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不可能とは、可能性だ「サイエンス・インポッシブル」

「不可能」とは自らの力で世界を切り拓く事を放棄した愚か者の言葉だ

「不可能」とは現状に甘んじるための言い訳に過ぎない

「不可能」とは事実ですらなく単なる先入観だ

「不可能」とは誰かに決め付けられる事ではない

「不可能」とは通過点だ

「不可能」とは可能性だ

「不可能」なんてありえない

Impossible is Nothing.

 わたしを射抜いたadidasの言葉を思い出す。

 SFのタネがぎっしり詰まった、けれども最先端の科学に裏付けられた科学読本。あるいは逆で、最先端科学でもって、SFのハイパーテクノロジーを検証してみせる。比較できない面白さに、かなりのボリュームにもかかわらず、イッキに読まされる。

 本書を面白くしている視点は、「どこが不可能?」というところ。つまり、「それを不可能とみなしているのはどの技術上の問題なのか?」という課題に置き換えているのだ。「技術上の課題」にバラしてしまえば、あとはリソースやパトロンの話だったり、量産化に向けたボトルネックの話になる。

 その結果、現在では「不可能」と見なされていながら、数十年から数世紀以後には当たり前になっていておかしくないようなテクノロジーが「課題」つきで紹介されている。しかも、その不可能ぐあいにもレベルがあって、レベル1(数百年以内)、レベル2(数千年)、レベル3(科学体系の書き換え要)と分かれている。

 たとえば、不可視化(レベル1)。著者は「ハリー・ポッター」の透明マント(invisibility cloak)を例に、身につけた者を見えなくさせる技術について検証する。この研究成果の一端をWebで見かけたのだが、「後ろ側の映像を見せる出来のわるいスクリーン」といった印象だった。いかに平面的な「スクリーン」を三次元的に見せるかが課題だという。ハリポタなら万国共通かもしれないが、やはりこれは草薙少佐の「光学迷彩」のほうが「らしい」かと。このテクノロジーが充分に発達しても、「魔法」とは言わないだろうなぁ。

 あるいは、ガンマ線バースター砲(レベル2)。「惑星爆弾」や「コロニー落とし」あたりが有名だろうが、これはスケールでかいぞ。星一個とかコロニーといったレベルを超えている。超大質量の恒星が一生を終える時、その自転軸を動かして特定の照準にあわせる。閃光のように放出されるガンマ線バースターのジェットは、宇宙最大の光線砲となるという。数百光年先(天の川銀河)からでも、地球の全ての生命体をじゅうぶんに死滅させられるそうな。

 逆に、スケールの小ささで驚かされる発想もある。わたしの頭ン中で宇宙船といえば、戦艦大和のリサイクル品だったり、硬直した精子型の建物なんだが、本書は真逆の「ナノシップ」を提案する。巨大・高速・長距離・長期間を想定すると、SF的課題が山盛りだ。いっぽう、無人のインテリジェント・ナノシップをイオン化して電場のなかにおけば、亜光速まで加速できるという。何百万とつくって、ひとにぎりでも目的地につけばいいし、先々で自分を複製して通信すればいい。無人なのでもどってくる必要もない。

プレイ もちろん、コールドスリープやワープ航行も吟味した上での「現実解」がこれ。望遠鏡で眺めて行き先を決めて、あとは運を天に任せて飛び立つよりも、より現実的な「旅」が考えられる。一方でわたしは、自己判断し増殖するナノマシンの恐怖を描いた、マイケル・クライトンの「プレイ」を思い出したぞ。あたりまえだけど、善悪を決めるのは科学技術じゃなくて人間なんだよね。

 常識をくつがえす発想と、それを裏付ける研究の(現在の)到達点が分かりやすい。「不思議の海のナディア」にでてくる対消滅エンジンがどんな原理で動いているのか分かったのが嬉しい(でも、そんなエンジン積んだニュー・ノーチラス号が体当たりしたら地球も吹っ飛ぶような気が)。

 その反面、技術信奉にアてられてしまうところもあった。著者は「不可能レベル」に応じて、「タイプ1文明」、「タイプ2文明」、「タイプ3文明」を解説する。つまりこうだ。

  銀河系規模のエネルギーを利用するのが、タイプ3文明
  恒星一個のエネルギーを使う、タイプ2文明
  惑星一個のエネルギーを使う、タイプ1文明

 そして、われわれは「タイプ0文明」であって、タイプ1に移行するには数世紀かかるといっている。エコだのロハスだのしみったれた現代とは違い、未来はエネルギー使い放題なんだなぁと感慨深い。桃鉄やりこむと金銭感覚が失われるようなものかと。

 また、あまりに楽観的なところが不安になるくだりもあった。著者はミチオ・カク、超一流の理論物理学者らしく、「問題は進歩により解決する」「そのうち時間が解決する」という前向きな立場を取る。

 たとえば、人の記憶を操作する話がでてくる。マイノリティ・リポートのように、まだ犯していない罪で逮捕してもいいのかという倫理的問題や、テロリストの心を読んでテロ計画を暴くことは合法なのか、といったある意味究極の問題が出てくる。あるいは、「トータル・リコール」のように、偽の記憶を植えつけるといった、アイデンティティの本質に影響をおよぼす問題について、原注でこう述べている。

こうした問題は、今後数十年は単なる仮定のままだが、テクノロジーが徐々に進歩するに従い、道徳的・法的・社会的な問題が持ち上がるのは避けられない。幸い、問題の解決に充てる時間はまだたっぷりある。

操作される脳 米国防総省の国防研究局(DARPA)を紹介した、「操作される脳」([レビュー])を見る限り、「レベル1」どころか、実現しつつある成果だと感じられる。「脳を改変し、恐怖や眠気を感じさせない」話や、「つらい記憶だけをピンポイントでを消去する」研究を見る限り、時間は「たっぷり」あるとは思いにくい。話の成り行き上、もちろんDARPAの研究にも触れてはいるものの、同じ公式情報から、どこまで楽観的に見て取れるかは、わたしと著者との違いなんだろう。

 ヒコーキ、携帯、Eee PC(おっと、今は "IQ PC" か)。技術の速度は、予想を上回る。しかも、かなりしばしば。奇想天外だが現実的なSFを読みつつ、そうした時代に備えるか。あるいは本書をタネとして、自分で書いてみるのもいいかも。ウェルズやクラークがすごいのは、その想像力もさることながら、科学的根拠がしっかりしているから。SFのタネ本としてはバイブル級の一冊になる。

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コメント

いつも感心して読んでおります。うまくコメントできませんが、最近 無痛、という本を読みました。
同じ階の女子大生?をばらばらにしたあの事件を思い出してしまいました。なかなかのすご本かと思います。読まれているかもしれませんがもし未読でしたらぜひ。

無痛 久坂部 羊 

この人の廃用身も、個人的にはスゴイと思いました。

投稿: bambicapampino | 2009.02.16 12:29

>>超大質量の恒星が一生を終える時、その自転軸を動かして特定の照準に
>>あわせる。閃光のように放出されるガンマ線バースターのジェットは、
>>宇宙最大の光線砲となるという。
「伝説巨神イデオン」のガンドロワじゃないですかね。
あと、ガンマ線の兵器といえば、「ガンダムSeed」のジェネシスが恒星間用宇宙船のエンジンを転用した
ガンマ線レーザー発射兵器です。
「宇宙のステルヴィア」が超新星爆発による電磁パルスとガンマ線バーストによって大ダメージを
受けた後の地球という設定ですね。

投稿: | 2009.02.17 00:23

ネタ的にあまり馴染みのないものだったので買いませんでしたが、面白かったんだ。

投稿: そふ | 2009.02.17 10:14

>>bambicapampinoさん

オススメありがとうございます。久坂部作品は未読ですが、「医者は、三人殺して初めて、一人前になる」のキャッチコピーは目を惹きました。医療の現場にいる人の本は、非常に具体的で生々しいです。オススメ本は、そのうち手にとってみます。

人体解体を目指した小説ですと、遠藤徹「赤ヒ月」が酔えました。幻想的で具体的といった妙な感想になるのですが、一種の人体解体ファンタジーとして読めます。


>>名無しさん@2009.02.17 00:23

イデオン…イデオン…観たはずなのですが、ガンドロワ忘れてますスミマセン。星まっぷたつとか、「みんな星になってしまえ」のイメージが全てを凌駕しています。
本書によると、ガンマ線バースターを受けると、次のようになるみたいです。

 1. X線パルスから生み出される電磁パルスが、あらゆる電子機器をだめにする
 2. 強力なX線とガンマ線が地球の大気を傷つけ、生命を保護しているオゾン層を破壊
 3. 地表の温度が上昇し、やがて猛烈な火炎の嵐が発生し、地球全体を飲み込む

ターミネーター2の劫火を彷彿とさせられますが、スゴいのは、この射程が数百光年もあるというところですね。


>>そふさん

はい、巻措くあたわずという言葉がぴったりです。奇想天外なSFのアイディアと現代科学の成果の両方が味わえます。

投稿: Dain | 2009.02.18 00:30

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受信: 2009.02.16 22:49

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