は、もっと気になりますが)。副業禁止かSNS禁止か、あるいは同性を客とするのを禁止するのか、教育行政の偉い人が何を悪と考えているのかは、続報が待たれますね。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする