はてなキーワード: 投票とは
早苗「もう一生懸命ほんとに、憲法改正、憲法ェェエエ改ッハアアアァアーー!! 憲法改正はー! 我が国のみウワッハッハーーン!! 我が国のッハアーーーー! 我が国ノミナラズ! 西宮みんなの、世界中の問題じゃないですか!!
そういう問題ッヒョオッホーーー!! 解決ジダイガダメニ! 俺ハネェ! ブフッフンハアァア!! 誰がね゛え! 誰が誰に投票ジデモ゛オンナジヤ、オンナジヤ思っでえ!
ウーハッフッハーン!! ッウーン! ずっと投票してきたんですわ! せやけど! 変わらへんからーそれやったらワダヂが! 立候補して! 文字通り! アハハーンッ! 命がけでイェーヒッフア゛ーー!!!」
はてなユーザーって何万人もいるのに、「裏金も増税も統一教会も許容してる」で一括りにしてる時点で、もう分析じゃなくて感情なんですよ。
あと、「支持してる政党に問題があっても投票する」って別に右派だけの話じゃないですよね。
立憲支持者だって党内の全発言に賛成してるわけじゃないし、共産支持者だって歴史認識まで全部肯定してるわけじゃない。
でもなぜか保守系だけ「一個でも問題があったら全部説明責任を負え」みたいになるんですよ。
それと、「許容してる」って便利な言葉ですけど、
「他党よりマシだと思って投票してる」のと「積極的に賛美してる」は全然違いますからね。
そこをわざと混同すると、どんな支持者でも悪魔化できるんですよ。
あと実際には、統一教会問題が出た後に保守系でも批判してた人は普通にいました。
でもそういう人は視界に入れず、「自分の嫌いな相手は全員同じ」という前提で話を進めるから、どんどん現実より脳内勢力図の話になっていくんですよね。
いわゆるリベラル政党は、自信が掲げる理念とか理想とかを実現するのが目標
だからこそ有権者と絶え間なく対話し信頼を勝ち取る必要があるわけだが、ここ最近のリベラルはこの対話をインターネットで完全に代替できると信じている節がある
なぜなら、同じ関心の持ち主が集まりやすくなるSNSのアルゴリズムの高度化によってエコーチェンバー化が加速、思想はますます先鋭化、そして見える範囲全てが賛同者で埋め尽くされてしまい、結果的に有権者との対話が完全に完了したと誤認してしまってるから
なので彼らは自滅したがってるわけではなく、勝利を確信したうえでああいう言動をとっているということ
ちなみに公明党はインターネットが普及するよりもはるか昔からその状態だったが、数百万もの信者が必ず投票するから世論との対話は必要なかった
また、常にマスメディアや知識人から叩かれ続けている自民党が強いのも原理は同じだったりする
自民党に敵意を持つ者たちによって常にエコーチェンバー化が抑止される構造になっているので、結果的に世論との対話、というよりは有権者への「ご機嫌伺い」を強制されている状態になり選挙でも強い
整理としては分かるけど、いくつか前提が甘いと思う。
結局それってあなたの価値判断であって、客観的な原理ではないよね。
次に、投票を「最も直接的な意思表示」として特別視してるけど、
それも前提として置いてるだけで根拠が示されてない。
例えば、継続的な言論や運動の方が政策に影響与えるケースも普通にある。
それでも投票してないと“弱い”って言えるの?
それは“その人の行動”と“主張の正しさ”を混同してる。
極端な話、どんな立場の人が言っても、内容が正しければ正しいよね。
結局この議論って、
「投票してない人の意見は軽く扱っていい」っていう結論に寄せるために、
後付けで理由を並べてるように見える。
少なくとも、
この主張は一見筋が通っているようで、実は前提をいくつか飛ばしています。冷静に整理すると、次のように返せます。
まず、「選挙に行かない=政治に対して発言権がない」という考え方は、民主主義の原理とは必ずしも一致しません。選挙権は“権利”であって“義務”ではない以上、行使しなかったことを理由に意見表明そのものを否定する根拠にはなりません。
次に、政治への関与は投票行動だけではありません。言論、署名、デモ、日常的な議論なども含めて広く構成されています。したがって「投票していない=一切の関与をしていない」とは限らない。
一方で、この意見が完全に的外れかというとそうでもなく、「投票という最も直接的な意思表示を放棄しているのに結果だけ批判するのは説得力が弱い」という指摘には一定の合理性があります。これは“発言の権利”ではなく“発言の重み”の問題です。
エドウィン・スターの「War」(邦題「黒い戦争」ブルース・スプリングスティーンのカバーも有名)くらい大雑把でいいんじゃないか?
「戦争の何がええんや!ええことなんもない!いっぱい死んでみんな泣くだけ!」こんなんよ
そもそも恋愛ソングだって人生ソングだって細かなディテールまでしっかり羅列するような具体性のある曲なんてそんなに無いんじゃない?繊細な心の機微を捉えつつも、具体性無い。
「戦争反対なら現地まで行って言ってこいや、(行かないなら黙ってろ)」と言ったインフルエンサーもいたが、その人も戦争賛成だからと現地まで行ったりはしない。スマホの前で喋ってるだけ。でもそれでいい。いいんだよ。まずはやだよとか賛成とか言えばいい。
歌って世界変わるわけじゃないが、物の見方は変わるかもしれない。見方が変われば投票する人も変わるかもしれない。投票する人が変われば世界も変わるかもしれない、という歌もありました。
歌はそれくらいでいいよ。
もし一度でも改正が行われてしまうと、次からのハードルが一気に低くなり、後に重要な改正だったとしてもそれすら難なく改正されてしまう。
何故なら、反対する事はとてつもないエネルギーがいる。それで反対しても改正されてしまったら、完全に諦めモードになり、次の改正にはどうせ無理だと投票すらせずに諦める。結果最初より簡単に改正出来てしまう。国民投票があるから簡単に改正されないと思っている人が多いが、自民党は莫大な資金を投じて洗脳紛いに広告等使ってくるから、騙されやすい日本人は簡単に引っかかるだろう。憲法はそもそも権力者を縛るためのもの。その権力者が大きな声で変えようと言ってるのは自分達の都合のためしかない。自民党が国民の声を真剣に聞いて議論したことがこれまでにあったか?憲法改正は議員以外の大多数の国民の意見が尊重されない限り絶対に変えてはいけない
この前の選挙でも思ったけど、
最近はみんな
「わざわざ選挙には行くなら、自分の投票に意味がなかったことにがっかりしたくない」
「負けたくない」
「勝ってザマァしたい」
が先行しており、かつ自分より頭の良いだろう人がちゃんと考えているから、自分が考えたとて意味がない、としている。
ともなれば改憲派の方が多いと分かれば、どんな内容であれ通るだろう。
「へんにあたまがいい人たちとか、
あたまがいいのがおしごとの人たち」
が見事に糸井重里に「まちがってる!」て言うてる。
そしてそれは結構世の中の多くの人がやってる。
変なこと話さず、良い行動をしないと
選挙に勝てないぞ、へんにあたまがいいひとたちよ。
というか、「赤はノーリスクだよ」と言うのが完全にインチキだろ。
青を押す人が少なかった場合は子供、盲目、たまたま手が滑った人が死んでしまうリスクがあるじゃん。
たとえば君も君の友人達も赤を押すつもりで投票にやってきたが、誰かが投票の瞬間にクシャミをしてしまって青を押してしまったとしよう。
その時、まだ君は投票を終えてなくて、その人から「大変だ!青を押しちゃった!」と聞かされたとする。
君は表向きは「大変だね!じゃあ僕も青を押してくるよ!」と口だけ言って、実際には「あーあ大事な時に失敗するような奴なんて死んでも仕方ないよね」と思いながら赤を押すのか?
ちなみに、もしここで君が赤を選ぶのなら、それはかつて氷河期世代を苦しめた自己責任論を肯定するということだが・・・
君は、「氷河期に就活するような年に産まれた奴らが悪いんだよ。勝手に死ねば?」で終わらせていいのかい?
もし君がそういうなら、俺は一人の氷河期サバイバーとして「クソ野郎が・・・ボタンだけが人を殺すと思わねーことだな」と恨み言を口にするぐらいは許してくれるね?
あっ、まあ、僕はもう社会なんて信じてないから平然と赤を押すけど、それを得意げに「こうするのが賢いんだぜ?まあ赤ん坊とかは死ぬかも知れないけどまた産めばいいじゃん?皆で赤を押すのが正解だ」なんて言わないよ。
自分は赤を押して、他人には青を押してもらうのが最適解だからね。
僕たちは、それをされてきた世代だ。