〝裏金問題解明〟と〝世襲禁止〟を掲げる野田佳彦氏の選挙戦略が注目される理由、共産党はいま存亡の岐路に立っている(その36)、岸田内閣と野党共闘(101)

 迷走台風第10号が漸く収まり始めた先日、「久し振りで集まらないか」との声がかかった。口さがない(年老いた)京童連中が一堂に会して忌憚のない意見を述べ合ういつもの放談会のことである。話題はいつも多岐にわたるが、今回は自民・立憲両党の党首選に議論が集中した。その中で「自民党離れの保守層」に焦点を当てる野田佳彦氏(元首相)の選挙戦略に注目が集まり、〝裏金問題解明〟と〝世襲禁止〟を争点に掲げる同氏の政策が「ひょっとすると」「もしや」の結果をもたらすかもしれない――との観測が広がったのである。

 

 野田氏は8月29日、代表選立候補に際しては次期衆院選での「政権交代」を焦点に据え、「自民党を支持し失望した保守層を、我々のメッセージで心をつかんでいくやり方が必要になる。その役割を自分なら果たせる」(毎日新聞、8月30日)と狙いを端的に語った。朝日新聞は「13年前に民主党代表選で勝利した同じ日に語ったのは、次期衆院選で掲げる『政権構想』とも言える内容だった」と述べ、次のように紹介している(朝日新聞、同、要旨)。

 ――(野田氏は)自民党派閥の裏金事件に対する自民党の対応を批判し、「国会議員定数の削減や世襲の禁止といった本質的な政治改革を実現したい」と主張。特に世襲禁止は「自民には絶対にできない」とみて、政治改革の旗印にする考えだ(略)。次期衆院選では、立憲が単独過半数を得る可能性は低いとみて国民民主党の合流の必要性に言及。「穏健な保守層まで狙わないと政権は取れない」と日本維新の会との関係強化に意欲を示した。

 

 読売新聞は「中道路線を前面に打ち出した野田佳彦・元首相、代表選に出馬表明…『分厚い中間層の復活』掲げる考え」との見出しで次のように報じた(読売新聞オンライン、8月30日、要旨)。

 ――立憲民主党代表選(9月7日告示、23日投開票)への立候補を正式表明した野田佳彦・元首相(67)は、経済政策や共産党との距離感で中道路線を前面に打ち出した。次期衆院選での中間層の支持獲得をにらみ、他候補との違いを鮮明にする狙いがある(略)。野田氏は29日、BS日テレの「深層NEWS」に出演し、自民党総裁選について「裏金を許容し、世襲政治家が跋扈(ばっこ)している古い政治にしか見えない」と批判し、「自分の経験値を基に本当の政治改革をやる」と述べた。共産党との関係では「対話のできる関係は必要だ」としつつ、「同じ政権を担うことはできない」として連立政権を拒否する立場を明確にした。

 

 野田氏の政策は、枝野氏が掲げるあいまいな「人間中心の経済」に比べると単純で分かりやすい。裏金問題解明と世襲禁止を2大争点に掲げる同氏の考えは、それを除けば、経済政策も現状のまま(消費税減税はしない)、安全保障政策もそのまま(軍拡を進める)、憲法問題もそのまま(改正議論を続ける)というもので、自民党と何ら変わることがない。つまり、野田氏は自民党の政策を基本的に継承した上で、本来ならば自民党が「自浄能力」を発揮して解決しなければならない裏金問題解明と世襲禁止という2つの課題を取り上げ、解決できなければ「政権交代」によってそれを実現すると宣言したのである。

 

 政権与党と野党の政治対決は、経済政策や安全保障政策など国の基本政策を巡って争われるのが通常の姿だ。しかし、立憲民主党が全体として〝保守中道路線〟に右旋回した現在、政治対決は基本政策を巡ってではなく、政権与党の裏金問題解明と世襲禁止といった「体質改善」の問題に収斂(矮小化)されることになった。その間隙を巧みに突いたのが野田氏だったのである。

 

 革新支持層は、これを「体制内の権力争い」とみて無視するかもしれないが、体制変革に関心がなく(望まず)、ただ自民党の裏金問題と世襲に嫌気をさしている保守層や無党派層に対してはかなりの訴求力を持っているのではないか。野田氏の選挙戦略は、「自民党離れの保守層」はもとより「政治刷新」を求める無党派層をかなり引き付けるかもしれないし、共産を徹底的に排除する連合の方針にも一致しているのでその影響は大きい――、これがみんなの一致した意見だった。

 

 「裏金問題=金権体質」と「世襲=家父長体質」は、自民党が抱える〝二大宿痾〟(治癒不能な深刻な持病)だと言ってよい。目下、総裁選立候補者が全て確定していないので政策の全容はわからないが、すでに立候補表明している小林・石破・河野氏らを取ってみても、裏金問題の全容解明を明言している候補者は誰一人としていない。裏金議員の支持を得なければ総裁選に勝利することが不可能であり、次の首相を目指すことができなくなるからだ。

 

 もう一つの世襲禁止は、自民党にとってはもっと深刻な問題だと言える。小泉氏は父に元首相を持つ政治家一族の世襲4代目、河野氏は祖父(副総理)以来の世襲3代目、石破氏は父(自治相)の後を引き継いだ世襲2代目である。3氏とも世襲でなければ現在の位置も存在もないのだから、世襲禁止は自らを否定することになり、政治生命を断つことになる。百姓(農家)出身の野田氏が「自民には絶対にできない」として世襲禁止を政治改革の旗印に掲げたことは、格差社会が広がるなかで特権身分を享受する世襲議員への怒りの導火線になり、次期衆院選の一大争点になる可能性を秘めている。

 

 最後に盛り上がった放談会の話題は、自民・立憲両党の党首選の最中に「外遊」する志位共産党議長のことだった。志位氏の外遊は8月29日から9月10日までの13日間、ベルリン、ブリュッセル、パリを歴訪するという「平和と連帯の旅」の豪華版だ。党員に対しては「生命の危険に関わる暑さ」のなかで連日の党勢拡大運動を強いておきながら、自らは2週間にわたって悠々と外遊を楽しむといった日程をいったいどうして組めるのか――、「気が知れない」という声が期せずして上がった(なお「結構なご身分だ」「まるで殿様気分じゃないか」などの遠慮会釈ない言葉が飛び交ったことも付け加えておく)。

 

 共産党の党活動を巡る矛盾は、今日9月2日の赤旗の紙面にも典型的に表れている。1面トップには「ブロック対立を止め平和の連帯を、ベルリン国際平和会議 志位議長が発言」とあり、3面には全紙にわたって発言全文と志位議長へのインタビュー記事が掲載されている。1面記事は「志位氏が『軍事でなく対話を、排除でなく包摂を』と訴え、平和のためのアジアと欧州の連帯を強く訴えると、会場から暖かく大きな拍手が起こりました」と結ばれ、3面のインタビュー記事の見出しは「会議の趣旨とかみあい、響き渡った、志位議長が感想」というもので、いずれも志位議長の国際的な活躍ぶりを華々しく伝える紙面になっている。

 

 これに対して4面は、8月の党勢拡大運動が遅々として進まず、長期にわたる党勢後退が依然として続いている深刻な状況が報告されている(抜粋)。

 ――8月の党員拡大は、入党の働きかけは2945人、入党申し込みは375人で、50代までの入党は106人でした。読者拡大では、日刊紙119人増、日曜版398人減、電子版58人増で、日刊紙では前進をかちとったものの、日曜版ではあと一歩届かない結果となりました。

 ――入党の働きかけで1割、読者拡大で3割の支部のとりくみになっている現状を打開し、全支部の運動をいかにしてつくりだすか。ここに私たちがぶつかっている最大の課題があります。

 ――全党のみなさん。いま裏金問題でも、暮らしと経済、外交でも、人権・ジェンダーでも、自民党政治を根本から転換する新しい政治の希望を語れるのは日本共産党のほかはありません。国民のなかにうってでて、自信と誇りをもって党を語り、9月こそ党づくりの〝目標水準〟を達成しようではありませんか。

 

 志位議長の国際的活躍と国内での党勢拡大運動の間には、埋めがたい大きな「断層」が走っている。「党員拡大は1割」「読者拡大は3割」しか動かないと言った党の深刻な現実を目の前にしながら、2週間もの外遊を計画するといった政治感覚は異常としか言いようがない。しかも志位氏が外遊するこの間は、自民・立憲両党の党首選が大々的に展開され、その動向は共産党の運命にも関わる事態にまで発展してきている時なのである。志位氏がこれまで追求してきた「市民と野党共闘」路線が野田氏や枝野氏によってことごとく否定され、立憲民主党が国民民主党や維新と手を組む事態が刻々と進行している時なのである。

 

 野田氏の選挙戦略に影響を受けたのか、枝野氏は9月1日、地元・さいたま市の会合で出馬表明時の「政党間連携のあり方を再構築する。全国一律に(調整)することは困難であり、またやるべきではない」との見解を一段とエスカレートさせた。「全国共通して他の党と組んでいる限り、政権は取れない」「(21年衆院選は)われわれの目指す社会が見えにくくなる状況をつくってしまった」「(今回は)3年前と決定的に考えが違う」と述べたのである(共同通信、9月1日)。これで「市民と野党共闘」路線はもはや完全に崩壊したと言ってもよい。共産党は一から出直さなければならなくなったのだ。

 

 志位議長は帰国後、いったいどのような行動を取るのだろうか。既に立憲代表選はスタートしており、自民党総裁選は候補者が出揃い、激しい権力闘争が展開している時である。帰国報告会を大々的に開いて「平和と連帯の旅」の成果を誇示するのだろうか。それとも為す術もなく事態の推移を傍観するのだろうか。(つづく)