政治に屈した日銀、3つの誤算 「ゼロ回答許されぬ」
日銀が政策姿勢の大転換を迫られている。自民党の衆院選圧勝で、同党の安倍晋三総裁が求める「2%」の物価上昇率目標を丸のみした。中央銀行の生命線とされる「独立性」を犠牲にしてまで満額回答せざるを得なかった背景には、3つの誤算があった。金融政策は未踏の領域に入る。

■誤算1 自公が3分の2超
「もうゼロ回答では許されない」。自民党が公明党と合わせ定数の3分の2を超す圧勝を収めた衆院選から一夜明けた17日。日銀のある審議委員は緊張した面持ちで周囲に漏らした。
自公が衆院で3分の2超の議席を確保したことは日銀にとって最大の誤算だった。民主党が多数を占める参院とのねじれ国会は実質的に解消される。安倍氏の唱える日銀法改正が現実味を増す。
16日の投開票日まで、日銀は「自公で3分の2超はない」とみていた。過半数をとった自民党が政権に返り咲いた後にじっくり協議し、来年1月の金融政策決定会合で政権との協調を演出すればよい……。こんなシナリオを描いていた。
「衆院選を踏まえた判断を期待する」。圧勝で自信を深めた安倍氏は17日、日銀のシナリオを一蹴するように19~20日の金融政策決定会合での議論に口を挟んだ。「明確な意思を持った口先介入だ」。日銀幹部らは反発した。だが、20日には物価目標の導入検討を表明し、10兆円規模の追加金融緩和を決めざるを得なかった。
「大胆な金融緩和に協力しなければ、日銀の独立性が大きく損なわれる。それだけは避けなければ……」。ある日銀の有力OBはいう。日銀が今回、政治の圧力に屈したのは明白で、独立性を事実上、失ったようにもみえる。だが、日銀が最後のとりでとして守りたかったのは、金融政策の独立性というよりは、政治による人事介入からの独立性だという。
旧日銀法は真珠湾攻撃の翌年の1942年、国家総動員体制の一環で施行された。戦後も、内閣は総裁・副総裁の任命権だけでなく、総裁の解任権を持つ政府主導の仕組みが残った。98年の日銀法改正でようやく内閣の総裁解任権が消えた。これで初めて日銀の独立性が保障された。
日銀法改正で内閣が再び総裁の解任権を手にすれば、日銀の人事の独立性は守れない――。想定を超える自民党の圧勝が日銀を突き動かした。
■誤算2 安倍氏が直接要求
「2%の物価目標に向けて日銀と政策協定を結びたい」。18日午後、あいさつのために自民党本部に現れた白川方明総裁に、安倍氏は迫った。26日の新政権発足を待たずに安倍氏が物価目標の導入を直接求めてきたのは2つ目の誤算だ。
20日午後の記者会見で、2%の物価上昇率目標の検討を表明した白川総裁は「安倍総裁の要請を受けた」と語った。「20日に答えを示す義務を負わされた」(日銀幹部)。次の首相になる安倍氏の言葉を白川総裁は無視できなかった。
■誤算3 日経平均1万円突破
安倍氏は株式市場の期待を膨らませた。決定会合初日の19日、日経平均株価は8カ月半ぶりに1万円台の大台を突破。これが日銀にとって3つ目の誤算だ。1万円の大台を1円でも割り込めば「安倍政権の船出に泥を塗ったと批判される」(政府関係者)。「1万円台に乗せずに9000円台にとどまっていれば多少の下落は許されたかもしれない」。市場が日銀の退路を断った。
「メンバーが全く変わっていないのに、今度は2%の物価目標に言及された。驚きを持って感じている」。民主党政権の経済財政相として日銀の決定会合に出席した前原誠司氏はいう。1%の物価上昇率にさえ慎重だった日銀執行部を「整合性、連続性、継続性があるのか」と批判した。
「白川総裁から電話をいただいた」。20日午後に決定会合の結果を白川総裁から直接説明を受けた安倍氏。「日銀への勝利宣言だ」。日銀内部には敗北ムードが漂う。