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次回アップ予定:Scene-892 砂川堀『無名橋-3~永久保三橋』 (2024/07/27)
[Vol-03] 今回は氷川橋から継続遡上して、弁天橋、大井橋跡、織部橋、無名橋-1、無名橋-2までの紹介です。では、氷川橋を左岸側に渡り、北西300m程に在る大井氷川神社へ行きます。創建は不詳ながら、別当寺だった徳性寺(此の後で寄ります)の秀山律師が開山している事から、中世より地祖神として祀られていたと推定されています。1818年(文政1)に焼失しましたが、1848年(弘化5)に根上大明神として再建されています。明治維新の神仏分離令により神官が置かれ、1872年(M5)に大宮氷川神社を勧請して氷川神社に改称、村社に列格、1908年(M41)稲荷・神明・高根・久田・金山神社を合祀しています。祭神:素戔嗚尊、奇稲田姫命、大己貴命、所在:ふじみ野市大井2-4-30。
境内の一角に文化財が並んでいます。■手水鉢:嘉永年間(1848~1853年)、■幟立石:幟棹を固定させる石造物で1934年(S9)、■屋根瓦:1870年(M3)の上棟時の奉納です。鳥居は1918年(T7)の建立です。
大井氷川神社から南下して、氷川橋の上流左岸側に在る、1996年(H8)完成の東原親水公園へ行きます。地図上では、普通の市民公園でスルーしていますが、何時もお世話になっている、トリケラさんのブログで面白スポットとして紹介されていました。(https://torikera3.blog.fc2.com/blog-entry-3364.html)
此れは寄らないと、怒られますね(笑)。トンネル状の「岩のみち」を抜けると、75ha程の横長のポケットパークで、中央に噴水からの”せせらぎ”や、”じゃぶじゃぶ池”が在る親水公園です。親水設備は7月~9月の間だけ稼働するそうです。所在:ふじみ野市大井2丁目。
おっと!空からプテラノドンが舞い降りてきました、約8000万年前の中生代白亜紀後期にタイムスリップです。先程のトンネルはタイムトンネルだったんですね(笑)。滑空ポーズのプテラノドンは略実物大で幅6m、長さ6mです。
翼の下に切り株の椅子が並び、陽射しと雨を凌げる、プテラノドン形の四阿ですね(笑)。園内には、パブリックアートも置かれていますよ。■「融和」作:建畠 覚造、■「はぐくむ」作:不明、■「弁天童子」作:小野寺 優元。
氷川橋に戻り、右岸側の「大井弁天の森」に行きます。江戸時代初期に不忍池弁財天を勧請して祀られた大井清水弁財天が在った場所で、豊かな清水が湧き出ている事から、明治時代中頃には観光名所として賑わったそうです。湧き水は涸れてしまい観光は廃れてしまい、額堂も老朽化に伴い解体されています。現在の弁天池は汲み上げ水で、小さな祠が名残として立ち、暑さを避けられる林の中の散策路として整備されています。所在:ふじみ野市大井694。
弁財天祠から砂川堀沿いに110m程進むと、氷川橋から250m上流に架かる『#15弁天橋』です。左岸のふじみ野市大井2丁目と右岸のふじみ野市大井とを結び、市道D-156号線が通ります。上流150m程で暗渠に消えます。
名称:弁天橋
構造種別:1径間PC桁
河口からの距離:3.5km
橋の長さ:15m
有効幅員:5.2m
完成:1981年(S56)
弁天橋上流の開渠部を左岸側に渡ると、30m先左手に「復元大井戸」が在ります。1975年(S50)に発掘された井戸は、南北に長い楕円形で、地表から約30m下の立川砂礫層まで掘り込んで、底部は岩盤に達していました。底部の石組だけを当時の状態で復元してあります。旧「大井町」の町名の由来となった井戸で、平安時代に掘られたものと推定されています。所在:ふじみ野市大井1-11-6。
大井戸跡から南110m程に在る、大井稲荷神社へ行きます。創建は不詳ながら、川越街道が整備された江戸時代前期に祀られていたと云われる古社です。1907年(M40)に大井氷川神社に合祀されましたが、1966年(S41)元の場所に稲荷神社が再建され、戻っています。祭神:宇迦之御魂神、所在:ふじみ野市大井22411。狛狐は1993年(H5)の建立です。
大井稲荷神社から北西180m程に在る、天台宗寺院の徳性寺へ行きます。途中に弁天橋から290m上流に架かっていた『#16大井橋跡』が在ります。此の橋も、左岸のふじみ野市大井1丁目と右岸のふじみ野市大井とを結び、国道254号線線(川越街道)が通ります。
名称:大井橋跡
構造種別:-
河口からの距離:3.8km
橋の長さ:約39m
有効幅員:約8m
完成:不明
大井橋跡から北西100mに在るのが徳性寺です。川越市の灌頂院末寺で、境内の由来案内によると、秀山律師が創建、江戸時代に第14世祐円和尚により中興、1881年(M14)大井宿の大火により全焼、1892年(M25)に川越南院から山門を移築、仮本堂として灌頂院庫裡を移築しての再建と云われています。山号:天龍山、院号:本乗院、本尊:阿弥陀三尊像、所在:ふじみ野市大井954-1。
徳性寺から砂川堀に戻ります。大井橋跡から410m上流に架かるのが『#17織部橋』で、下流側に水管が併設されています。左岸のふじみ野市大井と右岸の同じく ふじみ野市大井とを結び、市道E-145号線が通ります。
名称:織部橋
構造種別:1径間PC桁
河口からの距離:4.2km
橋の長さ:15m
有効幅員:5.2m
完成:1983年(S58)
織部橋から180m上流に架かるのが無銘板橋梁の『#18無名橋-1』です。此の橋も、左岸のふじみ野市大井と右岸の同じく ふじみ野市大井、両岸の畑を結び一般道(人道・農機具専用)が通ります。
名称:無名橋-1
構造種別:1径間PC桁
河口からの距離:4.3km
橋の長さ:約13m
有効幅員:約4m
完成:不明
無名橋-1から120m上流に架かるのが、此れも無銘板橋梁の『#19無名橋-2』です。此の橋も、左岸のふじみ野市大井と右岸の同じく ふじみ野市大井、両岸の畑を結び一般道(人道・農機具専用)が通り、今回終着地点の橋になります。
名称:無名橋-2
構造種別:1径間PC桁
河口からの距離:4.5km
橋の長さ:約17m
有効幅員:約4m
完成:不明
>>>後書き<<<
次回は無名橋-2から継続遡上して、無名橋-3、永代橋、永代二橋、永代三橋、永代四橋、坂下橋、関越道砂川橋、東永三橋、東永二橋、東永橋、永久保橋、永久保一橋、永久保二橋、永久保三橋までの紹介で、橋の大安売りになります(笑)。
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Author:mark60
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