20年で4000安打「僕の中では遅い」 イチロー会見
21日のブルージェイズ戦で日米通算4000安打を達成したヤンキースのイチローは試合後、日米のメディアに対してそれぞれ記者会見を行った。日本メディアとは47分間の長丁場。質問が途切れると「もうないですよ、こういう機会は」と促すほど。テレビカメラやスチールカメラが抜けた後は、どのような質問にも率直に答え、笑い声の絶えない和やかな会見となった。
■8000回以上、悔しい思いをしている

――今の率直な気持ちは?
「千というキリのいい数字を4回重ねられたことは、それなりかな、と思う。それよりチームメートやファンがあんなふうに祝福してくれると全く思わなかった。記録が特別な瞬間をつくるのではなく、自分以外の誰かがつくってくれるのだと思った」
「(選手がベンチから祝福に出てきたとき)ちょっとやめてほしいと思った。うれしすぎて。僕のために試合を止めて時間をつくってくれた行為にただただ感激した」
――4000安打はピート・ローズとタイ・カッブしか達成していない。
「僕のは日米通算なので……。4000安打には、僕の場合、8000回以上悔しい思いをしている。その悔しさと常に、向き合ってきた事実は誇れると思いますね」
■記憶に残るのはうまくいかなかったこと
――ヒットを打つ大変さは?
「どの世界もそうですが、記憶に残るのはうまくいかなかったこと。そのストレスを抱えたなかで、瞬間的に喜びが訪れ、はかなく消える。それがプロの醍醐味でもあるんですけどね。アマチュアなら楽しくて、でもそれだけだと思う」
――その積み重ねが4000安打になった。
「4000打つには3999本必要なわけで、4000本目もそれ以外も同じくらい大切」
――フィールドに立つ前の準備を積み重ねてきた。そういう自分をどう思うか?
「当たり前のこと。そこにフォーカスがいくこと自体、それ(準備をしている人)があまりにもいないということでは?」
――和田アキ子さんの前で達成できたことには。
「今日を狙って観戦に来たわけじゃないのに、スターなんですね」
■1打席目で達成がきれいと思っていた

――和田さんは打った瞬間、泣いたそうです。泣くほど感動させたことはうれしいか?
「芸能人ですからね。意図的に涙が出るのでは……。そうじゃないといい。僕のプレーというより、ニューヨークで僕のプレーを喜んでくれる人がいた。その状況が泣かせたんじゃないですか? 僕だって気持ち的に半泣きになったもの」
「何でもいいですよ。僕を見てスカッと気晴らししても、大嫌いでもいい。大嫌いでも、この会見を見てくれたり、僕のために時間やエネルギーを使ってくれることがうれしい。無関心が一番しんどい。無関心を振り向かすのは無理」
――きれいな安打だった。
「1打席目(に打つの)が一番きれいだな、と思っていたので。どんな安打でも、左翼への本塁打以外は僕らしくなると思っていた。皆さんが見るなか、内野安打とかだと、文句言う人もいると思うので、よかった」
――まだ通過点ですよね。
「これからもいっぱい失敗を重ねて、たまにうまくいっての繰り返しと思います。打撃とは、野球とは何か、ということを少しでも知る瞬間というのは、うまくいかなかった時間とどう対峙するかだと思う。うまくいかないことと対峙するのはしんどいんですけど、それを続けていくことです」
■球場で下からスタメンを見る癖がつく
――記録を意識していなかったと思いますが……。
「意識しないほど、僕のオツムは優秀じゃない」
「最近は球場に来て、打線がどうなっているか、と。最近は7番にいることが多くて、下からスタメンを見る癖がついて。下に名前がないと、『今日は出番なしか』とか思いながら上を見ると2番、ときどき1番にいたり……。今日もそうだった。スタメンを見るまで、ゲームに出られるか分からない」
「(ここ最近)ずっとそうですよね。出発前に家でできることはやってくるけれど、安定した気持ちでなかなか球場に来られない。スタメンを見て、(気持ちの)スイッチが入るというより、入れるという行為をする。なかなか難しい時間をすごしています」
――走って守って、なおかつ、まれな記録も作れるのはなぜ?
「学生時代、『打つ、守る、走る、考える』のすべてができる人がプロ野球選手になると思っていたら、実はそういう世界でなかった。僕にとって普通のことだから、(僕が)際だって見えることがおかしいと思う」

「だから、年齢に対する偏った見方も生まれたんでしょうね。偏った見方をする頭を持っている人を、お気の毒だな、と思うことはあります」
■ヤンキースでは数字はどうでもいい
――10年連続200安打を達成したとき、「ピート・ローズを超えてあげたい」と言いました。
「そんなとんがってました? 当時、僕に対して挑戦的という話を聞いたから。実は、ピートさんはそういう自分を演じているらしいですね。それはそれですごいと思う。あす出られるか分からない日々が続いているので、現段階で(ローズさんの)数字なんかにフォーカスできない」
――リベラ、ジーター、ロドリゲスと、かなりの記録を持つ選手とチームメートになる意味は?
「ヤンキースで思ったのは、数字とかどうでもよくなる。ジーターが遊撃にいて、リベラが最後を締めて、僕が右翼を守って、それが絵に全体としてきれいに納まるか、が僕には大事。数字よりも、そういう要素の方が僕には大事」
「雰囲気っていうんですかね。それが全く合わない人っていますね。例えば、ピンストライプが似合わないとか。僕が似合っているかどうかは分からないけれど。いくら結果を出しても、(チームの雰囲気に)似合わない人は(絵に)ふさわしいとはいえないんですよ。僕にとってはそういうことが大事」
■同じことの繰り返しで安定した状態に
――苦しい記憶の方が多いと言うなか、一定の気持ちで臨めるよう、どう自分をプッシュするのか?
「毎日同じことを繰り返すことで、安定した状態に持っていくというテクニックはあると思う。継続しても、精神が安定するとは限らない。自分でできることをやっておきたい。それでも不安定になる。時々ですよ」
「よくない結果や、難しい試合の後、気持ちの整理が難しく、いつもやっていることを続けるのがしんどい時もある。そこは頑張りどころで、それは続けてきたつもり」
――年齢とともに考えが成熟したり、考える要素が強くなったりしたか?
「選手として、人間として成熟しているか、前に進んでいるか、いまだに分からないし、明確に感じることもできていない。そうだと信じてやり続けるしかない。いつか、『生きるとは、野球とはこういうことだ』とか、少しでも見えたらいい」

■平和台でのプロ初安打、嫌々打った
――体が自然に反応したものが、最近は考えないとできなくなったりしているのか。
「昔できたことが今できない、ということは見あたらない。昔考えなかったことを考えるようになったことはあると思う。今年40歳ですけど、過去の自分と現在の自分を客観的に見てどうなのか? それを考えるのは大切だと思う。でもネガティブなことが見つからないんですよ。白髪は増えましたけど」
「疲れがとれにくくなった、疲れやすくなった、足が遅くなった、肩が弱くなった……。今のところないようですよ」
――平和台でのプロ初安打と今日の安打の違いは考えるか。
「考えます。当時、3年は2軍で頑張るつもりだったので、寮に『1軍行け』と呼び出しがかかったとき、『まだ早い。2軍でやるべきことがある』って断ったんです。『上からの命令』と言われて嫌々、福岡に行った。僕より10歳以上年上の選手の印象が強烈。怖くて怖くて……。アスリートとは思えなかった」
「嫌々打ったのが初安打なら、今日の安打は試合に出たくて出たくてしようがないなか、打ったヒット。面白いですね」
■プロ野球選手の哲学、生まれてきた
――平和台で拍手は湧きました?
「湧くわけないじゃないですか。味方のベンチだってないですよ。(プロ1年目の)18歳の小僧がね、7月に初安打打って、気にくわないと思いますよ」
――当時と野球への気持ちは変わった?
「18歳のガキンチョには野球のことなんか分からないですよ。かといって、今の僕が知っているかといえば『?』ですけど。当時よりは『プロ野球選手、こうあるべきだ』という哲学みたいのは生まれてきました」
――これまでの野球人生であきらめるという瞬間はあったのか?
「際どいとこきますね。言わない方がいいと思うな。ややこしい言い方ですが、僕はいろんなことがあきらめられないんですよ。そんな自分を、しようがないなってあきらめることはある。米国の選手は休日は休むでしょ。そういうことが僕にはできないのは仕方ないって、あきらめる」
■満足を重ねないと次は生まれない
――ジラルディ監督が「ニューヨークに来て、イチローは野球をやりきってない」と言っていた。
「だから時々ラインアップに名前がないんですね。そういうことか。もうちょっとやりきります」
――自分に満足しないから、長い間プレーできるのですか?
「いえいえ、僕はいっぱい満足します。今日も満足。それを重ねないとダメだと思うんです。『満足したら終わり』って、とても弱い人の発想。僕は満足を重ねないと次は生まれないと思う」
「小さいことでも満足するし、達成感を感じることで次が生まれるんです。意図的に『こんなことで満足しちゃいけない。まだまだだ』なんて言い聞かせている人はしんどいですよ。何を目標にしたらいいか、分からないじゃないですか。うれしかったら喜べばいいんですよ」
■自分の中では年齢による変化なし
――この先、25年、30年と続ければ、5000安打、6000安打も見えてくる気がした。
「(20年で4000本という)このペースも僕の中では遅いんですよ。もうちょっと早くできたな。日本でも最後2年くらい、試合に出られない時期があった」
「さっきも言いましたが、自分の中では変化がない状態のなか、年齢に対する僕以外の人の考え方が煩わしいことはいっぱいあります。35歳を超えてからです。そういうこと(偏見)と戦うのはストレス」
「僕は何歳に見える? モンテロ(マリナーズ、23)と比べたら、申し訳ないけど、僕が20代で彼が40に見えると思う」
「僕が使っている野球道具は最高のものです。トレーニング方法も最高かどうかは人によるけれど、何十年も前の人たちには考えられないトレーニングですよ。それを続けている僕が、そのくくり(過去の年齢に対する概念)で評価されるのは残念ですね」

「『こういう年齢になったら、こうなっているだろう』『こうなっていてほしい』という思いが垣間見えて、嫌なんですよ。(年齢の概念を変えるのが)僕たちの大きな使命だと思っている。この偏った見方は日米関係なく、同じようにあるんですよ」
――どうすれば、年齢に対する見方を変えられるか?
「具体例が出てこないと変わらない。何十年もかかること。いくら論理的に説明しても具体例がないと、説得力がない。そういう選手がたくさん生まれないと」
■ファンの声援がプロ野球選手の原動力
――シアトルから長年のファン、エイミーさんも来ていた。
「あれはあれでプレッシャーですよ。あすも来てほしいけれど、僕がスタメンにいるか分からない。ああいう思いはうれしい。ニューヨークのファンをリードして、一体化して、とんでもない(すごい)人だと思った」
――エイミーさんは「引退するまで応援し続けてくれ」と日本のファンに言われたそうです。
「いや、彼女に頼むのでなく、頼んだ人たちも応援してよ。何、人に頼んでいるの?」
「やっぱり僕の原動力です。ファンの声援は。プロ野球とはそういう世界です。今日だって、見てくれる人がいなければ、何も生まれないですから。それがアマチュアとの大きな違い。プロ野球選手はそうでないといけないと思います」
(原真子)