« 自分の中の、知らないスイッチが入る「奇想遺産」 | トップページ | 萌えで読みとく名作文学案内 »

ローマ人の物語X「すべての道はローマに通ず」の読みどころ

 開いたクチがふさがらない、塩婆だから仕方ない?

 ダメ出しするより、思いやり読みを心がけよう。半端ネタが溜まってたんだなーとか、編集さん苦労しただろうに…と考えながら(それでも泣けてくる、これが大御所の仕事なのかって)。

 「大言壮語ぶちかまし―→ラストで尻すぼみ」パターン、この文章にさんざん付き合ってきた。典型なのは、「○○であるべきだったのに」―→「なぜなら…△△と思う」だね[詳細]

 今までは、この「べき→と思う」パターンは文章レベルだったのが、今回は1巻丸ごと使ってて、スゴいぜ。

 まず「はじめに」で巨大花火をぶちカマす。曰く、「ローマのインフラストラクチャーを論じた著作は、一作たりともない。専門家は細分化された研究対象に閉じこもって、根源的な疑問に答えようとしない。だから『あたし』が書いてやろうじゃないの!たとえいかに不充分な結果に終わろうとも」

 塩野節炸裂、カッコええー。今まで尻馬に乗せてもらってきた歴史家たちを撫で斬りにする容赦なさっ、生者も死者も全員無能!といわんばかりの大上段の振りかぶりっ

 で当然のごとく、これっぽっちも期待なんてせずに読む。今までさんざ「べき→と思う」パターンを味わわされてきたからね。そもそも「インフラを論じる」って、1冊にまとまるモンかねーと、呟きながら。

 ちなみに、「はじめに」の段階で塩野氏が採りあげていた「インフラ」の対象は、以下のとおり。

ローマ人の考えていたインフラには、街道、橋、港、神殿、公会堂、広場、劇場、円形闘技場、公共浴場、水道等のすべてが入ってくる。ただしこれはハードとしてもよいインフラで、ソフトなインフラになると、安全保障、治安、税制に加え、医療、教育、郵便、通貨、通貨のシステムまでも入ってくるのだ。これらすべてをとりあげないかぎり、ローマのインフラを論じたことにはならない。

 ローマという社会システムを、ハード/ソフトの両面で説明しようとする試みは、素晴らしい。んが、MECEは第一段階で終わっている。社会システムとしてなら、外交、防衛、危機管理、食料、エネルギー、市場経済、危機管理、福祉、規制、物流、金融の視座が必要だろう。もちろんダブリはあるかもしれないが、足りないよりマシというもの。立論の段階で、誰も査読したりレビューしたりしなかったんだろうねぇ…

 で、↑で省いた、超重要なインフラストラクチャー「法律」は、巻の半ばでこう書かれている。

忘れていたが、法律もまた、立派なインフラである。
文庫版27巻p.232

これ一行だぜ!? 「忘れちゃったの? こいつぅ」コツンと突っ込むところなのか、書き直しさせなかった編集部を口撃するべきなのか、60秒悩んだ。おそらく、編集部さんは「言えない」雰囲気なんだろうなぁ…、海の向こうからメールでやってくる「原稿」はドル箱そのものだから、テニヲハ・誤字脱字をチェックするぐらいしか関われないんだろーなー。国際電話会議だと、気軽に「ななっちーダメじゃん、『書けてない』んじゃないくって、ぜんぜん書いてないよ」なんて言えないんだろうなぁ…

 こんな調子だから、「ソフトなインフラ」であるはずのローマの度量衡のことや、あんなに萌えてたカエサルのユリウス暦については、華麗にスルー。「これは壮大なエッセイなのだ」とムリヤリ自分を納得させた。

 「おわりに」でも「すべてのインフラに言及していない」と言い訳しているし… って、次の文で「多くのことはこれまでの九巻で取り上げているからで」と開き直る。かわいくねー、とツッコムと「シロートの読者にかわいく思われたと思わない、そもそも…」と両断されるだろうね。

 これほどの大著を1年1冊のペースで出すのは、それだけで賞賛に値する。しかし、「私だけが分かってる」物言いと、頼りにした歴史家たちに後ろ足で砂かけまくるような扱い、そして誰もダメと言えない裸の女王様は―― 面白すぎる!カラダ張ったエンタメとはこういうものですな!たとえ本職たちの総攻撃を受けても、最終ラウンドまで立っていてほしい。歴史の専門家の一人は、「聞き捨てならない」と書いてるよ[参照]。だから、そのうち反撃本がでるかも。本格的に相対させれば、かなり面白いかと(ゼミ生で組織的に査読すれば一撃だろうが、ネチネチ闘ってほしい)。その場合、女王様が一方的にサンドバック状態になるから、新潮社の人、逃げてー!!

ローマ人の物語27ローマ人の物語28

――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ローマ人の物語」の読みどころ【まとめ】に戻る

このエントリーをはてなブックマークに追加

|

« 自分の中の、知らないスイッチが入る「奇想遺産」 | トップページ | 萌えで読みとく名作文学案内 »

コメント

Dainさん
今回の「記事」というか「つっこみ」、とても楽しめました。ページをめくるごとに脳内タグつけているDainさんが眼に浮かびました。
ところで「書かれていないこと」についてはよくわかったのですが、「書かれていること」でのインフラの内容自体はどんな感じでしょうか?

投稿: ほんのしおり | 2007.12.05 00:50

>> ほんのしおり さん

 > 「書かれていること」でのインフラの内容自体はどんな感じでしょうか?

 > 半端ネタが溜まってたんだなーとか、編集さん苦労しただろうに…
 > それでも泣けてくる、これが大御所の仕事なのかって

投稿: Dain | 2007.12.05 22:15

し、失礼しました...

投稿: ほんのしおり | 2007.12.06 01:38

い、いえ、どういたしまして…

マジメに読むと情けなくって泣けてきます
そういう意味でカラダ張ってます

投稿: Dain | 2007.12.06 01:42

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ローマ人の物語X「すべての道はローマに通ず」の読みどころ:

» 『ローマ人の物語〈27〉すべての道はローマに通ず』 [月のブログ]
ローマ人の物語〈27〉すべての道はローマに通ず〈上〉 (新潮文庫)塩野 七生 by G-Tools ローマのインフラ-街道、橋、水道、医療、教育-について。 すべての道はローマに通ずと言うけれど、これは逆で、すべての道はローマから発している。 ローマが拡大すると、新しい地域まで道を通す。 直線で一本通すわけではなく、他の街を経由したり等々複数の道を通す。 軍団兵を...... [続きを読む]

受信: 2014.05.03 16:42

« 自分の中の、知らないスイッチが入る「奇想遺産」 | トップページ | 萌えで読みとく名作文学案内 »